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10 台湾で見たスコットランド独立住民投票 遠藤 乾

 2014年9月18日、世界中が注目する中で、スコットランド独立を問う住民投票が行われた。その結果、84.59%もの高投票率を記録し、44.7%対55.3%で独立は否決された。

 この結果の分析は、アッシュクロフト卿によるサンプル調査などですでに部分的に行われており世代や階級が投票行動に与えた影響が示唆されているが(http://lordashcroftpolls.com/2014/09/scotland-voted/)、今後、ひろく思想や制度の背景要因にいたるまで、より詳細になされるであろう。

 ここでは少しずらした角度から、その世界的な含意を検討してみたい。特に、投票当時筆者が滞在中で、珍しくスコットランドへの注目が高まった台湾からその現象を眺め、東アジア地域にとってそれが持つ意味を考えてみることにする。

 いうまでもなく、台湾とスコットランドでは、土台となる状況が違う。台湾はすでに事実上独立しており、22の国々に中華民国として国家承認を受けており、独自の通貨や財政を持ち、自らの総統(大統領)や議会を直接に選んでいる。対してスコットランドは、1997年の分権改革で独自の議会を持つにいたり、第一大臣を戴いているものの、その権限はこれまでのところわずかなものにとどまっており、独自に税率を変更する自由は限られている。

 外的環境も大きく異なり、台湾には軍事的に強大な中国が隣接している。言うまでもなく、国共内戦の延長で考える中国共産党政権にとって、台湾の独立は党国家の正統性と核心的利益に対する重大な挑戦となる。他方のスコットランドに差し迫った軍事的脅威はない。そして、連合王国(いわゆるイギリス)がスコットランドの独立を認めたくないという意味では中台と変わりないが、それでも連合王国は独立を巡る住民投票を許容する。仮に投票の結果が独立を肯定するものとなっていたならば、平和裡にスコットランドの独立がなされていたであろうという意味では、まるで中台と異なる。

 ではなぜ、台湾でスコットランドの投票が注目されたのであろうか。それは、まさに最後の点と関わる。つまり、平和裡・民主的に分離独立を達成する過程が認められるという政治的知恵・手続・環境こそが、はっきりとした台湾独立派からすると憧憬の的であり、その反対派からすると警戒の元なのである。

 であればこそ、「一つの中国」の原則を掲げ、北京との接近に積極的(で独立住民投票に否定的)な台湾国民党政府は、スコットランドからの類推を戒めることになろう。9月16日、江宜樺行政院長(首相に相当)は、国会に当たる立法府にて、スコットランド=連合王国関係について言及し、台湾=中国関係とは「全く別」の問題であり、「台湾が中華民国という独立国の立場をいかに維持できるかを常に考えている」と言明した(共同通信、9月16日付)。ここでは、台湾の独立は事実上すでに達成されているという認識がなされ、それをあえて住民投票で明白にする必要を認めないとの立場が見てとれる。

 それ以上に敏感なのが、大陸中国であろう。9月24日、中国国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は、スコットランド独立住民投票について「台湾とスコットランドの問題は完全に異なる」と述べ、「一つの中国」の原則を堅持し台湾独立の主張に反対すると強調した(日本経済新聞、9月24日付)。付言すれば、北京は台湾独立の阻止に当たり、軍事的な選択肢を排除していない。

 対する台湾民進党は、単なる事実上の独立を自認するだけでなく、党是として「国民」投票で独立をはっきりさせるべきとしており、このスコットランドの行方に自らの将来を重ねていた。選挙結果が明らかになった後に同党が出した声明では、「歴史的なスコットランド独立住民投票は、スコットランドの人々の自決や民主主義に対する確信を再認する結果となった。こうした民主的な共同体の一員として、民進党はスコットランドで起きた過程、ならびに連合王国政府が示した尊重と抑制とを支持する」とある(http://english.dpp.org.tw/our-position-on-scottish-independence/)。スコットランドを台湾に、連合王国を中国に読み替えれば、民進党の希求する東アジアが描けよう。

 もちろん、このような東アジアが現出するには、現存する障害は余りに大きい。一つには、国内体制の問題が横たわる。連合王国は、議会制民主主義の母国であり、しかもその民主的安定は抜きん出ている。同じヨーロッパの民主国でも、同国に比べて民主主義の伝統が浅く、政治的安定度が低いスペインでは、憲法上の制約も相まって、カタルーニャの民主的な独立投票は、少なくともマドリッドの観点からすると公的には認められない。日本においても、スコットランドに類似した沖縄の住民投票が仮に追求された場合、それが実施されるかどうかは相当怪しい。ましてや、中国のような一党独裁の国が分離主義者と見なしている勢力の独立住民投票など、認められるはずのない絵空事でしかない。そのような投票がなされるのに不可欠なのは、ありそうにない想定、すなわち中国の民主化とその上での安定である。

 同様に見込みは薄いが、不可欠なことは、東アジアの国際環境が平和的となり、政治、経済、社会、アイデンティティの多面にわたり共同性が醸成されることである。スコットランドの4割以上もの成人が独立を望み得たのは、それを取り巻く国際情勢が安定し、侵略の危機がなく、連合王国から脱退してもEUという広域共同体に包摂される見込みがあってのことであった。

 こうして、スコットランドの、どこまで行っても平和的・民主的な出来事の含意は、東アジアにおける仮借なき現実を前にして、希薄になり、当面こと切れる。いま台湾の目は、おりしも進行中の香港における民主の試みに釘付けとなる。この行方は、香港・台湾・東アジアの将来にとり非常に重要な試金石となるだけでなく、西欧と東アジアの間に横たわる平和と民主の距離を改めて推しはかるものとなろう。

遠藤 乾(えんどう けん)

北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授



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