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30 『サントリー学芸賞選評集』刊行記念企画vol.2 学術書と一般書のあいだ 三辺 直太

 この度刊行された『サントリー学芸賞選評集』を興味深く読みながら、改めて受賞作の幅広さに感心しています。そして、ある関係者の方が、「分厚い学術書が受賞すると『こんな専門書に受賞させるなんて』と批判され、薄い新書が受賞すると『こんな一般書に受賞させるなんて』と批判される」と苦笑交じりに漏らしていたことを思い出しました。

 その話を聞いた時、口幅ったい言い草ですが、ちょっと「選書」の立場に似ているなと共感を覚えてしまいました。選書というジャンルには、註がびっしり付いた学術論文のような本もあれば、新書のように読みやすい入門書もあります。良く言えば自由度の高い、悪く言えばじつに中途半端なジャンルです。新潮選書の原稿を依頼する際も、研究者の方に「学術書のつもりで書けばいいのか、新書のつもりで書けばいいのか」と訊かれて困ることがあります。その度に、口ごもりながら「えーっと、学術書ではなく一般向けの本なのですが、新書よりはちょっと専門的な感じで……」と要領を得ない返事をするしかできません。そんな微妙な立ち位置が、サントリー学芸賞と少し似ているのではないかと思ったのです。

 新潮選書は1967年に創刊されました。とはいえ、社内に独立した「新潮選書編集部」が設けられたのは2006年のこと。それまでの約40年間は、「出版部」に所属する編集者が、文芸やノンフィクションなど様々な分野を扱う中で、必要に応じて「選書」のパッケージを活用するという形で刊行を続けてきました。高坂正堯先生をはじめ、サントリー学芸賞とも縁の深い研究者による選書も刊行してきましたが、あくまでも文芸やノンフィクションの仕事の延長線上で生まれた企画であり、たとえば大学の紀要に目を通したり、学会や研究会に顔を出して著者を発掘する努力などは殆どしていませんでした。

 私が新潮選書編集部に異動したのは2008年です。2年前に独立した編集部が、本格的に学芸分野に参入しようと試行錯誤を繰り返していた時期でした。入社以来、写真週刊誌の張り込み記者やコミック編集など、アカデミズムとは縁遠い仕事ばかりしてきた私には、正直、気の重い部署でした。編集長から「とりあえずサントリー学芸賞の受賞作を読んで、気に入った作品の著者に原稿を頼みに行きなさい」と言われた時も、「研究者が書いた本など、果たして自分に読めるだろうか」と不安に駆られたのを覚えています。

 仕方がないので、たまたま自分と年齢が近く、当時、新進気鋭の研究者として注目されていた細谷雄一先生の受賞作『戦後国際秩序とイギリス外交』(2002年「政治・経済部門」受賞、創文社刊)を買い求め、恐る恐る読んでみたら…………面白い! なるほど、サントリー学芸賞の受賞作とは、学術的な内容でありながら一般人でも面白く読める本なのかと合点して、さっそく細谷先生に原稿を頼みに行きました(その時は、まさか原稿を頂戴するまでに7年もかかるとは想像もしていませんでしたが、何とか『戦後史の解放Ⅰ 歴史認識とは何か』という選書に結実しました)。

 新潮選書は、今回の『選評集』にエッセイを寄せている猪木武徳・武田徹・岡田暁生の各氏をはじめ、選考委員として選評を寄せている奥本大三郎・川本三郎・鹿島茂・佐藤卓己・苅部直の各氏、そして受賞者に至ってはここでは名前を挙げきれないほど多くの方々にお世話になって参りました。いわばサントリー学芸賞が長年にわたり築き上げてきた資産を元手に商売をしてきたわけで、関係者の方々には足を向けて寝られません。

 そのような〈学芸界のフリーライダー〉であった新潮選書ですが、ここに来て、『ロマネスク美術革命』(金沢百枝、2016年「芸術・文化部門」受賞)、『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(阿南友亮、2018年「政治・経済部門」受賞)、『立憲君主制の現在』(君塚直隆、2018年「政治・経済部門」受賞)と、少しずつ「資産形成」にも関わらせていただけるようになりました。これからもサントリー文化財団の関係者の皆様が作り上げてきた学芸のコミュニティを、選書という中途半端な立場から支えていくことができればと願っています。

三辺 直太(さんべ なおた)

新潮社 新潮選書編集部



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