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ニュースリリース
  • (2017/11/9)

第39回 サントリー学芸賞 選評

<政治・経済部門>

伊藤 公一朗(シカゴ大学公共政策大学院ハリススクール助教授)
『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社)

 本書は、シカゴ大学助教授で環境・エネルギー政策の政策評価で国際的な業績をあげている伊藤公一朗氏による統計的因果分析に関する第一級の啓蒙書であると同時に、彼自身の最新の研究成果を紹介しているという意味で研究書としての側面も併せ持っている。巧みな文章と説明によって、非常にわかりやすく説明されているので、どのようなバックグラウンドの人でも理解できる。
 ビッグデータが容易に手に入る時代になって、様々な相関関係を計測することができるようになってきた。私たちがネットで買い物をすると、その商品を買った他の人たちが買っている別の商品がお勧め情報として提示される。これは、相関関係をもとにしたデータ利用である。しかし、この情報だけでは、どのような販売戦略が消費を増やすのかとか、新しい政府の政策が雇用を増やすのか、といった因果関係を知ることはできない。二つの指標の間に相関関係があったとしても、別の変数が二つの変数に同時に影響を与えていることを示しているだけかもしれない。あるいは、想定していたものと逆の因果関係から相関が高く見えているだけかもしれない。本書では、因果関係を見極めるためには、どのようなデータを作るべきか、既存データでは何が分析できるのかが、自身が行った研究例を通じて説明されている。
 実際、因果関係を明らかにするための手法は、既に様々な分野で活用されていることも本書で紹介されている。例えば、オバマ前大統領は2012年の選挙戦で、因果関係を見極めることができる統計手法を使って、支援金を集めるためのウェブサイトのトップページのデザインを工夫した。その結果、当初案の画面に比べて約72億円の追加的支援金を集めることができたという。グーグルは、ウェブサイトの文字の色と閲覧者数の因果関係を分析して利益を増やしている。このように、データから因果関係を明らかにすることで、ビジネスや政府の政策を改善することができるのである。そのためには、良いデータ、優れた分析、課題との対応の三つの条件が必要である。
 因果関係を正しく見極めるためには、企業・政府とデータ分析を行う研究者との連携が必要だ。本書には、米国・日本で連携が成功した具体例の紹介があり、読者に参考になる。中でも、著者自身が関わった電力料金に関するランダム化比較試験の結果や日本の自動車の省エネ規制の影響に関する分析は興味深い。また、日本の高齢者医療保険制度のデータを使って医療費の自己負担額が医療需要にどのような影響を与えるかということを明らかにした重岡仁氏の研究の紹介もある。いずれも経済学のトップクラスの国際学術誌に掲載された研究である。日本経済への国際的な関心が低下している中で、政策的研究で日本人の若手研究者が国際的な業績を上げていることは素晴らしい。
 そうした第一線の若手研究者が、研究成果を日本語で一般向けにレベルの高い啓蒙的な本を出版したことは、日本人若手経済学者に大きな刺激を与えている。優秀な研究者が実証的研究をし、その成果を専門研究雑誌だけではなく、社会にも還元するという経済学研究者のロールモデルとして、伊藤公一朗氏には今後も活躍されることを期待したい。

大竹 文雄(大阪大学教授)評

 

宮下 雄一郎(松山大学法学部准教授)
『フランス再興と国際秩序の構想 ―― 第二次世界大戦期の政治と外交』(勁草書房)

