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最高指導者と革命防衛隊
― イランを支配しているのは誰か?

アリー・アルフォネ

(ワシントン・アラブ湾岸諸国研究所シニア・フェロー)

アメリカによる経済戦争に直面しているイランでは、政治経済的な改革を求める圧力が増している。しかし、それをイスラーム共和国イランには実行したくもないし、実行することもできない。アヤトラ・ホメイニーは体制生き残りのために、革命防衛隊への依存を強めたが、革命防衛隊への政治的依存が過剰になったため、今度は文民政治指導者の権威が弱まってしまい、それによってイスラーム共和国であるイランは、徐々に軍事独裁の色彩を強めている。

80歳を越える最高指導者のアリー・ハーメネイー師が、早々に引退したり権力の座から追われたりする可能性は低い。イラン・イスラーム共和国の指導体制に変化をもたらす可能性が最も高いのは同師の健康問題であるということに変わりはない。それでも、すでにハーメネイー師の支配力は肩書き通りの「最高」ではなくなっている。そしてその権威は、他ならぬ同師の体制を守ることを任務とする機関によって損なわれている。すなわちイスラーム革命防衛隊(IRGC)である。

王政が倒されてイスラーム共和制が樹立された1979年の革命以降、イランの権力体制は革命政権のシーア派聖職者と革命防衛隊─基本的な軍事訓練を受けただけで、統率に欠ける若い革命主義者集団─の基礎的な連合に立脚してきた。当初、この体制の二本柱の間には明確な役割分担があった。革命政権の聖職者が官僚の助けを受けてイランを統治する一方、革命防衛隊は体制を外的な脅威と国内の反体制派から守っていた。

しかし今、この役割分担がますますぼやけるようになっている。革命防衛隊は組織的な政治介入を続けており、もはや文民指導部の統制下にあるようには見えない。国家元首でイラン・イスラーム共和国軍の最高司令官のはずのハーメネイー師に公然と背いたこともあるくらいである。それと同等に重要な点として、ハーメネイー師の後継者は革命防衛隊が実質的に選ぶことになる公算が最も大きく、その後継者は自分を最高指導者にしてくれた革命防衛隊に借りがある立場となる。

それでは、革命防衛隊はどのようにしてハーメネイー師から支配力をもぎ取ったのか。そして、どのような形でイスラーム共和制を軍事独裁へと変えようとしているのか。

その答えは、1979年に革命防衛隊が台頭する背景となった革命の混乱と、新体制を守るために革命防衛隊に与えられた並外れた憲法上の権限に見いだすことができる。


アリー・アルフォネ Ali Alfoneh
(ワシントン・アラブ湾岸諸国研究所シニア・フェロー)

イラン生まれ。コペンハーゲン大学にて修士号取得。専門はイラン政治、中東の政軍関係。南デンマーク大学、デンマーク王立防衛大学戦略研究所、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)リサーチ・フェローなどを経て、現職。“The Arab Weekly”のイランアナリストも務める。主な著書に“Iran Unveiled: How the Revolutionary Guards are Transforming Iran from Theocracy into Military Dictatorship”(AEI Press)などがある。

 

宗教と国家
エジプトの権力構造における宗教機構

ネイサン・J・ブラウン

(ジョージ・ワシントン大学エリオット・スクール教授)

エジプトにおける宗教と国家の関係はどのようなものだろうか? この問いは一般的なものであり、エジプトにかぎらず、信仰と宗教的実践によってある程度は組織された共同体と並行して、巨大な官僚制を持つ国家が機能している現代世界一般についても、提起することができる問いである。しかし、この問いには、誤解を招きかねない微妙な部分がある。というのは、この問いの立て方は「宗教」と「国家」を別々のカテゴリーととらえ、両者がどのように相互に作用しているかを検討しようとするものだからである。しかし、世界の大部分─そして中東の大半─では、宗教は近代国家という布に織り込まれているのである。

