WEB エッセイ/レポート

34 文系と理系の断絶をいかに乗り越えるか 三谷 宗一郎

 アカデミアにおける分野の細分化が著しい。同じ大学の同じ学部に所属していたとしても、隣の研究室のテーマやその価値をただちに理解できないこともある。このことを学問の進歩の証左として手放しに歓迎してよいのだろうか。猪木武徳氏(大阪大学名誉教授)は、こうした細分化は「知的断片化(Intellectual fragmentation)」を招くとして危機感を示す。日本だけでなく、世界的に進展しているこの事態に対し、私たちはどう向き合っていけばよいのだろうか。
 このような問題意識の下、2019年3月27日に開催された堂島サロンでは、隠岐さや香氏(名古屋大学大学院経済学研究科教授)をお招きし、「文系/理系:分断の歴史から考える現在」と題してご講演いただいた。隠岐氏は特に18世紀の科学アカデミーの歴史をご専門とされ、昨年には『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社、2018年)を出版された科学史家である。
 なぜ分野は細分化してきたのか。細分化された学問は時々の政策や社会構造とどう関係しながら発展し、なにをもたらしてきたのか。今後、文系と理系の断絶をいかに乗り越えていけばよいのか。隠岐氏は、中世ヨーロッパから現在までの自然科学史、社会科学史、大学の歴史、思想史、文学史、各国史に関する厖大な文献を渉猟し、緻密な史資料調査に裏付けられた過程追跡によって、これらの問いを鮮やかに解き明かしていく。そして文系と理系の断絶を乗り越えるための方向性を提起して講演を締めくくると、アカデミア、実業界、マスメディアなど多様なバックグラウンドを有する参加者らが闊達な議論を繰り広げた。以下にその講演と議論の要旨をご紹介し、最後に筆者の感想を述べたい。

 冒頭で隠岐氏は、「文系と理系という単純すぎる区分は、日本固有のものと誤解している人が多い」と主張する。じつは近年、欧米においても大学教育・研究全般を論じる際、Humanities and Social Science(HSS)とScience, Technology and Mathematics(STEM)の二つに明確に区分し、さらには両者の分断を強調する言説が広がりつつあることはあまり知られていない。
 もちろん1970年代頃から今世紀初頭にかけて、いわゆる学際的な研究が奨励される風潮も現れた。米国では、教育やイノベーションには理系の学問だけでなく、Arts(人文科学)も必要であるという意味をこめて、「STEMからSTEAMへ」という標語も掲げられ、両者を分ける意味はないと語られることも増えている。
 しかし同時に、日本にみられる「文系不要論」やフランスで注目を集めた「文学への憎しみ(La Haine de la littérature)」、韓国紙が今年3月末に報じた「人文学に対するヘイトスピーチ現象」などが象徴する通り、文系と理系の区分を過剰に意識させる論争もたびたび起こってきた。学際的研究を奨励する風潮と文系・理系をめぐる争いは、同時期に繰り返し出現してきたのである。

 文系と理系の分断を憂い、その融合を呼びかけるだけでは状況は改善されない。問題が発生するまでの経緯を明らかにすれば、解決への糸口を見出し得る。このような視点に立ち、隠岐氏は、そもそもいつどのように自然科学、社会科学、人文(科)学は出現したのか、なぜ分野は細分化してきたのか、中世ヨーロッパから現在までの長期にわたる科学の歴史的展開について、時に古代ギリシャまで遡りながら、丹念に過程追跡する。
 隠岐氏は、まず現在の学問体系が自然科学、社会科学、人文(科)学の順で発展してきたことを整理した上で、①分業、②物理的距離、③市場競争、そして④学問の序列意識が連関し、分野の細分化と分野間の断絶をもたらしたと指摘する。何らかの現象を正確に理解するために、研究者たちはやむを得ず分野を細分化し、分業してきた。その結果、分野間に物理的な距離が生じ、他分野の研究者と意思疎通を図る機会は失われた。こうした分断に拍車をかけたのが「儲かる分野」、「儲からない分野」などという市場競争の考え方で、特定の分野に対するイメージが研究資金の流れをも左右していった。さらに「あの分野は崇高な知の世界である/そうではない」、「天賦の才が必要である/必要ではない」といった学問に対する序列意識は、ジェンダーや人種差別などと結びつき、特定の分野に集まる人々の顔ぶれにも影響することになった。
 このように、分業を目的とした分野の細分化が、時々の政策や社会構造と複雑に絡み合って、資金の流れや集団の顔ぶれに影響を与え、さらなる断絶を深めてきた。つまり細分化と分断は、自然発生的に「やむを得ず」起こった側面と、人為的な制度が促した側面があったのである。
 さらに過程追跡の結果から、隠岐氏は文系と理系の根本的な志向性の差異も指摘する。すなわち、これまで文系の学問は、神(と王)を中心とする世界秩序から離れ、人間中心の世界秩序を追求することを志向してきた一方で、理系の学問は、神の似姿である人間を世界の中心とみなす自然観から距離をとり、客観的に物事を捉えることを志向してきた。科学の発展の中で、文系は「人間」を価値の源泉と捉え、理系は「人間」をバイアスの源泉と捉えるという決定的な差異が生じていたことが炙り出されたのである。