 「国家の栄光」を語り続けたシャルル・ド・ゴール。通念では、亡命先のイギリスで自由フランスを率いてレジスタンスとともに敢然とドイツと戦い、大国としてのフランスの地位を守った偉大な指導者として、戦中戦後のフランス外交を率いたとされる。ここに、宮下雄一郎氏は正面から挑む。第二次世界大戦勃発とともにあっけなくドイツに敗れ、ペタンのもとドイツと友好関係を保つ権威主義国家となったヴィシー政府も、もう一つのフランスであった。敗戦国フランスはいかにして戦勝国となり、大国フランスとして返り咲いたのか。宮下氏は、フランスの外交文書を徹底的に渉猟して、この過程をじっくりと浮かび上がらせる。
 自由フランスはイギリスのチャーチル首相の支持を得るが、アメリカのローズヴェルト大統領は、終始これに疑惑の目を向け、ヴィシー政府を正統なフランス国家とみていた。何と言っても、統治機構と領土を堅固に備えたヴィシー政府と比べて、当初はまともな行政機構さえないビルの一室を借りるだけの存在であったのだから。正統な国家としての「フランス」を、自由フランスとヴィシー政府は奪い合う。
 ド・ゴールの最初の勝利は、旧植民地なかんずく北アフリカの掌握に成功したことであった。そして次の課題は戦後構想。まず打ち出したのは、経済統合を軸とした「西ヨーロッパ統合」である。米英ソの間でエネルギーを押さえ込まれていた「マグマのようなヨーロッパ」をフランスの国益に沿うよう統合することが目指された。だが、これにはソ連やポーランド亡命政府が警戒し、統合の軸となるベルギー亡命政府との交渉が長引いて、結局は実現に至らなかった。西ヨーロッパを基盤とした大国フランスの再興はならず、それは普遍的国際機構すなわち国際連合の設立過程に持ち越された。
 そしてときに1944年8月。ド・ゴールはパリに入城し、ヴィシー政府を非合法化し、共和国政府を再建する。イギリスの尽力で、米英ソに並ぶ大国として安全保障理事会の常任理事国の候補となったフランスは、西ヨーロッパ統合構想を通じて連携を試みた小国の期待を振り切り、大国間協調の枠組みのもと、国連設立時の主要国となるのである。
 かくして、国家としての自立を希求しつつも、イギリスなどの連合国に依存せざるを得なかった自由フランスは、状況対応の外交を重ね、西ヨーロッパ統合という地域主義を断念した果てに大国の一角を占める。この「後味の悪い歴史」の中で、宮下氏が強調するのは、ド・ゴールを含めたリーダーたちの成功と挫折であり、モネら外交官たちの構想と交渉であり、制度なき運動体としての自由フランスが名実ともにフランス国家となり、戦勝国となるアクロバティックな過程である。ド・ゴールは、局面打開に苦闘しつつも多数の有能な外交官の補佐を得て、徐々に自らのもとで国家の形態を整え、世界を見渡す指導者となるのである。この重厚な内容を受け止める宮下氏の筆致は、起伏に富み、かつ説得的である。結末に向かう最終第7章がやや平板に流れているため、全体の印象を薄めているのは惜しいが、今後に期待してみたくなるところでもある。海外での粘り強い史料収集によって肉薄した国際政治の現場を味読したい。

牧原 出(東京大学教授)評

<芸術・文学部門>

加藤 耕一(東京大学大学院工学系研究科准教授)
『時がつくる建築 ―― リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会)

 古くなった建物がある。かなり年月が経って劣化が進み、このままでは使えそうにない。どうするか。壊して更地にし、新しい建物を作ればよい、そう考えるのが普通だろう。ただし、その建物が歴史的、文化的に重要な意義を持つならば、修復し保存することになるかもしれない。しかし、さらに別のやり方もある。元の建物を残しながら手を入れて再利用するという第3の道で、最近よく耳にするようになった「リノベーション」にほかならない。
 西洋建築史を既存建物の「再利用」という視点から再検討した本書の貢献は、このリノベーションが実は古代以来もっとも歴史の長い第1の道であることを明示し、それこそが成長時代から縮小時代に移行しつつある現在の建築的課題に最も適した解決策であると主張した点にある。古代の円形闘技場が軍事要塞や住宅と化したり、ギリシア神殿がキリスト教聖堂に変わったり、修道院が監獄になったり、鉄道の駅が美術館として蘇生したりと、部材転用(スポリア)も含めた建築物の長大な再利用史がある。その上に16世紀から始まったスクラップ&ビルドの「再開発」、19世紀に誕生した文化財としての「修復保存」の歴史が重なるという見取り図はすこぶる興味深く、従来の建築史観の転倒を迫ってくる。ゴシック建築を専門としている著者だからこそ、「野蛮な」ゴシックを清算するためにルネサンスの新築主義が興り、近代のゴシック再評価とともに文化財の修復保存運動が始まったという流れを明快に見通せたに違いない。
 ともあれ、時間という要素を捨象し、竣工時の建築様式をカタログ化した「点の建築史」から、時間の中で生きられたものとして建築の転生を捉える「線の建築史」への転換を提唱する著者の建築時間論は魅力的だ。建物に関して、時間をリセットしたり(再開発)、時間を巻き戻したり、凍結したりする(修復・保存)のではなく、ポジティヴに時間を前へ進めること(再利用)。ゼロからの新築が前提となる20世紀のモダニズム建築を自明視する束縛から脱却し、既存建物の創造的なリノベーションを推し進めようとする姿勢の前には、かつて一世を風靡したポスト・モダニズムもコップの中の嵐に見えてしまう。
 西洋建築の調査研究と問題提起が融合した本書において、当然日本への言及はほとんどないが、日本人の新築信仰への疑念は表明されている。現代日本の建築物、日本人の建築観が今後どのように変化していくのか明確には予測できないが、身の丈にあった真に豊かな社会を作るためには建築の将来を考えることが必要であることは論を俟たない。そのとき、近代に生まれた経済性優先の「再開発」と倫理性重視の「文化財保存」とは別に、過去を生かしつつ未来に歩みを進める「再利用」の思想と実践を取り入れることこそが、我々が生きる時代の核心に触れる行為であることを本書は教えてくれる。
 広い歴史的な視野から建築の現在について考察すること。文化論、文明論への展開も予見させる、新世代建築史家の今後の活躍を期待するばかりである。

