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08 『「地元」の文化力 -地域の未来のつくりかた』の刊行に寄せて 苅谷 剛彦

 2013年の夏、最後の調査地、北海道壮瞥町での話は、当時やや体調を崩していた私に強烈な印象を与えた。昭和新山の麓が雪一面で覆われる2月、そこでは雪合戦の国際大会が開かれる。その関係者への聞き取りである。

 たかが(といっては失礼だが)、雪玉を相手にぶつける、それだけのことを大まじめに議論し、精緻に競技化し、ゆくゆくは冬のオリンピック競技にまでしたいという野望をもつ。インタビューの後も侃々諤々。大の男たちが集まって、夏の暑い盛りに、雪合戦についてどうしてこれほど熱く語れるのか。雪合戦を仲立ちに、どうしてこれほど厚い人間関係が築けるのか。私の想像を超えた「妄想力」(本書5章熊倉純子さんの表現)の塊のような集団に出会った。このインパクトが、私に元気を与えたばかりか、その後研究をまとめるにあたってのリサーチクェスチョンを明確にしてくれた。

 地域の文化活動と人の移動との間には、どのような関係があるのか。UターンやIターンをした人びとと地域とのつながりの中で文化活動の果たす役割は何か。このような問題意識をもとに、私たち「Uターン研究会」の面々は、サントリー地域文化賞を受賞した5つの地域を主な対象に、フィールド調査を行った。具体的な調査対象地と文化活動は、岩手県遠野市(遠野物語ファンタジー[市民参加型演劇])、長野県飯田市(いいだ人形劇フェスタ[交流型イベント機会提供])、北海道壮瞥町(昭和新山国際雪合戦[国際競技])、沖縄県沖縄市(琉球國祭り太鼓[創作舞踏集団])、茨城県取手市(取手アートプロジェクト)の5つである。さらには、それらの地域の特徴を全国の平均的な姿と比較するための質問紙調査を実施した。本書は4年近くにおよぶその研究成果をまとめたものである。

 地域研究というと、経済や雇用の停滞による人口の流出や、それらがもたらす高齢化・人口減少といった「暗い」未来を予示するテーマが多い。最近話題となった「増田レポート」では、このまま大都市への流出と少子化が進めば、2040年までに日本の市町村のおよそ半分が「消滅」するかもしれないといった警鐘さえ出されている(日本創成会議(座長・増田寛也元総務相))。

 他方、今年の夏には、地方議員の政務調査費のずさんな使い方やそれへの弁明の幼稚さ(「号泣会見」)が表面化したりもした。地方が抱える問題の深刻さに比べ、それを解決すべき地方政治や行政の弱さが露呈したかたちである。こうした動きに照らせば、地域の未来は悲観論がベースになってしまう。その趨勢は簡単には否定できないのだが、別の見方はできないものか。違う視線で地方の未来を見通せないものか。

 経済や政治に目を向けるこれまでの地域研究とは異なり、本書は地域の文化(活動)に目を向ける。冒頭の例に見たように、新しいタイプの「祭り」とそこに関わる人びとの生きる姿を描き出そうとする研究だといってよい。文化活動が雇用を生み出すとか、人の流入や定着を促すといった議論をするわけではない。それでも、経済や政治を中心とした議論や、人口動態といったマクロな趨勢の分析からは抜け落ちがちな、地元で生きることに熱気や感動を与えている「ポジティブな何か」を探り出そうとした。だからといって、そこからすぐに、楽しく明るい地方の未来像が描けるというわけではない。それでも、文化的な活動に関わる人びとの姿を通して、私たちは、地元に生きることが輝きや熱を帯びる、その力の源泉に迫ろうとした。人をつなぎ、夢中にさせる文化の力に、地域の未来を考える手かがりがあると考えたからである。

 もちろん、文化活動の中身(コンテンツ)自体に人を引きつける魅力があることは言うまでもない。だが、本書で扱ったのは、いずれも「全国区」となった有名なイベントではない。古くから伝わる伝統的な神事や芸能でもない。人口規模の小さな市町村が続けている創作型のイベントが、にもかかわらず、なのか、それゆえに、なのか、30年近くにわたり人びとを魅了する地元の文化として根付いている。メガスケールになりきらない、だからこそ小さいながらも光を灯し続けているこれらの文化活動には、地域の未来を考えるうえで参照すべき数々の形あるエピソードが刻まれている。本書は、そのいくつものエピソードをひもとくことで、こうした文化活動が「地域社会」を基盤に行われていること、伝統的な祭りとは異なり新しい創作を加味したイベントであること、さらには、地域社会だけにとどまらない国際性を備えた特徴を併せ持つこと、などによって加味されるプラスアルファの力学??スモールスケールだが有力な「地元」の文化力に迫ろうとする試みである。

 執筆陣を見ればわかるように、本書は多様な専門分野の第一線の研究者による共作=競作という形をとっている。しかもフィールド調査には(院生の狭間君を除き)全員が毎回参加した。通常の研究会とは異なり、調査の度に合宿で議論をするようなものである。それだけに密度の濃い、それゆえに学際性の増した議論ができたと思っている。

 暗い将来予測だけでは見えてこない、地域の未来のつくりかた。そこへ至る多様な手がかりを読み取ってもらいたい。

「地元」の文化力 ―地域の未来のつくりかた

著者・編者 苅谷 剛彦
発行 河出書房新社
体裁 B6判並製/232頁
発売期日 2014年9月10日(水)
定価 1,700円(税別)

目次

まえがき 苅谷 剛彦(オックスフォード大学教授)

第1章 それぞれの地元の唯一の解
吉川 徹(大阪大学教授)
第2章 ほどほどの隣人、ほどほどの他人 ―「Sターン」の時代に
玄田 有史(東京大学教授)
第3章 地域文化2.0 ―海外からのまなざし、海外とのつながり
渡辺 靖(慶應義塾大学教授)
第4章 風の女神たち ―度胸と愛嬌の女性リーダーたち
小島 多恵子(サントリー文化財団上席研究員)
第5章 アートなプロジェクトたちの妄想力
熊倉 純子(東京藝術大学教授)
第6章 アンチ東京化 -市場経済のなかの地域文化
神門 善久(明治学院大学教授)
第7章 全国調査データでみる地域文化活動の「平均像」
狭間 諒多朗(大阪大学大学院)・吉川 徹
第8章 参加のパラドクスと地域社会のゆくえ
苅谷 剛彦

苅谷 剛彦(かりや たけひこ)

オックスフォード大学社会学科および現代日本研究所教授
Uターンと地域文化研究会代表



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