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29 『サントリー学芸賞選評集』刊行記念企画vol.1 人間という不思議なもの 三浦 雅士

 サントリー学芸賞については、ここ数年、理事としてすべての候補作を読み、すべての選考委員会を傍聴し、部門間の調整をするという役割を担っている。一介の文芸批評家にすぎない私にそれだけの能力があるとはとても思えないが、個人的にはきわめて有益な体験をすることになったと感謝している。その感想をここに若干書きしるしておきたい。

 この賞は、政治・経済、芸術・文学、社会・風俗、思想・歴史の四部門から成り立っている。とはいえ、賞の方針としてインターディシプリナリーすなわち学問領域横断を奨励しているほどだから、部門の範囲は厳密なものではない。しばしば候補作が他部門と重なることがある。諸学問は前世紀末から発展が著しく、必然的に専門性を増してきている。したがって細分化し、いわば蛸壺化する傾向にある。にもかかわらず、その先端部分はかえって他の学問領域に接することが多い。興味深い事実である。

 だが、ここに書いておきたいのはそのことではない。強烈に印象づけられたのは、そういう潮流のあるなしにかかわらず、そのはるか以前に、四部門の対象そのものが、またその選考にしても、じつは文芸批評に酷似していたということである。

 たとえば政治の領域。政治家とその業績は作者と作品の関係に等しい。したがって政治学者は批評家に等しい。これを、官僚とその業績、実業家とその業績と言い換えても同じことである。業績の積み重ねを歴史という。歴史上の人物はみな作者であり、その軌跡すなわち人生は作品であると言い換えることができる。とすれば、歴史家もまた批評家にほかならないということになる。政治学者も歴史学者も根本は批評家なのだ。それも、多くは文芸批評家などよりよほど凄味のある批評家なのである。

 まことに初心な、あるいは素朴な感想だが、私はこの事実に驚倒した。すべての候補作を読み、すべての選考委員会に出席して得た体験の、これが核心だった。

 考えてみれば、孔子の『春秋』にせよ司馬遷の『史記』にせよ、尽きるところ批評にほかならない。だがそれはまた戯作の類が蔑まれたことの理由でもある。実物にとっては模型のようなものだからだ。いわば箱庭、盆栽にすぎない。文芸批評は、政治批評、歴史批評に比べれば、いわば箱庭批評にすぎない。そのこともまたよく分かったわけだ。

 むろん、模型も箱庭も盆栽も、人間において俯瞰することへの欲望がいかに強いかを示している。世界を一望のもとに把握しようとする欲望の対象化である。視覚的存在としての人間の本質にほかならない。だが、制度を改め都市を築き山河を変える者にしてみれば、あるいはまたそれを批評、批判し、自ら世界を変革しようと企てる者にしてみれば、箱庭は所詮、箱庭。誤っても文芸批評は実害をもたらさないが、対するに政治批評、歴史批評は実害をもたらすのだ。ということは実利をもたらすことがつねに期待されているということ。実利をもたらすものが幅を利かすのは当然と言うべきだろう。

 打ち明けて言えば、私は長いあいだ法学部という学部が何のためにあるのかよく分からなかったのだが、ここにいたってはじめて腑に落ちたのだった。法学部とはつまり立法、司法、行政の具体的な技術を教える学部だったのである。法の解釈とは、畢竟、議会すなわち市民の代表に対する行政の答弁のことなのだ。解釈すなわち文芸批評だが、それが本物の文芸批評と違うのは、実利あるいは実害をもたらす点である。私は、法学部が弁護士ではなく官僚を生み出すための装置であることがようやく納得できたのだった。

 むろん、模型、箱庭、盆栽も役に立たないわけではない。逆である。模型すなわち設計であり計画だからだ。計画はつねに俯瞰すなわち模型を必要とするのである。

 たとえばこういうことがある。ロビン・ダンバーという人類学者が、チンパンジーの研究から推して、人間がそれとして認識できる友人の数、すなわち名と顔を結びつけてただちに思い浮かべられる友人の数は、上限が百五十人であるという説を出して話題になった。ダンバー数というが、これが重要なのは、組織は百五十を単位に拡大するのが得策であるという結果が出てくるからである。選挙にしても、一人ひとりが百五十人ずつ支援者を増やしていけばいいということだ。

 それだけではない。『水滸伝』の豪傑百八人を思い出すが、小説のみならず、政治・経済、芸術・文学、社会・風俗、思想・歴史の著作すべてにおいて、登場人物の上限は百五十人、できれば百人以下が望ましいというようなことも出てくるのである。国内政治あるいは国際関係を読み解くためのファクターにしても同じ。著作はもちろんのこと、現実の交渉においても、この数の問題はきわめて重要ということになる。

 理解の限度が百五十ということは、逆にいえば、人間は世界を理解するためにそのファクターをつねに百五十以下に絞る傾向があるということである。これは要するに、人間は世界に合わせて世界を見ているのではなく、自分に合わせて世界を見ているのだという、古くから言われていることの反復である。さらに言えば、人は畢竟、自分の模型、箱庭、盆栽に合わせて世界を見ているのだということになる。

 この反転はじつに興味深いが、しかし、これこそ四部門の候補作のすべてが実行していることなのだ。芸術、文学、社会、風俗は言うまでもない。政治も経済も思想も歴史も、その研究はすべて現に生きた人間の軌跡を追うが、それら人間のすべてが、それぞれの持つ模型、箱庭、盆栽に合わせて世界を見、世界を変革しようとしているのである。研究者が描くのはその機微でありメカニズムだが、しかし選考委員が感銘を受けるのは、描いているその研究者もまた研究者自身の模型、箱庭、盆栽にもとづいて描いているというそのありようなのだ。これを簡単に、研究者の人間のありようと言ってもいい。文芸批評とまったく変わらない。煎じ詰めれば人間への関心である。

 選考を通じて理解した最大のことはこのことだった。それはつまり、ただ人間への深い関心だけがサントリー学芸賞を貫いていたということの、いわば再発見だった。

 サントリー学芸賞はあくまでも学芸賞であって学術賞ではないとしばしば言われる。外部においてもそうだろうが、選考委員会でもよく話題にされる。対象となる著作が学界のみならず一般にも広く開かれているかどうかという意味に解してよいだろうが、話題にされている核心はじつはそうではない。よく考えてみると、むしろ人間への関心が鮮明かどうかということなのだ。

 かりに学術という語を専門に特化した研究と受け取るとして、それでさえも人間への関心に貫かれていることは疑いない。だが、それが鮮明か否かということになると違ってくる。人間への関心が脈動していることが分かるということ、つまり、研究の対象のみならず、研究者自身の人間としての息遣いが分かるということが、学芸と学術を分ける分水嶺になっている。そう考えたほうがいいような気がする。

 描かれた人間と描く人間の双方がくっきりとした姿で立ち現われていること、それが学芸賞の最大の要件なのではないかというのが、少なくとも私のもっとも強い印象である。しかも、そういう傾向が、年々、鮮明になっているという印象である。あるいはここに、サントリー学芸賞が望ましいと考えている人文科学、社会科学の姿があるというべきなのかもしれない。

 賞とその選考に関するかなり立ち入った感想を述べる結果になったが、ぜひ書いておきたかった。サントリー学芸賞そのものが生々しい出来事としてある理由とも思われるからである。

(『サントリー学芸賞選評集2009~2018』より転載)

三浦 雅士(みうら まさし)

文芸評論家



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