 こうしたマクロレベルの歴史的展開を踏まえ、日本に目を転じると、隠岐氏は改めて「文系と理系の断絶がかなり厳しい」と評し、高度経済成長期における理系分野を重視した、いわゆるイノベーション政策1.0や、1970年代からの大学受験競争の激化と文理選択の早期化がこうした状況をもたらしたと指摘する。
 しかし先行きはそう暗くはないのかもしれない。種々の弊害をもたらした1980年代のイノベーション政策2.0は終焉を迎えつつあり2010年代以降のイノベーション政策3.0では、人文社会科学を重視する傾向が見受けられるからである。大阪大学や東京工業大学などでは、学部教育を学際化する試みも導入され始めた。さらに従来、「人文社会系」、「理工農医系」、「総合系」と3つに分かれていた文部科学省の科学研究費助成事業(科研費)の審査区分が11の細目に再考されたことは、文理の対話を目指す動きの一つとも看取できる。
 一人の研究者の時間的リソースや知性には限りがあるため、分野の細分化による分業は必然である。ただし、意思疎通が困難なほど分断が進展している現在、他分野を教養として学べる能力の重要性が益々増加していることに意識を向けることが肝要であろう。もちろんすべての人々が他分野を行き来できなくても良い。広い視野を持ち、多様な分野を繋げられる人材が一部には必要と考えられる。従来、ともすれば軽んじられてきたそうした人材を適切に評価し、分業と意思疎通のバランスをとることが、現在求められていると隠岐氏は締めくくった。

 隠岐氏の講演が終わると、研究内容に対し、いくつかの質問が提起された。その中で「分野が細分化する過程において、言葉の論理的・数理的な明晰さの差異が影響した可能性はないか」、「国ごとの各学問に対するイメージの差異をもたらす要因は何か」など今後の研究の発展を期待した質問も投げかけられていた。
 続くディスカッションでは、どの参加者も、文系と理系の行き過ぎた断絶に対して強い問題意識を有していることが窺えた。参加者のうち、理系の研究者の一人は、国際日本文化研究センターで講義した経験から、文理融合の重要性を実感したエピソードを披露した。同様に、実業界出身の参加者は、企業経営には他者に共感する力(文系の学問)と、経営上のリスクを理解できる力(理系の学問)の両方が必要であると述べた。
 また、実際にすでに他分野を行き来しながら活躍している人材もいると指摘する参加者もいた。例えば、霊長類学者でゴリラ研究の第一人者である山極壽一氏(京都大学総長)が優れた研究業績をあげることができたのは、氏が理系的アプローチをとりながらも、人文社会科学に造詣が深いからであるとし、まさに文系と理系を架橋できる人材であるという意見があった。さらに地震学者の大木聖子氏(慶應義塾大学准教授)も、地球だけでなく、人や社会にも目を向けることを志向し、防災コミュニケーションに取り組んでいるという点で、文系・理系の素養を兼ね備えた人材と評する参加者もいた。
 それでは、いかにして分断を乗り越えていけばよいのか。ある参加者は、文部科学省の学術研究に対する認識に問題があると指摘した。具体的な課題解決を主たる目的とする「要請研究」や「戦略研究」は多額の予算が付される。これに対して、「学術研究」は役に立たないという理由から予算が削られる傾向にある。こうした政府の根本的な認識から変えていかなければならないため、状況は深刻であると主張する。
 一方、学際教育やイノベーション政策では、融合は進まないという主張もあった。昨年、ノーベル賞を受賞した本庶佑氏(京都大学教授)が、「何が役に立つかわからないのだから、科研費はばらまくべきだ」と発言したことに触れながら、自然発生的な「勝手なインタラクション」こそが文理の溝を埋めていくと論じた。

 議論の中で、近年の若手研究者が自身の専門分野に閉じこもる傾向があると問題視する声もあがり、身に覚えのある筆者には耳が痛かった。
 とはいえ筆者が専門とするたった一つの分野においてさえ、世界中で新しい知が積み重ねられ続けている。取り組みたいテーマはいくつもあるし、同一分野に閉じこもって一生を過ごしたとしても、この分野を知り尽くしたと胸を張れる日が訪れるとは到底思えない。「すべての人々が他分野を行き来する必要はない」という隠岐氏の言葉には救われるが、それでは筆者のような者は何をすべきなのだろうか。
 一つは、安易な価値基準で他の研究者を評価しないという姿勢を持つことであろう。現在の非正規雇用の若手研究者は、アカデミアでのキャリア形成を念頭に置き、少しでも研究業績を増やさなければならない、というプレッシャーと日々、対峙している。そこに他分野まで視野を広げる余裕は残されていない。眼前の研究に忙殺されるうちに、いつしか研究業績の数を積み重ねていくことだけが唯一の理想的な研究者の姿である、という価値観に囚われていないだろうか。そうした価値観に囚われ続ければ、やがて他分野を行き来する研究者を適切に評価できなくなるのではないだろうか。
 新たな研究業績が生み出されなければ科学は発展しない。しかし特定の価値観に囚われることが、分断の出現・助長をもたらし得ることも過去の歴史が示している。隠岐氏が描き出したように、学問は途方もない時間をかけて静かに醸成されていく。多様な価値観を受け入れる姿勢を持つこと、そうした研究者が一人でも増えていくことが、ややもどかしい気もするが分断を乗り越えていく第一歩になるのではないだろうか。

三谷 宗一郎(みたに そういちろう)

医療経済研究機構 協力研究員
2018年度 鳥井フェロー



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