WEB エッセイ/レポート

19 冷戦後の世界と平成の世界の新しさと過渡性 鈴村 裕輔

 土曜日は家族揃って買い物に行く機会の多かったわが家は、その日の朝も当時住んでいた仙台市の中心街にある大型スーパーマーケットにいた。地下1階の食料品売り場で買い物を終えて階段を上ると心なしか曇りがちな空の合間から冬の日差しが8階建ての建物に注いでいた。

 普段と何も変わらない土曜日の午前中の光景を変えたのは、いつもよりも少し寒い屋外の気温ではなく、新聞の号外を手にした人の「号外、号外です」という声と次々に配られる号外であった。

 手を差し出すより先に配られた号外にはこれまで見たことがないほど大きな文字で「天皇陛下崩御」と書かれ、裕仁天皇の生前の写真と事績を伝える記事が書かれており、裏面には裕仁天皇の様々な写真も掲載されていた。そして、学習院初等科に在籍していたころに撮影された学習院長の乃木希典とともに相撲を取る写真を目にしたとき、小学校6年生であった私は「一つの時代が終わった」と感じた。1989年1月7日のことだった。

 1986年に第1号が世に出た雑誌『アステイオン』の創刊30周年を記念して開かれたフォーラム「時代を論じて――鋭く感じ、柔らかく考える」では、第1部で五百旗頭真が基調講演を行った。論題は「冷戦後の世界と平成」だ。

 言われてみれば何ということはないかも知れないものの、言われるまでは見逃してしまいがちなことの一つに、1989年12月のマルタ会談で米国大統領のジョージ・ブッシュとソ連共産党書記長のミハイル・ゴルバチョフが冷戦の終結を宣言したのが、平成という時代が始まって11か月後のことであるという点である。

 第二次世界大戦中は連携していた米ソ両国が反目し、やがて世界の多くの国を率いて自由主義と共産主義の対立という形で角逐した冷戦は、幾度かの緊張の高まりと融和を経て、1980年代になると東側陣営の盟主であるソ連の劣勢が濃厚になってきた。さらに、ゴルバチョフの登場といわゆるペレストロイカの推進は明らかにソ連の変革を人々に印象付けたものの冷戦の終結までに要する時間は決して短くないと思われていた。

 しかし、実際には冷戦の幕切れはあっけないといってよいほど突然に訪れたかのようであり、米ソ首脳の握手は1か月前に起きたベルリンの壁の崩壊とともに時代が大きな転換点を迎えたことをわれわれに告げることになった。

 平成という新しい時代の始まりと冷戦の終結との間には、何の関係もないかもしれない。だが、この30年の間に日本の国内外で様々な出来事が起きたことは間違いない。

 日本国内に限っても、55年体制の終焉や政権交代の実現、バブル経済の隆盛と崩壊、「失われた20年」の到来、中間層の減少と所得格差の拡大の深刻化、あるいは少子高齢化の加速など、政治、経済、社会などの様々な面で変革が起きたこと。

 さらに、国際社会に目を向ければ、冷戦の終結が象徴する資本主義の共産主義に対する勝利を民主主義の勝利と捉え、フランシス・フクヤマが社会制度の発展の終結と社会の平和、自由、安定の無期限の維持が実現するという「歴史の終焉」の理論を提唱したことは周知の通りである。その一方で、サミュエル・ハンチントンが著書『文明の衝突』の中で、冷戦後の現代世界においては文明間の対立が焦点となり、西欧文明、中国文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明など8つの文明の間で半永久的に紛争が起きうる可能性を指摘したことも、広く知られるところだ。

 実際、2001年に起きた「9.11」以降、世界は「テロの時代」を迎えており、国家間、民族間、宗教間の対立も絶えることがなく、世界は混迷の度を増しているかのようである。しかしながら、インターネットの一般化に象徴される高度情報化社会の実現や人工技能の発達が第四次産業革命の到来を予告するのも、過去30年間の大きな変化の一つと言えるだろう。

 「冷戦後の世界と平成」という視点は、まさにこのような過去30年間の変化が日本国内のみの出来事として理解するのではなく、世界の動向、とりわけ冷戦体制という枠組みがなくなった後の世界の変化と重ね合わせることでよりよく理解できることを告げる。

 それでは、かつて野田宣雄が「民族、宗教、アジア」と指摘し、五百旗頭が「国際、人権、環境」と答えた「冷戦後の世界の軸」を念頭に置いてこの30年間を眺めるとどうなるだろうか。

 五百旗頭は、グローバル化の進展が個別のアイデンティティの主張を強め、ハンチントンが主張した「イスラム文明」と「中国文明」が冷戦後の世界秩序に大きな影響を与えるとともに、冷戦時代の覇権国であった米国は21世紀になると効果的な対応が出来ないまま中国の台頭を許したと分析する。

 確かに、中国が米国に次ぐ経済大国となったとはいえ、依然として自らの力で新しい世界の秩序を確立するまでには至っていないし、自由貿易の維持を唱えるなど、既存の秩序の中に留まって活動している。その意味において五百旗頭が指摘するように、中国は勝手気ままに行動することは出来ず、現状の制度を基本としつつ、自らの力を高める立場へと回帰している。それでも、冷戦後の世界の秩序を維持してきた米英が、一方は自国第一主義を掲げ、他方はヨーロッパ連合からの離脱を決めるなど、冷戦終結から30年を迎えようとする2016年以降に世界秩序を崩壊させる態度を示していることは、現在の世界が秩序の転換期を迎えつつあることを示唆していると考えられる。

 このような時に際し、平成の終わりを迎えようとする日本はどうすべきか。20世紀の日本は米国と中国と戦争することで滅んだのであり、21世紀においては日米同盟と日中協商を維持することが重要であるという五百旗頭が提示する答えは、「日米同盟の堅持」と「国際秩序の維持」と、明快だ。しかし、この明快な答えが単純な答えでないことは、米国大統領のドナルド・トランプが自国の利益を優先させていることからも明らかであり、五百旗頭は日米同盟の深化の必要性と日中協商の重要性にわれわれの注意を喚起するのである。

 平成とは、もしかしたら新しく、そして過渡的な時代かもしれない。しかし、このような混沌として先行きの見えない時代に生まれた『アステイオン』だからこそ、絶えず時代と格闘しながら新たな道を切り拓くことができたのだろう。

 かつて12歳の少年が「一つの時代の終わり」と感じた昭和から平成への変化は、新しい時代の始まりであった。やはり12歳には「いつかは終わるだろうが、いつ終わるかわからない」と思われ、西側諸国は善であり東側陣営は恐ろしいものと感じられた冷戦も、幕切れは意外なほど静かなものだった。新たに始まった冷戦後の世界という時代は30年の時を経てこれまでに誰も経験してこなかった局面を迎えている。そのような時代の大きなうねりを描き出したのが、五百旗頭の講演「冷戦後の世界と平成」だったのである。

鈴村 裕輔(すずむら ゆうすけ)

法政大学社会学部兼任講師



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