WEB エッセイ/レポート

24 「より広範な社会からの理解を―日本の公文書管理体制を考える」 鈴木 悠

 過去を生きた人々の判断や行動を検証し、その教訓を後世のために残すということは、極めて重要なことである。例えば国家機関や民間の企業などであっても、自らが過去に行ってきたことを批判的に評価して将来に活かす文化がなければ、それらの組織の未来は暗いと言わざるをえないだろう。過去の失敗に学べない者は同じ過ちを将来また繰り返し、成功に学べない者は自らを高めるためのヒントを得られないまま終わってしまう可能性が高まるからである。
 過去の経験を将来に活かすためには、当事者の判断や行動に関する正確な記録が欠かせない。また、それらの史料を可能な限り一般の人達にも公開し、当該組織の外からの忌憚ない意見も受け入れる姿勢も重要になるだろう。記録をどのように作って保存し、将来的な一般公開へとつなげていくか。2018年7月2日に開催された第11回「サントリー文化財団フォーラム・東京」においては、現在日本の歴史学界の最先端を走る二人の研究者に、この課題に対する知見を提供してもらった。
 第一報告者である京都大学大学院法学研究科の奈良岡聰智教授は、主に明治後期から1920年代までの日本政治外交史の専門家である。このテーマに関連する史料を幅広く検証していることから、日本の史料館(アーカイブズ)における文書保存と公開の現状と課題についても非常に明るい。奈良岡氏は、日本における史料保存に対する意識は決して低くはないが、それでも一般的に「アーカイブズ先進国」と目されるイギリスと比較すると、やはり見劣りする部分が少なくないと主張する。まずイギリスは、公的機関でない団体の文書公開に対する意識が日本と比べて高く、政党や新聞社など、日本ではほとんど史料を公開しないような団体・企業でも史料を開放している。また、イギリスには日本にはない立法府文書館があるなど、公文書に関しても日本よりアーカイブズが充実している。結果的に、閲覧できる史料の量と種類という両面において、日本はイギリスに大きく水をあけられている。
 この状況を改善させるためにやるべきことは多いが、まずは公文書の管理体制を整備することが最優先事項であると、奈良岡氏は指摘する。日本では、イギリスやアメリカと違って政府関係省庁からの国立公文書館への文書移管が義務付けられておらず、各省庁が文書のほとんどを非公開のまま保持しているという現状である。イギリスやアメリカにおいては、公文書は作成から30年経過したらアーカイブズに移管されて公開されるということが原則になっているが、このような方針が日本では確立していない。
 また、イギリスやアメリカでは公文書作成に関しても厳格なルールがあるが、日本は決まりが曖昧であるという点も課題である。この点に関連して奈良岡氏は、公文書を官僚や政権批判の道具として使いがちな世論にも問題があると考えており、このような状況が続けば、公的機関で働く人々が将来の批判を恐れて史料を公開しないだけでなく、記録自体を残さなくなるかもしれないと強く危惧している。
 以上のように、奈良岡氏は文書記録に関する知見を提供したが、第二報告者である東京大学先端科学技術研究センターの牧原出教授は、文書に残らない記録について報告した。牧原氏は行政学や現代日本政治史の第一人者であり、インタビューなどを通じたオーラル・ヒストリーという手法を重用する。牧原氏は、人が文書に書き記すことができることには当然限界があり、文書に残らなかった部分などを掘り起こすためにも当事者へのインタビューなどは欠かせないと考える。また、最近の森友・加計学園問題ほど露骨ではないにせよ、文書作成者が報告書を書いた後に多少の修正を加えるということは決して珍しいことではなく、文書を批評的に分析するという意味でもオーラル・ヒストリーは非常に有用であるとも述べる。ここ10年ほどでオーラル・ヒストリーが歴史学の研究手法として一般的になったこともあって、この分野の研究の質も上がっていると牧原氏は述べる。
 奈良岡氏と牧原氏は、今後の史料保存についても言及した。奈良岡氏は、IT技術の発展により、昨今公的機関や政党、政策決定担当者達がホームページやSNSを積極的に活用するようになったことを鑑み、これらを保存・整理して将来研究者たちが使用できるようにすることが今後の大きな課題になると述べた。牧原氏はIT技術と史料保存について更にもう一歩踏み込んだ見解を示し、インターネットの技術が発展した昨今、個々のパソコンをより広範なネットワークから分断することは不可能であり、作成された文書の痕跡を完全に消し去ることはできない時代になっていると指摘した。そのため、今後は研究者一個人では閲覧しきれないほどの膨大な数の記録が後世に残されることになり、だからこそ当事者へのインタビューという手法がより重要になってくるのではないかという見解を示している。
 両氏の報告には、日本において記録作成・保存・公開の状況を改善させるためには、これらの作業の重要性を社会全体が認識しなければならないというメッセージがこめられている。奈良岡氏が述べたように、公文書ねつ造の問題がニュースをにぎわせる昨今、どうしても世間の目は記録を作成し保存する側に向かいがちだが、記録を作成する側と閲覧する側に基本的な信頼関係がなければ、史料作成・公開に関する制度を確立させることは不可能である。また、牧原氏の言うように今後インタビューによる記録作成が重要になってくるのであれば、その作業を研究者だけで行うことは不可能であり、より広範な社会からの協力が欠かせない。
 今回のフォーラムのような催しを繰り返し行うことによって、一般の人々の記録作成・保存・公開に対する関心を喚起する。日本におけるアーカイブズの状況を変えるためには、このような地道な努力が一番重要なのかもしれない。自分達の過去の事業について史料をしっかりと保存し、一定の期間が経過した後に情報公開をしない組織は社会的な信頼を得られないという考え方が常識的になれば、記録作成・保持者の意識も自ずと変わってくるのではないだろうか。

鈴木 悠(すずき ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター協力研究員
2016、2017年度 サントリー文化財団鳥井フェロー

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