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8月号 ストーリーテラーが語る名物料理論

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「エスニックがいつしかアジアンに変わった」

エスニックブームは本当にあったのか?
 「エスニックブームなんていうのは、マスコミが作り上げたもので、真のブームとは言えないんだよ」。10年ほど前、某プロデューサーが私にこう言った。彼の説では、食のブームとは老若男女全てが食べてこそ起こるもの。一部の人が騒いでいるだけでは、ブームとは言えないというものだった。確かにこの時代はバブル期の後、何かを求めて模索していた頃だった。バブル期に「イタめし」なる言葉が生まれ、イタリア料理がフランス料理を押し退けて、西洋料理のスターの座を射止めた。当時は懐石料理も盛んで、若い人までがこの手の店に行くようになっていたのだ。
 マスコミとは因果な商売で、常に次のブームを求める傾向にある。日本料理や中国料理にスポットを当てても仕方がないので、「イタめし」の後はアジアが来るだろうと勝手に予測したのである。しかし、スポットを当ててみると、それがインドなのか、タイなのか、インドネシア、はたまたベトナムなのかわからない。「エイッ!ひとくくりにしてしまえ」と思い、エスニックという言葉を使ったのであろう。
 当時は失われた10年のまっ最中。“安近短”の言葉もでき、時間と金をなくした若き女性たちはアジアへと旅立った。そんな彼女らが旅先で全く別の味を覚えて帰ってくる。彼女らに向けて新しい味を発信しようと考えたのがエスニックレストランだ。こんな風潮を冷静に眺めていたからこそ、某プロデューサーは冒頭の言葉を発したのである。そして彼は続ける。「エスニックの店に行ってごらんなさい、若い女の子ばっかりが席を占領しているよ。これは女性誌が、次はエスニックブームとあおるから。本当にブームになっているなら、男も喰っているだろうし、年配の客だっているよ」。
 考えてみればエスニックブームとは変なブームではあった。エスニックを辞書で引くと、「民族的な」と表示されている。民族的なものなら、和食だってエスニックに入るのではないだろうか。
 あれから10年余り、エスニックなるフレーズは巷から消えつつある。じゃあ、これらの料理を何と呼ぶのか。それは「アジアン」である。「冬のソナタ」以来、韓国がやたらとクローズアップされるようになった。俗に言う韓流ブームはTVや映画にとどまらず、食の分野にまで進出している。しかし、ひと頃の「イタめし」までは行かず、地道に根を張ろうと努力している。だから、この韓国料理まで含めて「アジアン」と呼んでいるのだ。つまり「アジアン」の定義は、日本と中国を除く、アジア諸国(と言っても相変わらずのタイ、インド、インドネシア、ベトナムに、韓国が加わっただけだが・・・)となるのである。
辛い料理は文化の高さの表明?!
 今、話題となっている「アジアン」は、酸味と辛味が特徴的。どうしても熱い国なのでピリッとした辛さや酸っぱさが求められるのであろう。日本料理はどちらかというと、曖昧模糊の世界。はっきりとした味を良しとせず、素材感だの、うす味だのといったはっきりしにくい味をわかってほしいと主張する料理である。それに比べ、「アジアン」は“辛い”“酸っぱい”と言いながら喰わせる、わかりやすい料理ではある。タイ料理の代名詞である「トムヤンクン」を初めて味わったのは何年前だったろうか。「フカヒレ」「ポタージュ」と呼ぶ三大スープと言われたところで、その頃はただただ酸っぱさが気になったとしか印象がなかった。我が同僚はその名前が気に入ったのか、「オレをトムヤン君と呼んでくれ」と盛んに連呼していた。そう言えば顔が濃く、どことなくアジアンチックな彼は、確かに「トムヤン君」ではあったが・・・。
 21世紀に入った今、私は辛さは文化度の高さだととらえている。なぜなら都会ではこれだけ辛さが持て囃されるのに、田舎に行くほど、それが受け入れられないからだ。田舎で「アジアン」を出したとしよう。ただ辛いとの悪評が生まれ、都会のような評価が得られないはずだ。これは田舎でアジアンレストランが出店しづらい理由でもある。
 だが、辛いという点だけを取ってはいけない。地方はどちらかというと保守的。今まで味わったことのない珍しい味は敬遠する嫌いがある。そんなことも加味され、地方ではアジアンレストランを見かけない。
 かく言う私めも文化度が低いのか、どちらかといえば辛い料理が苦手ではある。カレーも辛さが何倍とかいう店は下品だとさえ思っている。ただひとつ違っているのは、学生時代を神戸で過ごしたということ。神戸は港町であるため、外国人が多く住んでいる。インド人が多く、彼らを目当てにしてか、本格的なインド料理店が古くから存在する。神戸に住んでいれば、インド料理は特別なものではなく、とちらかというと日常的。だから他地で味わうより、安く食すことができる。学生時代、コンパに明け暮れていた私は、よくインド料理店をコンパ会場に使った。「インド料理でコンパを?」と思うかもしれないが、それほど神戸ではインド料理は身近で、しかも比較的値も安いという嬉しいアイテムだったのだ。
 だから、カレー店の辛い味は理解し難いが、インド料理店の辛い味は心地がいい。サラサラとしたインドらしいカレーにナンを漬けて食すのは、学生時代のいい思い出をも加味し、何となく旨いのである。
 こんな話を知ってか、知らずか、某出版社がカレーの本の編集を頼んできた。一冊に100軒ほど、旨いカレーの店を載せるのだと言う。風評をあてに、リストアップすればいいものを、そこはプロ根性が頭をもたげ、一軒一軒試食に歩いた。気がつけば、一日5食カレーを食し、1週間ほどそれが続いていたのだ。恐ろしきは我が身体である。カレーに含まれるスパイスが刺激したためか、腹具合が悪い(それだけ同じ料理を連続して喰うと調子も悪くなるのは当たり前)。取材を終え、編集を行い、本を印刷する頃にはさすがにそれも止んだ。ある日、ホッと一息いれるために喫茶店に入り、コーヒーを注文した。向かいの席ではサラリーマン風のオヤジがカレーをかき込んでいる。その光景を見るや、思わずお腹がゴロゴロ!うわっ、あの悪夢が蘇ってきたのである。だから言ったじゃないか!インド料理の辛さは許せても、カレーの辛さは許せないんだと・・・。それにしてもカレーを見てゴロゴロと鳴るのは、私はパブロフの犬になってしまったと言うことか・・・?!
(ストーリーテラー・曽我和弘)

プロフィール

曽我 和弘(そが かずひろ):出版プロデューサー・フードプランナー

グルメ雑誌「あまから手帖」など出版畑を歩いた後、'99年に(有)クリエイターズ・ファクトリーを設立。編集製作のほかに飲食店プロデュースやフードプランニングの分野にも進出し、数多くの繁盛店を世に出す。その他、文化人としても活動。辻学園フードコーディネーター養成講座、大阪料飲協会の講師を務めるなど、幅広く活躍。

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