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13 『ポストモダンを超えて』について 三浦雅士

 つい最近、邦訳が刊行されたチョムスキーの談話『言語の科学』(原著2012年)が興味深いのは、現生人類がおおよそ16万年前に東アフリカにおいて誕生し、おおよそ7万年前か6万年前、アフリカを出てインドおよび東南アジア、オーストラリアへ、さらにまた中央アジアを経てヨーロッパへと拡散したというそのことと、言語の成立、すなわちチョムスキー流に言えば、突然変異としての言語本能の発生を緊密に結びつけていることである。チョムスキーはつまり、現生人類は言語本能を獲得することによってアフリカを出たと考えているのだ。

「実際、高度な記号体系を持ったことの影響とみられるもので、6万~10万年前よりも昔に遡れるものはほとんどありません。数10万年もの間、ほとんど何も変化しなかったように見えるのに、その頃になって突然、爆発的な変化が起こります。7万年前か6万年前か、あるいは10万年前くらいになるかもしれませんが、象徴的な芸術や、天文・気象事象を反映した記録、複雑な社会構造等々、端的に言って創造的エネルギーの爆発のようなものが、どういうわけか、たかだか1万年程度という、進化的時間で言えば無に等しい一瞬で出てくるのです。そういったものがそれ以前に存在していたことを示すものは何もなく、それ以後はずっと同じままなのです。」

 チョムスキーはこの認識を談話のなかで再三繰り返しているが、当然のことだろう。ウィルソン、キャンらによって、いわゆるミトコンドリア・イヴが突き止められたのは1987年、以後、集団遺伝学、先史考古学、歴史言語学、進化心理学、動物行動学といった諸学問の共同研究が年を追うごとに盛んになり、21世紀の現在、世界史の枠組そのものが大きく変ってきているのである。チョムスキーはその起点に言語本能の獲得があったとしているわけだが、1959年の普遍文法の提唱以来、言語の起源に関しては語るべきではないとしてきたチョムスキーとしては、これはたいへんな変化であると言わなければならない。普遍文法理論が第二の局面を迎えたようなものだ。

 むろん、突然変異によって言語本能が発生したとするチョムスキーの仮説は一般にはほとんど受け入れられていない。動物行動学者ダンバーらの学際的研究「ルーシーから言語へ」プロジェクトにしても、あるいは認知心理学者トマセロらの進化人類学的研究にしても、漸進的な言語獲得を標榜している。とはいえ、人類がおおよそ10万年前、東アフリカを起点として世界に適応拡散していったという見取り図はいまではほとんど定説となっており、チョムスキーの仮説がその説明として強い説得力を持つことは否定できない。突然変異とまでは言わなくとも、何らかの契機によって言語能力が一挙に高まったとでも考えなければ、人類のこの飛躍の説明はつかないだろう。いずれにせよ、問題は、人類がいまや誕生から現在にいたるまでの自身の経歴の概略を手にしたということであり、これによって自然科学、社会科学の様相も大きく変わってこざるをえないということである。言語起源論の是非はどうであれ、言語学の現在をその新しい知見から繰り返し説明するチョムスキーの流儀はきわめて正当であると思われる。

 今回、芸術の現在を広い視野から眺めようとして始められた研究会の記録を一冊の単行本『ポストモダンを超えて』として刊行するにあたって、結果的に浮上してきたのがポストモダンおよびアジアという主題だった。ポストモダンは、多く20世紀前半と重なるモダンに対してそれ以後を指す語としていまや定着した観があるが、モダンもポストモダンも時代意識の強さを示す語として共通性を持つ。そしてその強い時代意識を示す語の真正面に登場したのが、現生人類がたかだか20万年ほどの歴史しかもたず、その最大の特性である言語を用いて、先史考古学者タッタソールのいわゆる「惑星の支配者」に成り上がるのにさえわずか4、5万年を要したにすぎなかったという事実である。

 広義の人類はいざ知らず、現生人類の経歴がたかだか10数万年にすぎないということ、すなわち現生人類は地球上においてじつに若い種であるという事実は強烈である。先史考古学がもたらす情報は年々歳々更新されてゆくが、たとえばドナウ川、あるいは揚子江の古代文明は往年の四大文明に比肩するほどであるという。東アフリカを起点とする人類移動史の一齣として、これからさらに多くの事実が明らかにされてゆくだろうことは疑いない。ポストモダンという語はむしろこのような知的潮流を待ちかまえていたのではないかと思えてくるのは、アーサー・クラークのSF『地球幼年期の終り』のような本を思い出してしまうからだろう。それにしても、視野が拡大され、また同時にその領域も明瞭になってくると、これまで相対的に論じられること少なかったのがアジアであることが鮮烈に浮かび上がってくる。長く西洋史の付録扱いされてきたのであって、本格的に論じられたことなど一度もなかったとさえ言っていいほどだ。

 『ポストモダンを超えて』を貫流する論題のひとつは、西洋起源の科学の知に対するに、東洋起源の何らかの知がありうるか否か、という問題である。普遍性に異常なまでの関心を示したのが西洋の特殊性であったという名言があるが、この問題の出し方そのものの歴史性をも考慮しなければならないだろう。解かれなければならない問題が網目状に広がってゆく本になってしまったが、それを利点にしてくれる読者の登場を待ちたい。

ポストモダンを超えて:21世紀の芸術と社会を考える

編者 三浦雅士
著者 芳賀徹、高階秀爾、山崎正和
河本真里、岡田暁生、片山杜秀、齋藤希史、加藤徹、三浦篤
発行 平凡社
発行日 2016年3月18日(金)

目次

はじめに ポストモダンとアジア
芳賀徹、高階秀爾、山崎正和、三浦雅士
1 曙光と黄昏―モダンのリミットとしての抽象表現主義
報告者=河本真里
2 音楽論の現在―音楽学・音楽史・音楽批評
報告者=岡田暁生
3 連続と非連続―日本現代音楽史の欠落が意味するもの
報告者=片山杜秀
4 漢字圏とポストモダン―「表感文字」の時代へ
報告者=齋藤希史
5 京劇はポストモダン―二・五次元芸術という考え方
報告者=加藤徹 
6 芸術、アート、イメージ―アナログとデジタルの狭間
報告者=三浦篤 
まとめ 世界文明と日本文化―21世紀芸術の行方を探る
芳賀徹、高階秀爾、山崎正和、三浦雅士

三浦 雅士(みうら まさし)

文芸評論家
21世紀日本の芸術と社会を考える研究会代表



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