森語り、水語り 07。里山に、昔のような豊かな自然を呼び戻したい 服部 保(はっとり たもつ)、兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 名誉教授。プロフィールはこちら

「おじいさんは山へ柴刈りに…」という昔話からもわかるように、かつては人の暮らしに欠かせないものだった身近な自然“里山”。しかし、里山が私たちの暮らしからかけ離れたものになって久しい今、その姿は大きく変わりつつあります。今回は関西エリアを中心とする各地の「天然水の森」において植生調査やゾーニングの監修をお願いしている服部先生に、「天然水の森 ひょうご西脇門柳山」にてお話を伺いました。

放置された里山が失った“生物多様性”

この「」は一番高いところでも標高600m。全国にある「天然水の森」の中でも比較的低い山であり、なおかつ人里とも近い、まさに典型的な里山です。

かつて、里山は人々にとって最も身近な自然であり、暮らしを支える大事な場所でした。

柴(しば)刈りとは、芝生を刈りとる芝刈りではなく、山野に生える小さな雑木を刈りとることです。これは里山を利用する方法のひとつであり、炊事やお風呂などを沸かすための燃料を採取することでもありました。

柴刈りに加え、堆肥を作る資源として落ち葉や小枝すらもきれいに持ち出されていたので、林の中や地表には陽が燦々と差し込み、ヤマツツジやササユリといった明るい場所を好む低木類や草本類が咲く、実に多様な植生がみられたのです。

樹木にしても、10~20年周期で伐採と再生(萌芽※更新)が繰り返され、若くて背の低い夏緑樹林(落葉広葉樹林)が維持されていました。樹高が低くて幹が細いほうが、刈り取りや薪や炭にするにしても扱いやすいからです。この利用が始まったのは、弥生時代からとも言われています。

昔、とはいえ昭和30年代ごろまでは、このように里山に定期的に人の手が入り、利用されていたのです。

しかし、エネルギー革命や燃料革命が起こると、人々は里山から遠のき、その後、放置されたまま半世紀が過ぎようとしています。
そうすると、西日本はもともと照葉樹(常緑広葉樹)に適した気候のため、ヒサカキやアラカシなどの照葉樹の面積がどんどん拡大していきました。

昔、里山には定期的に人の手が入っていた
「里山の照葉樹林化が進むと、写真左奥側のように林内は暗くなり、林床植生が乏しくなってしまいます」と語る服部先生

こういうと、里山が夏緑樹林から照葉樹林に移り変わる遷移は自然ではないかとお思いかもしれませんが、実は、里山として利用されてきた場所が照葉樹林に変わってしまうと、植物種が少なくなります。照葉樹の葉は厚く、常緑で一年中葉を茂らせているために、林内が真っ暗で鬱蒼となるため、特に落葉系の植物は消えていってしまう。

照葉樹林の林床に育つことのできる草木が戻ってきてくれればいいのでしょうが、残念ながらそういう草木は長年の「里山管理」によって滅ぼされてしまっているので、それも望めません。生物多様性の観点から見ると非常に悪い方向に進んでしまいます。里山は、人が手をかけることで維持されてきた自然だったのです。

最近では、高校の生物の教科書にも『生物多様性』という言葉が登場するほど、その重要性がクローズアップされています。国連が2010年を「生物多様性年」として提唱していたこともきっかけとなって、里山を復活させようという動きがあちこちで見られるようになりました。

しかし、里山が放置されるようになったのは、資源・生産の場として機能しなくなってしまったからです。お金と人手をかけさえすれば、昔の里山の姿に戻すことは可能かもしれません。でも、そんなことをしても伐採した木の使い道がないわけですから、何が何でも元の姿に戻すというのには無理があります。

※萌芽(ほうが)・・・幹を切ると切り株からたくさんの新しい芽(これを萌芽、ないし「ひこばえ」とよびます)が伸びることで、林が再生していきます。クヌギ、コナラ、シデ類、シイ類・カシ類などは萌芽更新が容易な樹種といわれます。

