巻頭言

 
ASTEION vol.085 Current Issue vol.085 特集 科学論の挑戦

 

2015年6月、人文社会科学系の大学学部・大学院等の縮小や組織改編を文部科学省が国立大学に要請したことは記憶に新しい。その真意はさておき、この通知の火消しのためとも思える10月の同省の文書が、人文社会科学の「たこつぼ化」や教養教育の軽視を問題としていることは興味深い。人文社会科学の研究者が、人間精神の涵養や変化する社会への対応といった視野の広い人類的課題に取り組んでいないというわけだ。

筆者の勤務する東京工業大学(東工大)でも、心当たりのことが起こった。東工大は理工系大学でありながら、鶴見俊輔、伊藤整、江藤淳といったキラ星のような文系教員が教壇に立つことで知られていた。ところが、1996年の改革で教養教育担当部署が廃止され、文理融合のかけ声のもと、教員は新設の大学院部局に配属された。工学系の教員も多く所属する専門的な部局である。その結果、インパクトのある質の高い著作ではなく、技巧的な専門論文が業績として求められるようになった。理工系基準の無定見な導入である。これは東工大に限った問題ではない。

東工大においては、執行部が教養教育の弱体化を危惧し、新たな大学改組の課題の一つとしたことは幸いだった。数年間の議論を経て、2016年4月、人文社会科学系の教養教育担当部局リベラルアーツ研究教育院が発足した。新聞記事でも、東工大が「文系の達人」を集めていると話題になった。

だがそのプロセスで驚いたことは、理工系ではなく人文社会科学の教員の中から強硬な反対論が見られたことだ。リベラルアーツ教育は二流の教員がやることで、専門家の仕事ではないというのだ。1991年に大学設置基準が大綱化され、教養教育の解体が始まったころによく耳にした議論である。

科学論の分野も、このような狭隘な専門主義の影響を免れてはいない。福島の事態への科学論者の対応の鈍さが、それを象徴する。今世紀初頭に筆者と『科学論の現在』を編纂した故・金森修氏は、亡くなる1年前に『科学の危機』という著作を出版された。だが、現実社会から切り離された「科学論」も危機にあるのではないか。今回の特集は、科学と社会との関わりや社会における科学の位置付けについて俯瞰的に検討するために、サントリー文化財団の主催で約2年間開催されてきた「科学と社会研究会」の成果である。その成果が、科学論の現状に一石を投じることになれば幸いである。

特集責任編集 中島秀人



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