森語り、水語り 06。土壌に優しい、人工林の整備をめざして 伊藤 哲(いとう さとし)。宮崎大学 農学部森林緑地環境科学科 教授。プロフィールはこちら

2010年に「サントリー天然水の森 阿蘇」に追加で設定された城山国有林は、間伐が遅れて荒れてしまっている区画も多く、土壌の流失などが心配される状況でした。今回はこの森の整備計画の立案と、管理の仕方についての研究をお願いしている宮崎大学の伊藤哲先生とともに、森を歩きながらお話をうかがいました。

まずは、水辺の針葉樹人工林の広葉樹林化を目指す

私がここで研究を始めたきっかけは、2010年に「天然水の森 阿蘇」の面積を拡大するので、森林管理についてアドバイスがほしいというサントリーからの依頼でした。その目的は、工場の上流エリアにあたるこの森での地下水涵養。そこで、全体の計画を立てて森林管理をしながら、できる範囲で水を育める健全な森にしていくことになりました。

当初は水源涵養のために、条件の悪い場所の針葉樹人工林を広葉樹の天然林や針広混交林に戻そうと考えたのですが、現場を歩いて調査したところ、この森の広葉樹林化はかなり難しいことがわかりました。

なぜならこの森は二代目の造林地であり、母樹になるような広葉樹がほとんど生えていないからです。自然に種が飛んできて林をつくる天然更新が期待できないとなると、この森の広葉樹林化には膨大な時間とコストがかかってしまいます。

そこで、私はまずはこの森にある渓畔林(=渓流沿いの森林)から天然林に戻そう、と考えました。

  • ウメモドキ
  • アケボノソウ
  • オオセンチコガネ
  • 「天然水の森 阿蘇」の渓畔林
渓畔林は、葉や昆虫が河川に落ちて水生動物へ餌を供給したり、洪水時などに土砂流出を防止するなど、生態学的に重要な機能をもっている

経営的に見合わない奥山の人工林における林業からの撤退は、全国的によく見られることですが、私は渓畔林に限っては条件の良し悪しにかかわらず、積極的に林業から撤退し、広葉樹林に戻していくべきだと考えています。なぜなら水辺に荒れた人工林があると、大雨の際に、川にいきなり土砂が流れ込んでしまい、土壌や水源保全の面でも望ましくないからです。

さらに水辺は、様々な生き物が水を求めて集まる場所のため、生物多様性という面でも重要な場所です。そういう場所を一種類の針葉樹だけで覆ってしまうのは、決して望ましくないのです。
とはいえ私は、農作物を収穫する田んぼや畑があるように、山にも、木材を収穫する“樹の畑”(=生産林)があってもいいと考えています。条件のいい場所では、きちんと林業を維持する。でもその代りに、川への土砂の流れ込みなどの、人工林の持つ環境保全への悪影響を弱めてくれる場所も、周囲にきちんと作りましょうというのが私の持論です。渓畔の広葉樹林化は、その第一ステップだと思っています。

現在は、次のステップとして、林野庁とも相談しながら、この森における林業からの撤退候補地を抽出し、そういう場所で、どのような整備の仕方をすれば、コストと時間をかけずに混交化や広葉樹林化が出来るかの実験を始めているところです。

“土壌に優しい間伐手法”で、水源涵養力の高い森を作る

サントリー方式の間伐は、低木による土壌の保護効果を維持できることから、一般的な間伐に比べて、間伐直後の雨滴による土壌の侵食が軽減されることがわかった

土壌侵食量の調査方法

これらの調査で得られるデータの地道な積み重ねによって、よりよい森林管理手法が構築されていく

  • 土壌の飛散した量を測定する
  • 土柱の高さから、流失した土砂量を推定する
  • 植物や落ち葉などが地表を被う面積の割り合いを測定する

樹木を育てる場所と撤退する場所を区分したら、こんどは水源涵養力を高めるような「育て方」、つまり手入れの仕方を考えなくてはなりません。水源涵養には土壌の保全が最も重要になります。そこで私は、この森で、間伐に伴う「雨滴による土壌侵食」を調査し、適した間伐手法を検討する研究を始めました。