三浦 篤(東京大学教授)評

 

金子 遊(批評家、映像作家)
『映像の境域 ―― アートフィルム/ワールドシネマ』(森話社)

 金子遊氏は、その名前「遊」が象徴しているように、様々な領域を遊ぶように自由に越境してきた。まず金子氏は『ベオグラード1999』、『ムネオイズム ~愛と狂騒の13日間~』、『インペリアル 戦争のつくり方』といったユニークな映画の数々を手がけた監督である。また同氏は『辺境のフォークロア』を書いた民族誌研究者でもある。さらに文芸批評家としては『異郷の文学』という一冊の評論集を既に上梓している。
 そして今回サントリー学芸賞の対象となった『映像の境域 ―― アートフィルム/ワールドシネマ』は、欧米アヴァンギャルドの実験映画から、世界の「周縁」各地で現在作られている「ワールドシネマ」に至るまで、幅広く視野にいれて論じた映画批評集だ。金子氏は映画関係の文章を書き始めてもう20年が経つというが、映画論の単行本としてはじつはこれが最初のものである。その20年の間に日本におけるアカデミックな映画研究は飛躍的な進歩を遂げていて、ゴダール映画の映像と音を0.1秒単位で精緻に分析したものから、溝口健二の映画における音響の効用に絞って分析した分厚い研究書まで様々な注目すべき成果がある。そういったものと比べた場合、金子氏の本は、厳密に一つの主題で統一された「モノグラフ」的な研究書ではなく、様々な題材について書き継いできたものをゆるやかにつなぎ合わせた批評集という性格が際立って見える。しかし、このように「ゆるやか」に境界を越えながら批評の営みを実践して今に至っていることこそが、批評家としての強靭さを示すものだろう。
 「映像詩の宇宙」と題された本書第一部では、フランス前衛の「ディスクレパン映画」から、クリス・マルケルの「エッセイ映画」、そしてメカス、メンケン、ジャック・スミスなどのアメリカ・アンダーグラウンド映画に至る流れを辿りながら、松本俊夫やドゥルーズの理論も援用して「映像詩」の世界を探求している。簡潔ながらも、日本ではきちんと論じられることの少ない分野の「詩学的」考察として貴重なものだろう。本書はその後、ラテンアメリカ、イラク、パレスチナ、グルジア、ロシア、そして最後には沖縄まで視野を広げて――映画を観て分析するだけでなく、時に現地まで足を運んで――映画の詩的想像力と民族誌的観察力が切り結ぶ様を(これが金子氏の言う映画の「境域」だ)実況中継してくれる。そして本書の最後に置かれたのが、「映画評論家」ではなく「失業革命家」と自称した松田政男についての論考であるのも興味深い。金子氏は、ここで映画批評と社会の関係という「古い」問題に意図的に立ち返ろうとしている。
 確かに全般に少々古風なパラダイムにのっとった論に聞こえる箇所も散見されるのだが、互いに結びつきにくそうなものも軽やかに結びつけ、金子遊という一人の旗印の下にまとめるその生き方そのものが、クリエーターでもあり批評家でもある氏の真面目と言うべきであって、その闊達さは古いも新しいも既に超越しているようにも見える。今後、金子氏によってさらに切り拓かれる「境域」から、どんな新しい風景が見えてくるのか、楽しみだ。

沼野 充義(東京大学教授)評

<社会・風俗部門>

遠藤 正敬(早稲田大学台湾研究所非常勤次席研究員)
『戸籍と無戸籍 ―― 「日本人」の輪郭』(人文書院)

