森語り、水語り 05。鳥が棲む環境を未来へ残すために― 藤井 幹(ふじい たかし)、公益財団法人日本鳥類保護連盟 調査研究室室長。プロフィールはこちら

サントリーが「愛鳥キャンペーン」を始めたのは1973年のこと。高度成長と引き換えに失われていく自然に思いをはせ、
鳥を守ることを通じて、人の暮らしや自然環境を守るこの活動は、今年で40周年を迎えました。
今回は、全国の「天然水の森」で鳥類調査をお願いしている藤井先生に、野鳥を調査する意味について、お話をうかがいました。

その森にいるべき鳥が当たり前にいる状態が理想

私は2009年の「天然水の森 赤城」を皮切りに、南アルプス、丹沢、きょうと西山、きょうと南山城と、各地のサントリー「天然水の森」の鳥類調査を行ってきました。今後も、おおさか島本、天王山周辺森林整備推進協議会、多摩源流小菅、奥多摩、近江など、全国の「天然水の森」を調査する予定です。

サントリーが日本鳥類保護連盟に「天然水の森」の鳥類調査を依頼してきたのは、やはり森の環境の変化を知るうえで、鳥を外すわけにはいかないと考えたからだと思います。

鳥を見れば森の全てがわかるというものではありませんが、鳥を追っていくことが、その森が健全であるかどうかのひとつの目安となることは事実です。

森の生き物たちの食物連鎖を表すものの一つに、生態系ピラミッドがあります。このピラミッドは、土壌や土壌生物を底辺に、植物、植食動物、雑食動物、肉食動物のそれぞれの層がその上の層を支え、上の層にいくほどどんどん数が少なくなっていくのが特徴です。

ですから、見た目にはとても豊かな森でも、もしその森に野鳥が全くいないのであれば、その森には鳥を支える層が乏しいということにほかなりません。それは昆虫であったり、木の実であったり、鳥の餌になる層を支えるさらに下の層が欠けているということを意味します。つまりどこかのバランスがおかしいということなのです。

逆にどこかが偏りすぎ、一部の昆虫などが異常繁殖し、それを捕食する鳥が大量に集まってくるという状態もよくない。
やはり、本来その森にいるべき鳥が当たり前にいる状態こそが理想であり、そういう状態が保たれているかどうかを見極めることが、森の健全性を守る上ではとても大事なことなのです。

  • ヒヨドリ エナガ エゾビタキ ウソ アカゲラ ミサゴ
  • クマタカ
  • カワセミ
  • オオルリ
  • ジョウビタキ
  • キビタキ
「サントリー 天然水の森」で出会えるさまざまな鳥たち

森の環境変化をいち早く教えてくれる野鳥たち

ホームページ「サントリー愛鳥活動」で連載中の『バードウォッチング講座』の様子。写真右端が藤井先生。

「野鳥は環境のバロメーター」と言われていますが、なぜキツネやクマなどの大型哺乳類ではなく、鳥がバロメーターとされるのでしょうか。

その理由の一つに、大型哺乳類は自分のテリトリーにこだわりが強いものもいるし、餌を求めて移動するにも、歩いて移動なので限界があります。また、追跡しにくく、実際の数も把握にしくいということが挙げられます。

その点、翼をもつ鳥の場合、環境の変化にものすごく敏感で、環境が悪化すればすぐに姿を消しますし、逆に良くなればすぐに戻ってきます。そういう意味で、哺乳類よりも鳥のほうが森の環境変化の影響が早く、そしてわかりやすく目に見えるため、バロメーターにふさわしいのです。

例えば日本全国で壊滅的に少なくなっているコマドリ。以前は「天然水の森」がある神奈川県の丹沢でも、コマドリのさえずりがたくさん聞かれましたが、今では耳にする機会がめっきり少なくなってしまいました。これは増えすぎた鹿の食圧のせいで、彼らの営巣場所である笹がなくなってしまったからだと考えられます。

つまり、そういった森は笹原に依存しているコマドリのような鳥にとっては、危機的な状態にあるということです。

鳥の中には「渡り」の習性を持つものもいます。渡りをする鳥の多くは、国境を越えて移動します。また、標高の高い場所では雪が積もるため、冬の間だけ里に下ったり暖地に移動する鳥もいます。そのため、同じ地域でも季節によって鳥の出入りがあります。

しかし、飛んできたもののその森の環境が悪化していれば、鳥たちはそこに居つくことなくスルーしてしまう。逆に環境が以前より改善していれば、これまで見ることのできなかった種類の鳥が見られるようになるかもしれないわけです。

このように移動性が強い鳥の特性を利用することで、私たち人間にはつかみにくい自然環境の変化を読み解くカギが得られるのです。

生態系ピラミッドの頂点に位置する猛禽類

各地のサントリー「天然水の森」では、実に様々な猛禽類が確認されています。サシバやハチクマなどが渡りのときに立ち寄ることもあれば、クマタカやオオタカ、ノスリなどが営巣していることが調査から分かってきました。

猛禽類がふらりとやってくることはそう珍しいことではありませんが、営巣となると話は別。なぜなら、彼らが環境条件や餌条件に一番シビアになるのが、子育ての時期だからです。

普段は自分さえ食べていければいいわけですから、それほど苦労はしません。しかし、子育てとなると自分が好む環境に、巣をつくる場所があるかどうか、雛に与える十分な餌がとれるかどうかなど、様々な厳しい条件をクリアしなければなりません。

このように繁殖するための環境条件が厳しい猛禽類の中には、環境条件が不十分なために繁殖に失敗したり、将来的に繁殖できなくなる危険性と隣り合わせのものもいます。このような場合、ある程度人間が手を貸してあげたいところです。