宗教が近代国家に織り込まれているこの関係は、昔から続いてきたものだと考えたい誘惑に駆られる。ある意味それは正しい。中東に世俗主義者が存在するのは─稀なことだが─近代的な現象なのだから。しかし、実は宗教と政治の絡み合い方は、過去2世紀にわたって大規模で野心的な近代的な官僚国家が登場するのにともなって、この地域全体─とりわけエジプト─で劇的に変化してきたのである。

宗教と近代エジプト国家の進化

前近代の中東では、宗教生活の大半は、統治機構の外側で繰り広げられていた。また、施行されている法は、宗教的学問の研鑽を積んだ学者がつくりあげた法の影響を大きく受けていた。さらに、正規教育はしばしば宗教的学問を中心としていた。親は、自分の子供が基本的な読み書きができるようになり、宗教的知識を身につけられるように願い、そうした親の経済的支援によって教育の初期段階が支えられた。教育のさらに先の段階は寄付によって経済的に支えられていた。

もちろん、宗教と国家は公式に分離されていたわけではなく、世俗主義といった考え方もなく、実践されていたわけでもなかった。政治権力者は、自分たちが宗教の教えに従って統治し、人々が信仰に従って生活を送るために必要な基本的秩序、公衆道徳、そして司法を提供しているという立場をとっていた。

だが、19世紀ごろになると、大規模な官僚国家が登場し、それまで宗教的・社会的構造が支配していたあらゆる領域を包摂するようになった。たとえば、教育、立法、裁判は、国家の中核的な役割になった。こういった官僚国家では、古い組織と並行して新しい組織(学校、大学、議会、法廷)がつくられるというかたちをとった。と同時に、国家は以前から存在していた様々な組織─初期段階では国家と共存していたこともあったが─を公的な領域に取り込んでいった。


ネイサン・J・ブラウン
Nathan J. Brown
(ジョージ・ワシントン大学エリオット・スクール教授)

1958年生まれ。シカゴ大学で修士号、プリンストン大学で博士号取得。専門はエジプト・中東政治。主な著書に“When Victory Is Not an Option: Islamist Movements in Arab Politics”(Cornell University Press)、“Arguing Islam After the Revival of Arab Politics”(Oxford University Press)などがある。

 

戦略的自律性の追求
― アラブの春の挫折とトルコ外交

シャーバン・カルダシュ

(TOBB経済工科大学国際関係学部准教授)

2010年末に始まった「アラブの春」をきっかけに、トルコの中東における存在感は高まった。リベラルな外交政策の展望、経済統合のプロジェクト、ソフトパワーの手段の活用などが要因として絡み合っていた。しかしながら「アラブの春」以降、トルコの中東への関与は数々の難題に直面している。

この10年間、トルコの外交政策は中東の根底にある危険と不安定化の循環の影響にさらされている。トルコは今、深い構造転換のさなかにある中東からの余波に対処し続けている。中東はその地殻変動のような構造的変化により、地方・地域・世界レベルの数多の主体が関与する多面的な紛争によって不安定化するまでに至っている。不安定化と紛争の波がもたらしている難題に対処する手段も能力も、国際社会は十分に持っていないことが明らかになった。そして中東域内の諸主体は、それぞれが個々に地域の不安定化による最も直接的かつ劇的な影響を被っている。

トルコは2015年以降、強圧的な姿勢に物を言わせようとしてきた。その目的は、国境を越える派兵によって中東から受ける脅威を除去することだ。トルコはシリア領内で4つの軍事作戦を展開するとともに、イラク領内にも地上部隊を派遣して拠点を確保し、武装組織「クルド労働者党(PKK)」の拠点への攻撃を続けている。シリア、イラク領内での軍事的プレゼンスを長期的に維持する方針を固めたトルコ政府は、リビアに加え最近では東地中海など、中東の他の紛争地帯に対しても同様の軍事的アプローチを重視している。