 現在、日本国籍を持たない無戸籍の「日本人」が一万人にも及ぶという。しかし、この表現は正確ではない。制度では、戸籍を持たない人々は、日本人として認められないからだ。
 日本国民の登録を目的とした戸籍制度は、国家が国民を管理統合するために維持されてきた制度である。そのため、登録から直接・間接に除外された人々は、正しい日本人とは見なされない存在として長く差別や偏見の対象となり続けてきた。
 あわせて戸籍が「家」もしくは「家族」への所属を基本とし続けてきたことで、戸籍制度の存在は家に属していなければまっとうな日本人ではないという道徳律の定着を促す土壌でもあった。さらに言えば、国家とは究極的な一家であり、その家族の頂点に天皇が位置するという物語に順応するよう、戸籍制度は巧みに国民を誘導してきたのである。
 日本社会を語るとき、家族という概念に基づいて考察した思想研究はこれまで数多ある。しかし、家思想を制度的に強化してきた社会背景を語る方策として、家より排除された無戸籍に着目することを想起した筆者の着眼は、実にオリジナルかつシャープである。
 その上で日本社会の形成に強い影響を及ぼしてきた戸籍がなければ私たちの生活は立ち行かなくなるのかという問いに対する回答も明快に「ノー」だ。個人化・流動化が進むなかで、固定した家族や国民よりも、移動し得る個人である住民の権利確保こそが、行政では実質上重要視されている。公共サービスを受けるとしても、戸籍証明は今や形骸化した手続きの一部にすぎず、多くの場合、住民票で本来事足りる実情を、私は本書で初めて知った。
 制度運用の歴史でも、戦争によって戸籍を失った移民や残留者には思いのほか厳しく、一方で国内の棄児にはなぜか寛容であるなど、明確な基準は必ずしも存在してこなかったという。戸籍にまつわる国家の判断が状況に応じて機会主義・御都合主義的になされてきた事実を喝破できたのも、一般にはわかり得ないよう難解に表現された先例などの行政文書を、政治史学者として地道に読み込んできた筆者の技量によるところは大きい。
 社会・風俗にまつわる優れた学芸からは、その時代やその場所に生きた大衆の多様な喜怒哀楽や、そこから浮かび上がるやり切れない嗚咽やため息が、複層的に聴こえてくる感覚を覚えることがある。筆者は、現代社会を覆う無戸籍者に対するいびつな言説という実際の声に対する違和感が、執筆に挑む原動力につながったという。
 ただ本書は、無戸籍者の声を一つひとつ拾い集め、代弁するといった直接的なアプローチを意図的に選択しなかった。むしろ、戸籍制度を「安定的に維持することが国益になると信じる支配層が憑依したつもりで書くこと」を筆者は密かに心がけたという。そのアイロニカルな試みは、戸籍という奇異な社会装置を、躊躇なく受け入れ続け、周囲にある悲しみの存在の認識を怠ってきた我々読者に、静かな反省と憤りの感情を芽生えさせることに成功している。
 上位からの視線を敢えて演じつつ、制度に翻弄されてきた名もなき無戸籍当事者の姿を的確に描き出した遠藤氏の力量は、まぎれもなく社会・風俗部門の受賞に値するものである。

玄田 有史(東京大学教授)評

 

福間 良明(立命館大学産業社会学部教授)
『「働く青年」と教養の戦後史 ―― 「人生雑誌」と読者のゆくえ』(筑摩書房)