今は良くても、20年後30年後を考えると、やがてアカマツ林の退行でクマタカなどの営巣木となる巨木がなくなったり、反対に木が繁茂してイヌワシやハヤブサが好んで巣をつくる良好な崖地がなくなったり、餌場が消滅したりと、彼らは繁殖できなくなってしまうかもしれません。

生態系ピラミッド。上位の種を支えるため、下位の種が豊かである

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それを防ぐためには、今からできることを考えていかなくてはいけない。森の環境を壊さないように保全したり、あるいは営巣木となる可能性があるモミの木を植えたり、私たちの手で彼らの手助けをすべきです。

生態系ピラミッドの頂点に位置するイヌワシやクマタカといった猛禽類を守るためには、それを支えている生態系ピラミッド全体を守らなければなりません。猛禽類が生きるためには、その餌となる動物が生きていける環境が必要ですし、その餌となる動物が生きていくためには、さらにその餌となる動植物が生息・自生できる環境が必要です。

猛禽類だけを守るのではなく、彼らが生きていける健全な森そのものを未来に残していくこと。それは「天然水の森」の保全活動の、とても大きな意義だと言えるのではないでしょうか。

猛禽類の渡りを全国の「天然水の森」で支えたい

日本地図
「サントリー天然水の森」の位置は、猛禽類の渡りのルートに近いことがわかる。オレンジの矢印が「ハチクマ」、緑が「サシバ」の渡りルート。

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ハチクマとサシバ

「天然水の森」の調査を行うに当たって、私が最初に取り組んだのは、森がこの先どう変化していくか、ということを考えるために、比較できるデータベースをそれぞれの森に作っていくことでした。何を調べるにしても、比較できるデータがなければ何も分からないからです。

「天然水の森」の調査を始める以前に、丹沢全域で鳥類調査をしたことがありますが、そのデータがそのまま「天然水の森 丹沢」のデータと比較できるわけではありません。

また、一年に二回だけ森を歩いて得たデータと、毎週毎週森に入って得たデータとを比べても、正確な答えは得られない。同じエリア、同じ条件でのデータでなければ、比較できないのです。こうして各地の「天然水の森」の基礎データを集めていくうちに、私はひとつの可能性に気づきました。

ハチクマやサシバなどの猛禽類の渡りでは、本州を通るルートとして大きく分けると二つあります。一つは太平洋側から神奈川県を抜け、愛知県の伊良湖岬を通って四国を抜けていくコース。もう一つは、日本海側を南下し、長野県の白樺峠を抜けて滋賀、京都、大阪を通って中四国を抜けていくコースです。

九州に入ると、ハチクマのように五島列島を抜けて大陸に渡るもの(左図オレンジ矢印)、サシバのように南西諸島に向かうもの(左図の緑矢印)など、種によって異なりますが、彼らは日本列島に沿って移動し、大陸や東南アジアを目指します。

この二つのルートと全国各地の「天然水の森」の位置を照らし合わせてみると、偶然にも各地の「天然水の森」の近くを通っていることがわかります。ぴったりと重なるわけではありませんが、かなり近い。

例えば、「天然水の森 赤城」のすぐ横にある榛名山は主要ルートになっているようですし、「天然水の森 南アルプス」も八ヶ岳の下から甲斐駒に抜けるルートに重なります。京都の「天然水の森 きょうと西山」もルートと重なっているようです。

もしかすると、全国各地の「天然水の森」で見られる猛禽類は、「天然水の森」を利用してエネルギー補給をしながら渡っているのかもしれません。実際に、私たちは「天然水の森 きょうと西山」で、蜂の巣を襲った直後のハチクマが、喉を膨らませて西へ渡って行ったのを見たことがあります。

「天然水の森」から「天然水の森」へ──。

各地の「天然水の森」を足掛かりにして、猛禽類たちが渡っていく。そんな夢が描ければ、「天然水の森」活動も、一層楽しくなるのではないでしょうか。

藤井先生のプロフィール

藤井先生

バードウォッチング講座

藤井 幹(ふじい たかし)
公益財団法人日本鳥類保護連盟 調査研究室室長
広島県生まれ。日本動物植物専門学院卒業後、公益財団法人日本鳥類保護連盟の職員となる。1991年、建設省に出向し、宮ケ瀬ダムの環境影響追跡調査を担当。現在は同連盟の調査研究室長として、ワカケホンセイインコの分布状況調査やコアジサシの研究などを行っている。

Comment

父がよく庭にエサ台を出して鳥を集めたりしていたので、幼い頃から私にとって鳥たちは身近な存在でした。父から200mmのカメラを借り、名まえも知らないまま、ジョウビタキなどを撮っていたものです。専門学校では特に鳥の羽根に着目。「羽根の識別マニュアル」を作成し、研究していました。連盟に入ってからは、自治体や行政の依頼で、様々なアセスメントの調査に携わってきました。そんな中で、サントリー「天然水の森」の調査をするようになったのですが、サントリーの結果に対するあくなき探究心やアプローチに対する柔軟な姿勢には脱帽しています。形式だけの調査にとどまることなく、我々、研究者と同じ思いで調査に向ってくれるので、大きなやりがいを感じています。

担当:N.Tさんより

野鳥調査を始め、サントリー愛鳥活動全般で大変お世話になっている藤井先生。担当者の無理難題な質問にも優しく、丁寧に教えて下さいます。野鳥の写真はもちろん、時にはかわいらしいイラストで魅力を表現されます。左の写真で先生が着ているTシャツの鳥もご自身で描かれたもの。野鳥に対する愛情が溢れています。