このようなトルコの対中東政策の転換を分析するために、本稿は以下6つの節に分けて論を進めていく。まず最初に「アラブの春」が2つの段階で進展したことを示す。第2に、トルコの対中東政策が、いかなる文脈で展開してきたかを示すために、中東の変容の様々な側面に焦点を合わせる。次に、「アラブの春」以前のトルコの対中東政策がリベラルなものに転換していたことを改めて振り返る。第4および第5節では、「アラブの春」の2つの段階のそれぞれにおけるトルコの政策を分析する。第6節では、越境軍事行動に頼る傾向を強めるなど、トルコの外交政策における現実主義の高まりに焦点を合わせる。そして最後に、今後のトルコの外交政策の方向性を総合的に評価する。


シャーバン・カルダシュ
Şaban Kardaş
(TOBB経済工科大学国際関係学部准教授)

トルコ・中東工科大学(METU)で国際関係学、およびドイツ・欧州統合研究センターで欧州研究で修士号取得。ユタ大学で博士号(政治学)取得。専門はトルコの外交政策、安全保障政策など。外交アカデミー、サカリヤ大学、トルコ陸軍士官学校などでも教鞭を執るほか、「中東戦略研究センター(ORSAM)」所長も務めた。

 

南コーカサスにおける非民主的な「安定」

廣瀬陽子

(慶應義塾大学総合政策学部教授)

世界には、一般的に理想とされる秩序、すなわち、民主主義や自由主義といったような価値に基づく秩序によって統治がなされていない国家・地域がかなり多く散在している。民主主義や自由主義という価値観で統治されていない国家・地域は、破綻国家と断罪されることも少なくなく、無秩序という言葉で片付けられることも多い。そして、そのような評価で分析を終えてしまうのは簡単だ。

しかし、本特集が取り上げているように、世界は民主主義や自由主義といったような価値観のみで統治されているのではなく、様々な価値や基準に基づいて秩序が成立し、多様なアクターがその秩序維持を担っている国家・地域があるというのもまた事実なのである。

本稿では、南コーカサスを事例に、そのような「まだら状の秩序」の実情について考えてゆきたい。

南コーカサスには、多様なアクターがそれぞれのレベルで秩序を構築している。その秩序は、必ずしも一般的に望ましいと思われている価値、すなわち民主主義・自由主義に基づいているとは限らない。南コーカサスという狭い領域にも非自由主義勢力が蔓延し、多様な価値が入り乱れているのである。

南コーカサス三国とは

南コーカサス三国とは、ソビエト連邦(ソ連)から独立して主権国家となったアゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア(グルジア)である。なお、コーカサス山脈の北側に位置する北コーカサスの大部分はロシア連邦に属しており、北コーカサスにも複雑なまだら状の秩序が見て取れ、南コーカサスと類似する点も少なくない。

欧州とアジアの間に位置する南コーカサス地域は民族の坩堝であり、多くの言語、文化、宗教が交錯する文明の十字路である。さらに、アゼルバイジャンが面しているカスピ海からは石油、天然ガスが採掘されるため、南コーカサスの地政学的重要性は、常に非常に高いと認識されてきた。

そのため、南コーカサス地域は、歴史的に多くの侵略を受けてきた。そして、この過程で多様な文化や言語、宗教が持ち込まれ、地域の様相は益々複雑かつモザイク的になったのである。それ故、狭い領域に異なる信仰や文化、言語を持つ多様な民族が存在し、アルメニア語およびジョージア語という独特の言語が守られてきた一方、テュルク語系の言葉でありながら、アラビア語、ペルシア語、ロシア語の語彙を多く含むアゼルバイジャン語のような複雑な言語も見られるのである。


廣瀬陽子
Yoko Hirose
(慶應義塾大学総合政策学部教授)

東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、政策・メディア博士(慶應義塾大学)。専門は国際政治、旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。主著に『旧ソ連地域と紛争─石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス─国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア・太平洋賞特別賞)、『ロシアと中国 反米の戦略』(筑摩新書)、『新しい地政学』(共著、東洋経済新報社)など多数。

 

変わりゆく世界秩序のメルクマール
― 試練の中のスウェーデン

清水謙

(立教大学法学部助教)

はじめに─イデオロギーとしてのスウェーデン?