森林整備の基本は植生調査とゾーニング

多様性植生調査法では10m×10mコドラート内にある植物を5つの階層ごとに、どこにどんな植物が生育しているのかを調査していきます。
「天然水の森 ひょうご西脇門柳山」の「現存植生図(2013年調査時)」(左下)と「将来予測植生図(放置100年後を想定)」(右上)。何も手を入れず、このまま放っておくと、ほとんどが緑色の照葉樹林に変わっていくことが予測される。

この山が「天然水の森」に設定された2010年にサントリーに依頼され、私は植生調査やゾーニングを担当することになりました。

ゾーニングというのはいわば森林整備の基本で、それぞれの森林タイプにおいて目指す姿を設定・エリア区分することをいい、これに基づいて森の整備を進めていきます。

どんな森にしたいのか設定するにしても、現状がどのような状態で将来どうなりそうかが分からないと、手のつけようがありません。そこで植生調査を行い、現在その森にどれだけの植物が生育しているのかを調べます。

その際に重要なのが、調査する面積を一定にするということ。調査する対象面積が広ければ広いだけ、植物の種類が多いのは当たり前のことなのですが、実はこれまでの植生調査では面積が一定ではありませんでした。そのため、調査データの比較検証ができなかったのです。

そこで、天然水の森では私の考えた多様性植生調査法を採用し、10m×10mを調査区(コドラート)として、その中の植物を階層(5層の高さに区分)ごとにリストアップしていきます。この新たな手法を採用することで、全国の天然水の森の植生データの種多様性を比較検証ができるようになりました。

植生調査の後にゾーニングをしていきますが、そこで重要になるのが整備をしなかった場合、この森が将来どういう状態になるかを予測すること。何もしなくても遷移して、多様性が維持できるのだったら整備する必要はないのですが、現実はそう甘くはありません。

また、その森がどう利用されてきたかという過去の履歴もとても大事になります。例えば、スギやヒノキの人工林を皆伐した場合にも、その森が一代目の人工林ならば、もしかすると土の中に留まり、何年も生きつづけた埋土種子が芽を出すかもしれないし、周囲に夏緑樹林があれば種の供給がされて遷移できるかもしれません。でも、何世代にもわたってヒノキの林が続いていて周囲から種の供給が期待できないのであれば、望ましい森林へ自然に遷移することは不可能に近いといえるでしょう。

だからこそ、その森の過去、現在、未来の姿を考察することが、森の実態を調査し診断するのにとても重要になってくるのです。

山を荒らし、保全を困難にする”シカ”

そうした森の診断を困難にしているのが、日本全国で深刻化している増えすぎたシカによる食害です。シカが急増したのは、人が里山で柴刈りなどをしなくなったせいで餌資源が増えたこと、温暖化による雪の減少で子ジカの延命率が上がったことなど、様々な要因が複雑に絡み合っています。

シカの食圧は恐ろしいもので、40年前には林床の70%を植物が覆っていた場所が、現在ではシカに何もかも食い尽くされて、林床の被度が0.1%になってしまったという悲惨な例も見られます。

シカは好きな植物から食べていくので最初は柔らかい草本から優先的に食べますが、シカの頭数が増えてくると餌が不足し、やがては低木にまで被害が及ぶようになります。そうすると、毒草のタケニグサや棘だらけのジャケツイバラなどのシカの嫌いな植物や高木を除いて、全ての植物が失われてしまう。

その被害は植物ばかりか、同じ草に依存する生き物にも及びます。シカが全滅させた植物に依存する虫やウサギが壊滅状態に追い込まれれば、それを主食にしていた動物も姿を消してしまいます。ウサギを主食とするクマタカなども例外ではありません。

また、剥き出しになった地面からは土壌が流出し、山が崩れる原因にもなります。実際に、この西脇門柳山の一部もそういう状態でした。

右写真の場所はもともとスギやヒノキの人工林だったのですが、防災上、単一の針葉樹だけでは望ましくないとの研究者の判断から、部分的にサクラなどの夏緑樹林に変えようとしたのです。しかし、シカの食害のせいでその試みは、うまくいきませんでした。スギ、ヒノキを皆伐し、夏緑樹を植えたものの半分以上がシカに食べられてしまったのです。