人工林の整備には間伐が欠かせませんが、間伐直後は雨粒が地面を叩いて土壌を削る「雨滴侵食」が起こりやすくなります。

安全上の問題や作業のやりやすさから、低木層を切ってから間伐する手法が一般的です。地面に光を入れて下草を生やし、下草の力で雨滴侵食から土壌を守ろうという理屈です。しかし、間伐後に下草が生えてくるまでに時間がかかると、丸裸になった地面からの土壌流失が、無視できないほど多くなってしまうのです。

一方、サントリーと一緒に取り組んでいる間伐方法では低木層を残す試みを行なっています。
これまでの通説では、地面から50㎝の高さの植物ならば雨滴の衝撃を緩和して地面を守ってくれるけれど、それ以上高い低木ではあまり効果がないと思われていました。ですから、せっかく低木を残してスギやヒノキを間伐しても、低木に光が遮られて地面が真っ暗になるため、下草が生えず、しかも2mの高さの低木の葉から大粒になって落ちてくる雨粒で、やはり侵食は起きてしまうと考えられていたのです。

そこで私は、サントリー方式の間伐が本当に地面を守る効果があるのかを検証するために、間伐と低木層の刈払いを組み合わせた野外実験を行い、最も雨滴侵食が少ない間伐手法を探ることにしました。

この実験で得た結論は、大方の予想に反するものでした。意外にも50㎝以上の高さの低木でも十分雨滴侵食を緩和し、土壌を守る効果があることがわかったのです。逆に低木層を刈り払って間伐した区画では、間伐から1~2年経ってもなかなか下草が地面を覆ってくれなかったため、最初の半年に大量の土壌が流失し、わずか2年間に2㎝もの厚さの土壌が失われてしまいました。

「この森を水源涵養力の高い森にするのであれば、たとえ2mの高さでも低木層は残したほうがいい」というのが、実験からの結論です。低木層を残すサントリー方式のほうが、土壌に優しい間伐手法だと実証されたのです。

林業に携わる人は低木層を残す間伐方法を、コストがかかり作業しづらいことから敬遠しがちです。でも低木の中には切り株から「萌芽(ほうが)」と呼ばれる新しい芽を出せないものもあるので、全て切ってしまうと再生が難しくなってしまいます。全部残すのは無理でも、安全上問題ない範囲で低木を残してほしいと思います。

間伐して数年後に下草が生えた状況を見れば“いい森”に見えるかもしれません。でも、今回の実験結果を見ると、低木層を刈りはらった区域の植生は2年たってもわずか30%しか回復していないのです。つまり、“いい森”になるまでに相当量の土壌が失われてしまうということです。いったんマイナスにして、そこから再生させていくよりも、最初からマイナスを防ぐほうが賢いやり方だというのは、言うまでもありません。

雨滴の衝撃から土壌を守るためには、落ち葉の存在も重要

雨滴侵食による飛散土砂量は、バケツで作った簡単な装置で地面から跳ねた土壌を受けとめて計測します。上にある植物がどれくらい雨滴の衝撃から守ってくれるのかということを重点的に調べているため、自然の状態ではなく、落ち葉が全くない状態で測ります。

それとは別に、落ち葉がある状態とない状態でどれくらい侵食状態が変わってくるかという比較実験も行っています。2、3ヵ月に一度の割合で、同じ場所の写真を撮り、侵食の進行状況を追うのです。

すると、落ち葉のない傾斜の激しい所で、小石を頭に乗せた5~6㎝の高さの土柱がたくさん観察できました。これは小石が雨滴の侵食を防ぐ傘の役割をして下の土壌を残したもので、その土柱の高さの分だけ周囲の土壌が流失したことを表します。

つまり、それだけ落ち葉のないむき出しの地面では土壌流失が進みやすいということ。落ち葉には雨滴から土壌を守る効果があるということです。

ただし、どんな落ち葉でもいいわけではありません。例えばヒノキの葉はすぐにバラバラに崩れて流れてしまうため、土壌の侵食は防げません。

また、バラバラになりにくい束状のスギの葉は雨滴侵食からは守ってくれますが、地面に浸透しなかった水が、積もった葉の下を流れてしまうため、表面侵食(=地表面を流れる雨水による土壌侵食)を起こしてしまいます。土壌を守るには、やはり広葉樹の落ち葉が重要なのです。

