森語り、水語り 08。『緑の砂漠』を『緑のダム』へ 〜強度間伐施業による水資源の確保を。 恩田 裕一(おんだ ゆういち)。筑波大学 生命環境系 教授。アイソトープ環境動態研究センター 副センター長。プロフィールはこちら

日本の水資源はスギやヒノキの人工林からの水供給に多くを依存しています。しかし、間伐などの手入れが遅れてしまうと、人工林は健全な水源涵養機能を発揮できなくなる恐れもあるのです。今回は「天然水の森 ぎふ東白川」で人工林の管理の研究をお願いしている筑波大学の恩田裕一先生にお話をうかがいました。

間伐遅れの人工林は水源涵養にもマイナス

日本の国土の約65%は森林が占め、その約40%がスギ・ヒノキの人工林です。人の手で植えられた人工林の場合、健全な林内環境を保つためには間伐や枝打ちといった整備を定期的に行う必要があります。しかし、最近では林業労働力の不足や木材価格の低迷といった要因から、そういった適切な管理が思うように進んでいないのが現状です。

間伐や枝打ちが遅れた人工林の中は、生い茂る葉で日光が遮断されてしまい、昼間でも真っ暗です。また、地面に日光が届かないので下層植生といわれる下草が育たず、土が剥き出しになっています。このような状態になってしまった人工林は様々な問題を抱えています。

下層植生を失った人工林では土壌の表面侵食が進み、『緑の砂漠化』※が深刻です。下層植生があれば、草の根がしっかりと土を掴んでくれるため、土を留める効果は絶大なのですが、草の生えていない剥き出しの状態では、雨粒が地表を直接たたき土が流失してしまうのです。

注釈※ 『緑の砂漠』とは、遠目からは緑が一面に広がっているように見えるものの、その木々の下は何も生えておらず、生物多様性や水土保全などの森林がもつ公的機能が低下している状態をさします。

また、意外と知られていないのですが、森に降った雨がすべて地面に届くわけではありません。特に間伐が遅れて木が密植している人工林の場合、葉や枝が生い茂って隙間がない状態(樹冠のうっ閉)によって雨を遮ってしまい、地面に到達する雨が極端に少なくなってしまうという問題も生じます。

皆さんも雨の降り始めに木の下で雨宿りをしたことがあるのではないでしょうか。本降りになってしまうと木の下にいても雨は落ちてくるので雨宿りにはなりませんが、弱い雨だったら頭上に生い茂った葉でも十分傘の役目を果たします。実は年間を通して見てみると、地面まで届かない弱い雨は意外と多いのです。遮られた雨は木が利用するわけではなく、葉や枝についてそのまま蒸発して失われてしまうのですから、水の有効利用の点から考えれば、なんとももったいない話です。

土壌の表面侵食が進み、草も生えない「緑の砂漠化」したヒノキ人工林。
遠景(右上写真)からだと気付かない森の変化
間伐によって、地表へ届く雨や光の量が増えていく

さらに下草の生えていない地面は雨の衝撃でガチガチに固まってしまうので水も浸みこみにくく、地面の保水力が低下してしまいます。こうして間伐遅れの人工林は次第に水を育む力、水源涵養力を失ってしまうのです。

全国の森で強度間伐の効果を検証

間伐の遅れた人工林で60%の強度間伐を実施すると、林内の雨量が20%ほど増加する

私は科学技術振興機構CRESTの助成により、”荒廃人工林の管理により流量増加と河川環境の改善を図る革新的な技術の開発”というプロジェクトのリーダーとして携わっています。

荒れている人工林から、どれくらいの水や土砂が流出するのか、その森を手入れすることでどう回復していくのかといったことを調べるために、気候や土壌などの異なる条件のもと、全国の人工林で強度の間伐を実施し、その効果を検証しているのです。

間伐というと、通常では本数換算で30%程度を間引くことをさしますが、このプロジェクトでは本数換算50~60%の強度間伐を実施しています。50%間伐すれば地面に届く雨が50%増えるとか、林内に入る日の光が50%増えるとか思われがちですが、そうではありません。

手入れ不足の人工林では木の成長度合いにばらつきが生じるため、いい木と悪い木の差が大きくなります。将来的に良質の木材を得るためには、当然いい木を残して、悪い木を間伐しますから、本数で50%切っても材積(=木材の体積)でいうと30%にしかなりません。まして、残した大きな木ほど枝張りが大きいので、雨や日の光を遮りやすい。本数間伐率50%では、下層植生を回復させるために不十分と判断された場合には、間伐率を60%にあげていきます。

荒廃人工林に50~60%の強度間伐を行うと、剥き出しだった地面が下層植生で覆われるようになります。すると草の根で地面が耕され、土が柔らかくなり、林床の浸透能力が上昇することがわかってきました。

さらに下草が生えてくれば水や土が流れにくくなります。雨が地面に浸透することで、土を削りながら地表を流れる水が減るからです。つまり、下層植生の回復が土壌の流失や濁水発生の危険を減少させることが証明されたのです。

人工林が改善されれば使える水が増える?