そこで、2011年夏に防鹿柵を設置してシカが入り込めないようにしたところ、少しずつではありますが、シカ嗜好性の植物も回復し、針葉樹林と夏緑樹林の混交化も進みました。

とにかくシカをどうにかして止めないと、生物多様性の保全など実現できません。大事なのは防鹿柵を設置して、シカの食圧から植物を守ることです。そうしなければ森の未来図を描くことができないばかりか、森そのもの山そのものがなくなってしまう危険さえあるのです。

2011年6月時点の皆伐地にはまだ防鹿柵がなく、シカの不嗜好性植物であるタケニグサばかりだった。冬になるとこの草が一斉に枯れ、土壌の流出がおこっていた。
皆伐地の遠景(2013年7月)。皆伐地の周囲に防鹿柵を張り巡らせると、タケニグサ以外の草本や樹木が回復してきた。

身近な自然・里山の未来の姿はどんなだろう

さまざまな植生が見られる里山に遷移させていきたい
「多様性夏緑高林のモデルとして、この区画を照葉樹やウラジロ(シダ植物)は実験的に伐ってみます。われわれの思い描く植生になっていくのか、5年、10年後が楽しみですね」と語る服部先生

では、仮にシカの食害から植生を守れたとしたら、放置された里山はどのような方向に遷移させていけばいいのでしょうか。

実際に里山の将来像を想定するとなれば、このままの植生遷移に任せる、つまり放置し続けるか、人によって管理されていた頃の里山に戻そうとするか、あるいはまったく新しい森づくりを目指すかという三択しかないと思います。

1つ目の、このまま里山の放置を続けるということは、照葉樹林化が進み、木の下に草一本生えていない鬱蒼とした暗くて単調な森になってしまうことを意味します。林床に何も生えていない状態では土壌流失が起きやすく、水源涵養の面でも国土保全の面でも問題です。

2つ目の昔の里山に戻すということは、我々に昔の人間の生活に戻れと言っているのと同じです。たしかに菊炭の産地として知られる兵庫県川西市の黒川地区のように、今でも昔ながらの里山が機能しているところもあります。しかし、全国どこの里山でも炭を焼く生活に戻れるわけではないのです。

現在の里山には昔のような生産性は望めないでしょう。でも、防災や水源涵養などの面ではきちんと機能して欲しいのです。だからこそ、一度手を入れたからには、必要なくなったからといって放置するのではなく、きちんと管理する義務が人間にはあると思うのです。

我々にできるのは、昔の里山のような多様性を残した新たなタイプの森を目指すことではないでしょうか。

ひとつの将来像として私が思い描いているのは、コナラなどの夏緑樹はそのままに、照葉樹やササなどは切ってしまい、明るい環境を形成して、多様な植物や動物が生息できる多様性夏緑高林という方向にもっていくということ。

そうすれば春にはコバノミツバツツジが咲き乱れる、きれいな里山の景観に近づけることができるのではないかと思うのです。

服部先生のプロフィール

服部先生
服部 保(はっとり たもつ)
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
名誉教授
1948年神奈川県横須賀市育ち。神戸大学農学部、大学院自然科学研究所博士課程修了。姫路工業大学 自然・環境科学研究所 教授を経て、2004年に兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 教授に就任。専門は植物保全、資源保全学、植生学、植物生態学、保全生態学、民俗植生学。里山の生物多様性保全と里山の再生に関する研究などを行っている。

Comment

私が通っていた横須賀の小学校は、近くに海も山もある自然豊かな所でした。ある日、学校の裏の林でキノコを見つけて校長先生に聞いたところ、図鑑を一生懸命見て名前を調べてくれました。こんなちっぽけなキノコにもきちんと名前があることに、とても感激したものです。それから毎朝6時に起きて山を歩いて、いろんな植物を見つけては校長先生の所に持っていったのですが、必ず相手をしてくれました。そんな素晴らしい経験がきっかけとなり、私は植物や自然に興味を持つようになったのです。
兵庫県には大きなカシの原生林もないですし、身近にある里山を守らなければ、それこそ自然がなくなってしまう。サントリーの力を借りて、里山放置林を昔の里山に近い多様性のある美しい森にできればと思っています。

(2013年12月取材)