 着眼がいい。昭和三十年代に確かに層として存在しながら、語られることが少なかった勤労青年と、彼らが愛読していた人生雑誌を取り上げる。社会の隅に生きていた者、現在では忘れられている雑誌を研究の対象にする。社会・風俗部門にふさわしい。
 高校や大学に進学したかったのに家の経済事情で行けなかった。十代なかばの若さで、家を離れ、実社会に出なければならなかった。彼らの無念、悲しみに寄り添ったのが、『葦』『人生手帖』に代表される人生雑誌だった。恥ずかしいことに、同時代を生きていたにもかかわらず、私はこれらの雑誌のことを知らなかった。それだけに本書は新鮮であり、「もうひとつの青春」の存在を教えてくれる。
 著者は、現在はなくなった人生雑誌を丹念に読み込むだけではなく、当時の編集者や読者に会い、話を聞いている。現場の熱気がある。書斎のなかだけの仕事に終わっていない。この点でも、社会・風俗部門にふさわしい。
 「若者」というより「青年」と呼んだほうがいいだろう。上の学校には進めない。といって「マンボにうつつをぬかす連中」とも違う。向上心があり、知識や教養への憧れが強い。著者は、人生雑誌を読み直すことで、彼ら下積みの青年たちの思いを知ろうとする。
 「なんでおれは上の学校へ行けないんだ」という悔しさ、学歴への憧れと、それとは裏腹のコンプレックス、知的エリートへの反発。彼らの屈折した心情が切実に浮かび上がってくる。勤労青年を語ると、ともすれば「働く者は清く正しい」ときれいごとになりがちだが、著者は彼らの疎外感、孤独、劣等感にもきちんと目をやる。戦没学徒遺稿集『きけわだつみのこえ』のエリートたちへの反発にははっとする。これは後年の全共闘運動への彼らの違和感にもつながってゆく。
 人生雑誌の編集者からは、のちに文筆家になる者も出た。『あゝ野麦峠』を書いた山本茂實。東京空襲を記録する活動で知られる作家の早乙女勝元。大和書房を創業、自らも古代史研究の著書を書く大和岩雄。著者は、彼らのことも視野に入れている。幅広く「昭和三十年代の貧しさ」が語られてゆく。
 以前から、疑問に思っていたことがある。集団就職。東北などから東京に働きに出てくる。多くは中卒者で、東京の下町の町工場や商店に就職してゆく。貴重な労働力がなぜ、大企業ではなく町の零細企業なのか。著者はその背景を簡潔に教えてくれる。
 中卒者でも、都市出身者と農村出身者のあいだには格差があった。比較的恵まれた労働環境にある大手企業は、近場の都市出身者を採用した。労務管理のコストを抑えられたから。地方の中卒者は、零細な工場や商店に行かざるを得なかった。これが集団就職を生んだ。中卒者のあいだにも格差があった。集団就職とは、そういうことだったのか。教えられた。
 東京オリンピックの頃から、日本の社会が相対的に豊かになり、高校の進学率が高まってゆくと、「上の学校に行けない」青少年は減ってゆく。それと共に、人生雑誌も減ってしまう。「どう生きるか」から「どうやったら金が儲かるか」に内容が変わってゆくという指摘も面白い。
 いま、言うまでもなく、決して貧困や格差がなくなったわけではない。かつて人生雑誌に救いを求めていた層は、いま何を拠りどころにしているのだろう。

川本 三郎(評論家)評

<思想・歴史部門>

左地 亮子(国立民族学博物館グローバル現象研究部機関研究員)
『現代フランスを生きるジプシー ―― 旅に住まうマヌーシュと共同性の人類学』(世界思想社)

 『現代フランスを生きるジプシー ―― 旅に住まうマヌーシュと共同性の人類学』は女性人類学者である著者が南仏ポーで観察参加を試みたマヌーシュと呼ばれる共同体の研究です。タイトルに敢えて「ジプシー」と言う言葉が使われているのは、ロマ(88%)、ジタン/カーレ(10%)、マヌーシュ/シンティ(2~3%)などの下位集団からなる都市移動民に対する総称がこれ以外には存在しないからです。
 それはさておき、本書は著者が考えている以上に重要な発見を含んだ本であるような気がします。理由は、これまでの権力論において、家族が集まって共同体を成すとき、その共同体を統御すべき「権力」が必然的に生まれるとされてきたことに対するラディカルな問いかけが用意されているからです。
 問題として設定されているのは定住化の傾向を示しながらもキャラヴァン(キャンピンング・トレーラー)住まいを止めないマヌーシュを観察し、「キャラヴァンに住まうこと」と「マヌーシュであること」の関係性を明らかにすることです。
 著者が強調しているのは、公営の集合宿営地などのマヌーシュの拡大家族集団には共同体を示す言葉がないこと、および、その共同体には権威者やリーダーがいないという事実です。
 「拡大家族や共同体のまとまりがみられても、その内部にはそれぞれに自律的な決定権をもった家長である、結婚し子をもつ成人男子が存在するのみで、個別家族の単位を超えて拡大家族や居住地住民の全成員を統率する特定の人物は不在なのである。またポーのマヌーシュ共同体では、政治的なリーダーの不在に加え、父親の権威も限定的である」
 これは、地球上に存在する多くの共同体とは決定的に異なっている重要な特徴です。著者は指摘していませんが、マヌーシュ共同体は、父権が強化されて共同体の構造化が行われる以前の起源的核家族の特徴を有しているのではないでしょうか?
 では、リーダー不在のマヌーシュの拡大家族集団はどのようにして集団の規律を保ち、自治を行っているのでしょうか?それこそが「旅」であり、その「旅」を潜在的に可能にするキャラヴァンなのです。
 「共同体内部の争いを調停する政治的組織をもたないマヌーシュ社会において、移動は家族間対立の解消手段としてもっとも一般的な方法とされていた。(中略)ある二つの家族集団間に不和が生じると、どちらか一方の家族集団が移動を再開し、物理的な分離をはかる」
 しかも、私有地(家族用地)に固定家屋を建てた後もマヌーシュはそれをアメニティ空間として使用するだけで、キャラヴァンを放棄しません。なぜでしょうか?キャラヴァンがあり、それを駐車しておく家族用地の所有が、ノマディズムを保障する一種の「保険」となっているからなのです。
 マヌーシュ社会には定住民の「個」と「共同体」の抜き差しならぬ関係を止揚するための先祖の知恵が隠されているのかもしれないと感じさせる、人類学研究の大きな収穫の一つです。