2018年は日本とスウェーデンが外交関係を樹立してちょうど150年の節目の年であった。1867年に徳川幕府が最後に結んだ修好通商航海条約はデンマークとであったが、翌1868年に明治政府が最初に結んだ修好通商航海条約の相手国はスウェーデンであった。その意味で、近代日本の外交はスウェーデンとの対外関係から始まったといえる。以来、日本とスウェーデンは友好的な外交関係を構築し、経済的にも結びつきを強めてきた。

とはいえ、スウェーデンに対する評価は、極端なくらいに賛否両論にあふれるものであったといってよい。特に、その両極端なイメージは、福祉、ジェンダー、環境などといったトピックではとりわけ顕著である。これはネイション・ブランディングの裏と表の関係でもあるのだが、スウェーデンは高福祉でジェンダー平等が達成され、人種差別もない最先端の民主主義を確立した「ユートピア」のように持て囃される一方で、逆に高負担に苦しむ社会主義国家のような監視社会、あるいは深刻な社会問題を抱えて崩壊の危機に瀕した国というような「ディストピア」として嘲弄の対象ともなってきた。さらに近年では、治安の悪化が移民/難民を多く受け入れた代償であると強調される傾向も見られる。

確かにこれら個別のイメージは必ずしも間違っているわけではないのだが、俯瞰的に見れば、いずれの立場で論じるにしてもそこには実像としてのスウェーデンからは距離感がある。喩えるならば、一つ一つのパーツはよくとも、並べてみるとなんともちぐはぐな福笑いの顔のようなものである。目隠しになっているものは、多くの場合真相を解くのに必要不可欠なスウェーデン語を理解しないまま、しばしば思い込みによる実証を伴わない表面的な先入観にあるが、それでいてテンプレートに描かれた輪郭だけは鮮明である。それは「社会民主主義」としてのスウェーデンである。


清水謙
Ken Shimizu
(立教大学法学部助教)

1981年生まれ。大阪外国語大学外国語学部スウェーデン語専攻卒業。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(国際関係論コース)にて、修士号取得(欧州研究)。同博士課程単位取得満期退学。主な著書に『大統領制化の比較政治学』(共著、ミネルヴァ書房)、『包摂・共生の政治か、排除の政治か─移民・難民と向き合うヨーロッパ』(共著、明石書店)など。

 

権威主義への曲がり角?
― 反グローバリゼーションに揺れるEU

岩間陽子

(政策研究大学院大学教授)

世界が動きを止めつつある。この原稿を書いている3月下旬、ヨーロッパの大都市は、次々と「ロックダウン」に入りつつある。一体いつこの危機の出口が見えるのか、現時点では予測がつかないが、抜けることのできない危機ではない。時間さえかければ、人類はこの新型コロナウィルスへの解決策を見つけるだろう。だが、出口が見えた時、一体この世界はどの程度のダメージを受けているのだろうか。これは真っ白なキャンバスに書かれる絵ではない。むしろこの危機は、世界にすでに起こりつつあった変化を、強める方向に働くのではないか。それは、反グローバリゼーションという大波である。

新型コロナウィルスは、ひとりでに入ってきたわけではない。人が運んでいるのだ。渡り鳥でも、野生動物でもなく、人が動くことによって、あっという間に世界中に広まった。この10年で、私たちはこれほどまでに、地球上を動き回るようになり、また、地球上のあらゆる地域が、これほどまでに中国と結びついていたのである。もちろん、ここまでの事態になったのは、ウィルス自体の特性もある。その上でなお、新型コロナウィルスは、グローバリゼーションの不都合な現実を、私たちの眼前に突き付けている。世界で最も国境を相対化することに成功していたEUは、今深刻な危機を迎えている。しかし、その危機は決して新型コロナウィルスと共に始まったわけではなく、かなり以前から静かに進行していたものであり、ここでその変化を振り返っておくことには、それなりの意味があるだろう。