「天然水の森 ぎふ東白川」の越原国有林でも、2012年から間伐の遅れた人工林に手を入れていくことによって、どれだけ水源涵養機能が回復するかという研究を行っています。CRESTでは主に民有林や県有林を調査地域に設定していましたが、国有林はまだ設定していなかったので、広大な越原国有林で実験・検証できるのはとても魅力的でした。

この実験では、まず調査対象区を二分し、片方を間伐し、片方はそのままにして比較・解析する“対照流域法”という調査方法を用いるため、できるだけ広く、しかも状態が均一な森が望ましかったからです。

現在、「天然水の森 ぎふ東白川」の調査地域では、林の中に雨の量を自動的に記録することのできる雨量計を20個設置し、林の外に設置した雨量計の数値と比較することで、樹冠が遮る雨の量を測っています。この実験で年間を通じて森に降った雨の3~4割は樹冠に遮られ、蒸発してしまうことがわかりました。

あとは樹幹流(=木の幹をつたって流れる雨)の計測・比較を継続して行うことで、林内に入ってくる雨の総量、つまり入力の部分を把握することができます。これらをずっと計測し、間伐前と後のデータを比較したところ、強度間伐により樹冠の降雨遮断率が低くなり、林内の雨量が約20%増加することも明らかになりました。

さらに河川の流量を測って、出力、つまり出てくる水の変化も調べています。強度間伐によって河川の流量が増えたとしても、洪水のときに増えたのでは意味がない。アメリカでかつて行われた間伐の実験では、一番水が必要となる渇水期に河川流量が増えるという研究結果が報告されていますが、アメリカと日本では地質も違うので、同じ結果が出るかどうかわかりません。だからこそ、一つでも多くのデータを集めなくてはならないのです。

現在入ってくる水の量は強度間伐によって明らかに増えていることがわかっていますが、出ていく水の量に関しては、もう少しデータを丁寧に見ないと確実なことは言えない状況です。しかし、渇水時の河川流量が増え、しかも濁りの少ない水が増えるのは間違いないのではないかと期待しています。

樹幹流や林内雨量を計測する装置
河川に設置した流量計

水資源を最大化するための森の管理方法を確立したい

下層植生の回復度合いを調査
必要な時に使える水の量を、いかに確保していくか。森の整備によって、緑のダム機能を発揮させたい。

現在「天然水の森 ぎふ東白川」の実験区では、対照流域法で強度間伐した人工林と間伐していない人工林を比較していますが、今後は調査対象区全てに60%の強度間伐を施して、間伐前後で比較する“単独流域法”にシフトして観測する予定です。両方の調査法を合せればデータの精度が高まり、より正確な実験結果が得られるからです。

今後、強度間伐をすることで河川流量がどう変わっていくかを観察していくうえで、重要になってくるのが下層植生の回復度合いです。以前は下層植生を調べるための森林調査はとても大変でしたが、今は地上レーザースキャナーのおかげで比較的簡単に、そして正確に測定できるようになりました。

残念ながら、今のところ「天然水の森 ぎふ東白川」の実験区では、思ったほど下層植生が回復していないのが現状です。間伐前から生えていたものが大きくなった程度で、新たに生えてきた下草がほとんどないのです。ただ、間伐した直後は林床の土も乾ききっていますし、表面が固くなっているため、それを破って発芽するのが難しいだけで、土が安定してくれば一気に下草が増える可能性もあります。

山口県の研究例では、一年目は変化がなかったのに、二年目で一気に80%も下層植生が回復しました。種をまくという選択肢もありますが、できれば自然の力に任せたい。今しばらくは土が流れないように土留めをするくらいにして、そっと様子を見守りたいと思っています。

下層植生の回復は森の健全な水源涵養機能には欠かせませんが、増えすぎてもいけない。水を多く必要とする草ばかりが増えてしまえば、涵養される地下水は減ってしまいますし、育ちすぎた下草によって雨が遮断されてしまう恐れもあります。そこで水資源を守るには、人工林の光環境をどのくらいにすればいいのか、下草をどの程度回復させればいいのかを探っていくことを次の課題として考えています。

これまでの育林では「いかにいい木を収穫するか」に重点が置かれてきたため、未だに水資源的にいい森にするための管理の仕方は確立されていません。この研究を通じて、様々なデータを取りつつ、「水資源を守るのに最適な人工林の手入れの方法」を見つけていきたいと思っています。

恩田先生のプロフィール

恩田先生
恩田 裕一(おんだ ゆういち)
筑波大学 生命環境系 教授
アイソトープ環境動態研究センター副センター長
1962年新潟県新潟市生まれ。明治大学史学地理学科卒業後、筑波大学大学院 地球科学研究科地理学・水文学専攻博士課程修了。理学博士。2009年筑波大学大学院生命環境系教授、2012年筑波大学アイソトープ環境動態研究センター副センター長に就任。主に水文地形学、山地崩壊メカニズム、森林斜面の環境保全などの研究を行っている。

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名古屋大学の農学部林学科の助手として山崩れの研究をしていた頃、初めて『緑の砂漠』となった荒廃人工林の実態を目にしました。そこの地面は花崗岩が風化してできた真砂(まさ)だったため、真っ白な砂浜にヒノキが生えているような異様な風景だったのです。それまでの私は「森や山=自然」といった捉え方しかしていなかったので、それは衝撃的な光景でした。ショックを受けると同時にものすごく好奇心を掻き立てられ、それがきっかけで人工林の環境改善に関する研究をするようになりました。こうした研究は長期的に続けることが非常に大事。地道にデータを集め、研究を続けた結果、最終的に出てきたものが一番役に立つはずだからです。そのためにも、これからもサントリーの長期的な取り組みに大いに期待しています。

(2014年2月取材)