「雨滴による衝撃で、土壌が数十cmも飛散したり、水がしみこみにくくなったりします。低木層はもちろん、下草や落ち葉があること。それが、土壌を守るうえで重要です」と語る伊藤先生

水源涵養に適した間伐方法を求めて、比較実験

優良木を残して間引く点状間伐(左)と斜面に沿って機械的に間引く列状間伐
(右は、3列残して一列間引く「3残1伐」)

点状間伐と列状間伐(3残1伐)
  • 右上)試験地にある樹木の一本一本について調べる


    左)下層低木を残す間伐は、手間がかかるものの、林地へのインパクトが少ない、優しい作業方法といえる

つぎに、間伐の方法による、土壌浸食への影響度も調べました。
間伐には、優良木を残して間引く「点状間伐」という昔ながらの方法や、3列残して1列切るというように、斜面に沿って機械的に列で間伐する「列状間伐」など、様々な方法があります。

そこで、私はこの森に間伐手法の比較実験林を設け、そこを8つのプロットに分けて各手法を試みる予定です。間伐の土壌侵食への影響だけでなく、残す木への保育の効果も調べ、それぞれの手法をいろいろな面から評価したいと考えています。そのために、間伐前の全ての木の成長を測定して、実験の準備を進めているところです。

列状間伐では、伐採した列に沿って間伐した木を運ぶことが多いため、何度も同じ地面を引きずってしまい、地面が削られやすくなることが予想されます。これは、山に絶対作ってはいけない“水の通り道”を作ってしまうようなものです。水がそこを流れれば、土壌の流失は余計に増えてしまうかもしれません。

間伐材を売るということを考えると、コストも効率もいいこの方法はとても有効です。しかし、木の保育という間伐の本来の目的を考えると、いい木も悪い木も抜いてしまう列状間伐には問題があります。ましてや列状間伐によって土壌の流失が助長されるようであれば、水源涵養を目的とする森では列状間伐は避け、多少コストがかかっても点状間伐にすべきです。

「サントリー天然水の森 阿蘇」では土壌を守り、水源涵養に最適な森林整備をすることが最優先なので、点状間伐で整備を行うこともできますが、林業目的の森の場合には、どうしてもコスト概念が必要となります。コストがかかる点状間伐は採用されにくいのが現状です。

水源涵養を考えるべき他の森でも、余計にかかるコストは、例えば林野庁が環境予算として補助金枠をつくり、土壌に優しい間伐手法で整備できるようにするのが理想でしょうね。そういう流れをつくるためにも、この天然水の森で行っている実験で、その根拠となるデータを出せればいいなと思っています。

伊藤先生のプロフィール

伊藤先生
伊藤 哲(いとう さとし)
宮崎大学 農学部森林緑地環境科学科 教授
1964年宮崎県生まれ。九州大学大学院農学研究科修士課程 農学博士。宮崎大学農学部助教授、准教授を経て、教授に就任。専門は造林学、森林生態学。宮崎県森林審議会など委員会・研究プロジェクト・講演などで、生態学に基づく持続的な森林管理に関する知見を実学的な視点から提供している。

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私は霧島のふもとに生まれ育ったため、幼い頃からよく父に連れられて山で遊び、自然と触れ合ってきたせいか、その流れで大学は農学部に進学。教養から専門に移る際、ある先輩から林学科はいつも山に行っていると聞き、それこそ俺のための学科だ、とばかりに林学がどんな研究をする学問かよく調べないまま進学を決めました。当初は基礎的な研究が好きで、応用のことなど念頭になかったのですが、いつの間にかマネジメントを強く意識するようになり、今では人工林を含めた森全体のマネジメントを研究しています。「サントリー天然水の森 阿蘇」における研究は、まだ始まったばかり。正直、ゴールもはっきりとは見えていないまま、試行錯誤の状態です。自然林の再生ともなれば、ゴールは100年後ですから、それも当然ですけどね(笑)。

(2013年2月取材)