壁にぶつかるEUリベラリズム

しばらく前から、EUには逆風が吹いていた。いくつかの国で、EUに対する支持は低下し続けていたが、EUにおける政治危機が拡大するきっかけとなったのは、2015年夏の難民危機であった。この夏、ベルリンの街には観光客が溢れ、ドイツは好景気に沸いていた。東西ドイツ統一から四半世紀、やっとここまで来られたかと感慨深かった。1989年の壁の崩壊から翌年の統一まで、お祭り騒ぎが続いたが、1990年代は不景気と政治的混迷が続いた。

シュレーダー政権頃から、徐々に雰囲気は変わってきた。正式に首都機能がボンからベルリンに移転し、失業者も底を打ち、ドイツ経済は力を取り戻した。ヨーロッパ中から仕事を求めて、人々がドイツへとやってきた。難民たちも、強い経済で難民を人道的に扱ってくれるというドイツやスウェーデンを目指していた。最初の難民の波が押し寄せてきたとき、メルケル首相は「大丈夫、私たちにはできる」と、こぶしを握ってドイツ国民を励ました。ドイツ経済は労働力を必要としている。戦禍のシリアを逃れてくる人々は、高い教育を受けた質の高い移民である。ドイツにとって、必ずプラスになる、と楽観的であった。しかし、増え続ける難民に、欧州内の雰囲気は一転した。かつて冷戦の終焉をその国境をあけることで招いたハンガリーが、最初に難民に国境を閉ざしたのは、悲しい現実であった。この後ドイツは、EU内での難民の公平な分担を求めて外交努力を続けたが、他の国から好意的反応はなかった。


岩間陽子
Yoko Iwama
(政策研究大学院大学教授)

1964年生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院博士後期課程修了。博士(法学)。京都大学助手、在ドイツ日本国大使館専門調査員、政策研究大学院大学助教授などを経て、現職。専門は国際政治、欧州安全保障。著書に『ドイツ再軍備』(中公叢書)、『ヨーロッパ国際関係史─繁栄と凋落、そして再生』(共著、有斐閣)など。

 

習近平の社会思想学習

近藤大介

(ジャーナリスト)

この原稿を執筆している2020年4月現在、日本のニュースは新型コロナウイルス関連一色と言っても過言ではない。私が日々、インターネットで見ている中国の中央電視台(CCTV)も同様だ。欧米諸国も含めて、世界中がコロナウイルス禍に慄えている。

この降って沸いたような騒動によって、私のところにもテレビやラジオ、ネット番組の担当者から、「中国の専門家として話をしてほしい」と、よく声が掛かるようになった。そして私がスタジオへ行くと、いつも「ウイルスの専門家」とペアで出演させられる。これまでウイルスの専門家など、一人の知り合いもいなかったのだが、おかげで彼らのユニークな世界観を拝聴できた。

一例を挙げると、中国広東省深圳はこの頃、「アジアのシリコンバレー」と称されている。隣接する香港のGDPを2018年に追い越した躍動著しい深圳を、私はこのところ毎年訪問。深圳を含む広東省、もしくは広東省を含む中国南部が、今後のアジア経済、ひいては世界経済のセンターになっていくのではないかという「仮説」を立てていた。

ところが、ウイルスの専門家たちに一笑に付されたのである。彼ら曰く、

「ウイルス学的に見ると、世界で最も危険な地域が、アフリカの一部と中国の南部だ。エボラ出血熱やアフリカ豚コレラはアフリカ発で、SARS(重症急性呼吸器症候群)と今回の新型コロナウイルスは中国南部発。そんな地域が、世界経済の中心地になんか、なるわけないでしょう」

こう指摘されて、ぐうの音も出なかった。かくして私の「仮説」は、分が悪くなってしまった。

同時に、今回の新型コロナウイルス騒動によって、もう一つ分が悪くなってきている「仮説」がある。それは、「中国模式」(チャイナ・モデル)が、21世紀の人類の新たな国家統治システムの規範になるという「仮説」である。こちらの「仮説」は私が立てたものではなくて、習近平時代になって、中国の政官学界からよく聞く話である。

