巻頭言

 
ASTEION vol.085 Current Issue vol.087 特集 中国を超える華人文学

 

華人については、これまでその家族形態から経済活動にいたるまで幅広い研究が行われている。それに比べて、華人文学のことはあまり知られていない。とりわけ、グローバルな視野からその全体像を捉えたものは皆無に等しい。中国系の作家が世界中の国と地域に分布しており、中国語のみならずそれぞれの居住国の言語で創作が行われているから、その全容を把握するのは難しいのであろう。

華人文学は移住の規模や居住形態に深いかかわりがある。東南アジアのように、中国人の移住史が近代以前にさかのぼる場合もあれば、西部大開発時代のアメリカのように、労働力の輸出がきっかけとなった場合もある。前者は地域ごとに共同体を形成し、後者はチャイナタウンに集中して居住する傾向がある。そうしたコミュニティにはまず新聞や雑誌などのメディアが誕生し、やがて文化生活としての文芸活動も登場した。

移民の動機や居住形態の違いにより、華人文学はそれぞれの国と地域で異なる様相を呈しており、地域と言語による区分にもとづく文学批評にとって射程の遠すぎる課題である。この難題に挑戦した本特集は、幸いにも欧州、北米や東南アジアの華人作家や研究者たちの協力をえて、前例のない誌面を作ることができた。

華人という言葉が使われている以上、想像力の指針は否応なしに特定の方向に偏りがちである。本来、華人という存在は文化の遠心力によってもたらされたもので、宿命的に故国である中国から離脱する衝動をうちに抱えている。一方、場所の距離はかえって情緒の遠近法を狂わせ、とりわけ中国本土への眼差しは過剰な思い入れを差し挟むものになりやすい。だが、華人文学には想像の故国に向ける、分裂した感情が込められていても、現実の中国とのあいだに理念や信条の結び目は見いだしにくい。ましてや、二世以降になると、中国の作家と自認する者は一人もいない。その意味では華人文学から立ち昇ってくる夢の幻影は必然的に中国から遠のく運命にある。「中国を超える」とはそのことを念頭に置いたものである。

華人作家たちが自らの立ち位置をどう見ているのか。彼らはどのような文学活動を行っているか。また、今日の世界においてどんなメッセージを発しようとしたのか。この特集はいくつかの角度から彼らの声を紹介する。また、アメリカや東南アジアについては全体像に迫るために、鳥瞰的な視角も用意されている。華人文学の現在とその多様性を多少でも示すことできれば、編者一同にとってそれよりうれしいことはない。

張競



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