鹿島 茂(明治大学教授)評

 

前田 亮介(北海道大学大学院法学研究科准教授)
『全国政治の始動 ―― 帝国議会開設後の明治国家』(東京大学出版会)

 近代日本において、いつ「全国政治」が成立したのか。考えてみると、けっして容易に答えられる問いではない。言うまでもなく、江戸時代の日本には、幕府という中央権力がある一方、全国は三百諸藩に分かれていた。それぞれの地域にはそれぞれの政治があり、明治になったからといって、直ちに全国各地の諸利害を集約する「全国政治」が成立したわけではない。
 「全国政治は一日して成らず」。それなのに私たちは、何となく明治維新や、その後の藩閥政治や自由民権運動の展開を見て、いつの間にか「全国政治」が生まれたのだと思い込んでしまう。その場合も、横暴な藩閥権力に対し、議会開設と立憲政治を掲げて抵抗する民党の対決という、いささか「わかりやすい」図式に安住しがちである。
 このような図式に挑戦する歴史研究が近年、次々に登場しているが、本書もまたその先端を行く著作である。何より、「全国政治の始動」というテーマを正面から掲げている点にこそ、本書のねらいと主眼がある。具体的には、帝国議会が開設された1890(明治23年)年から10年ほどの期間に著者は注目する。
 これは興味深い問題の立て方だろう。1870年代から80年代にかけての自由民権運動の高まりの時期でもなければ、日露戦争を経験して国民統合が進んだ20世紀の初頭の時期でもない。ある意味で、その中間にある、私たちにとってイメージを持ちにくい10年間にこそ鍵があるというわけだ。
 取り上げるテーマも、ある意味で地味である。戦争や外交、憲法や選挙制度といった目立つ争点ではなく、本書が詳細に検討するのは、北海道政策、地価修正政策、治水政策、そして銀行政策といった、主として地方政策である。本書の多くが、歴史学の専門的・個別的な研究論文として執筆されたということもあり、読者はあるいは個別的記述の海の中で、議論の流れを見失ってしまうことがあるかもしれない。
 しかしながら、本書の醍醐味はまさにこのような主題の選択にある。帝国議会開設からの10年間、「民力休養」を掲げて政府の政策に抵抗する民党に対し、藩閥政治は明らかに限界を迎えていく。結果として、元老である伊藤博文は自由党に接近し、山県有朋の閥も専門官僚集団へと再編され、独自に政党との回路を求めていく。ある意味で、限界を迎えた藩閥が、自らを補完する勢力として政党に目を向けていくプロセスこそが、本書の分析対象となる。
 藩閥政治が再編されるなかで、政党もまた変容していく。その具体的展開は、開拓地である北海道、地域間統合の新たな駆動力となった治水、さらに地域産業の振興を支えた日本銀行と政党の関わりにおいてこそ、鮮やかに浮かび上がる。非藩閥出身者が多く、初期の明治国家の地方政策を支えた地方官の果たした役割を含め、本書の分析は、「そこに鍵があったか」という発見に満ちている。
 現在日本においても、あらためて全国政治と地方政治の関わりに注目が集まっている。地方政治が先行し、それに遅れて全国政治が生まれ、両者のリンケージが繊細に整備されていったという本書のメッセージは、現代的な示唆を与えてくれるはずだ。

宇野 重規(東京大学教授)評

以上

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