以下この「仮説」について、順を追って論証を進めたい。

中国式社会主義市場経済の特色

20世紀後半の冷戦は、資本主義システムと社会主義システムの正当性を賭けたイデオロギー戦だった。結果は周知のように、1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年にソ連が崩壊したことで、アメリカ率いる資本主義システムが勝利した。そして、唯一の超大国となったアメリカは、大手を振って21世紀を迎えた。

その頃、ソ連と並ぶ社会主義の大国だった中国も、1989年の天安門事件で、建国後40年で最大の危機に陥った。ところがソ連と違って、なんとか持ちこたえた。それは、主に次の3つの理由によった。


近藤大介
Daisuke Kondo
(ジャーナリスト)

1965年生まれ。東京大学教育学部卒業、国際情報学修士。講談社(北京)文化有限公司副社長を経て、『週刊現代』特別編集委員、現代ビジネス連載コラムニスト。専門は中国、朝鮮半島を中心とする東アジア取材。2008年より明治大学講師(東アジア論)も兼任している。新著に『アジア燃ゆ』(MdN新書)、『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)、『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)がある。

 

教育は「聖域」か
― 政治とお金から逃げる日本

青木栄一

(東北大学大学院教育学研究科准教授)

教育ムラ崩壊の予兆

2019年9月に神戸市立東須磨小学校の教員4名による同僚教員に対する暴行が疑われる事案が発覚した。2020年1月1日時点、神戸市教育委員会のホームページに掲載されている文書で教育委員会はこれを「ハラスメント行為」と表現した。「教員として絶対に許されない」と一見強い調子で書いてはいるが、どんな人間社会でも許されないことだろう。また一連の行為にカレーライスが使用されたことから、給食での提供を中止するという対応も批判された。こういう教員社会の世間ずれや身内贔屓は世間から批判される。

他方、教育改革論議ではポエムとしか表現しようのない言説が氾濫する。「ほんとうの教育」「グローバル競争に勝ち抜く人材育成」「英語のできる日本人」「自己肯定感を高める教育」といった何かを言っているようで内実が伴わないものである。これはさながら「毎日が特別に」「ここで暮らす誇り」といった住宅販売チラシに躍るいわゆるマンションポエムのような状況を呈している。今や『教育改革のやめ方』(広田照幸、岩波書店)という書籍まで販売されるところまで来ている。ふわっとしたイメージで教育を語るだけであれば主唱者と追従者の夢想空間の中でのことだから害はないが、それが政策立案に流れ込んでくる危険性は、2019年末からのセンター試験廃止にまつわる一連の過程が証明した。

初等中等教育においては、「学級で誰が何をどう教えるか」が重要な論点である。中央政府では従来文部科学省が中心となってきたが、教育政策を独占しているわけではない。最近の例でいえば、経済産業省は「未来の教室」を標榜し2018年に研究会を立ち上げた。これには経団連関係者がオブザーバー参加した。この事業の事務局はボストンコンサルティンググループが2019年4月1日におよそ10億円で受託している。総務省でも2010年度から2013年度に「フューチャースクール推進事業」を行った。一斉教授方式から個別学習・協働学習へ、アナログ教材からデジタル教材へ、管理から自由へという潮流を感じさせる。

こうした教授学習の選択問題はガバナンスの制度選択にもつながっていく。誰が「学級で誰が何をどう教えるか」の決め方問題である。教育行政の方針を誰が立案するのか、教員による教員のための教育行政を維持するのか、それとも改めるのかは重要な論点である。既存の教授学習や教員管理のあり方に批判的な立場なら、現行の教育委員会制度や教育関係者に疑問を持つ。現行制度の住人は現状維持志向となるからである。こういう対立軸は特定目的政府と一般目的政府との制度選択問題として捉えることができる。すなわち、教育委員会とその管理下にある学校が主役となる教育関係者が動かす教育特化システムと、公選政治家をはじめとする多様な主体が関わる教育システムとの間で緊張関係が生じうる。

最近の日本の例では、大阪で話題となった首長による教育行政への関与強化策がある。


青木栄一
Eiichi Aoki
(東北大学大学院教育学研究科准教授)

1973年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。専門は教育行政学。主な著書に『地方分権と教育行政』(勁草書房)、『教育行政の政府間関係』(多賀出版)などがある。

 

朝河貫一の一九四六年秋憲法第九条改正論
― 「神聖な武力」への反省を刻んだ自由追求のために

浅野豊美

(早稲田大学政治経済学術院教授)

はじめに

現在、憲法9条の改正が現実の政治日程でとりざたされている。しかし、安全保障の基軸となるべきものは、「中国の台頭」や「トランプ政権」等で記号化された外部環境変化のみに尽きるものではない。日本周辺地域には、かつてその安全が根底から脅かされたという感情的記憶を保持する諸国民が、異なる歴史認識を有して存在しており、彼らとの間で発生している「歴史問題」の解決、即ち国民としての公共の和解は、長期的なタイムスパンで互いの安全とその基盤となる独立を協調的に保障しようとする際には不可欠である。

本論文で取り上げようとする朝河貫一の最晩年の長文草稿「今後の新日本における個人の展望」(原文カタカナ表記をひらがな表記に改めた、以下「新日本展望」と略す)」は、こうした安全保障観念の根底を成す、「戦争」への国民的反省と名誉回復という問題に、新たな光を投げかけてくれるものである。

朝河貫一は、1873年に福島二本松で生まれ、早稲田大学を卒業後に、1895年から米国に留学し、日本人で最初の歴史学博士号をイェール大学で習得して、同大学の西洋史担当の教授となった人物である。19世紀末の米国留学ブームの成功者であるとともに、西洋と日本との封建制比較の研究をベースに、日露戦争や第二次大戦をめぐる国際政治に関わろうとした学者でもあった。本論文が問題とする「新日本展望」は、終戦から「十五六ヶ月」を経た1946年11月下旬から12月初旬ごろに日本語で将来の日本人に向けて執筆されながら、今まで埋もれてきた論考である。もしも、出版が実現していたら、『新日本の禍機』とでも命名され得たであろう(日露戦後に朝河が執筆した『日本の禍機』は文庫本として簡単に入手が可能)。

戦争原因の構図
─「武力征略の心」・「天皇」・「自由」

米国による日本占領を米国から観望していた朝河にとって、根本的な戦争原因は、資源と人口の不平等という経済的な要因と、ある国民心理に依拠して、自由な言論を脅かすような勢力が台頭したことにあったと観察されていた。その国民心理とは、「武力征略の心」(「武力攻略心理」とも朝河は呼ぶ)と呼称される、ある種の集合的な感情であった。それは本来的に世界のどの民族にも普遍的なものでありながら、日本において特に、近代以後に残存してしまったものであった。日本の対外戦争は、少なくとも1931(昭和6)年まで、「攻戦の度数と分量」において、英米仏のみならず「支、魯〔露─筆者注、以下同様〕、独」に比しても遥かに少ない。しかし、「武力征略の心」が「南北朝、戦国の凡そ600年間、民族の一部に醸造」され、戦国時代の末期においても「神武、神功の征戦」にフラッシュバックして「秀吉の征韓」が生じたために、そうした感情が「征韓」の記憶とともに「民族の一部に一種の病疾となって残存」したという。集合的な感情が記憶と結びついて、ある種の国民心理が形成されたというのが、朝河の現実分析の重要な概念であった。


浅野豊美
Toyomi Asano
(早稲田大学政治経済学術院教授)

1964年生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科国際社会学専攻博士課程単位取得退学。博士(学術)。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、中京大学国際教養学部教授、米国ウィルソンセンターフェローなどを経て、現職。専門は、日本政治外交史・東アジア国際関係史。主な著書に『帝国日本の植民地法制─法域統合と帝国秩序』(名古屋大学出版会)、『戦後日本の賠償問題と東アジア地域再編』(編著、慈学社)などがある。



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