奥本大三郎の“虫の目エッセイ” 第一弾 丹沢編

五、 四十年前の丹沢の昆虫相

ところで、今から四十年も前、いわゆる団塊の世代がまだ若い学生で、昆虫採集の第二期黄金時代と言われた頃の、丹沢の昆虫相についての文献がある。

それは京浜昆虫同好会編の『新しい昆虫採集』(内田老鶴圃新社 昭和46年第1版、昭和49年増訂第1版)という本で、そのころ数多くいた虫屋たちはそれを参考に、期待に満ちて採集に出掛けたのであった。執筆者の顔ぶれを見ると、昭和二十年前後生まれの京浜昆虫同好会の猛者たちで、まさに団塊の世代が中心をなしている。関東地方36カ所の採集地が紹介され、その中に、西丹沢が取り上げられているのである。次に引用する。

東京近郊の有名な採集地であった高尾山が、あまり採集に向かなくなったことにより、西丹沢一帯が都心から日帰り採集の楽しめる地域として、クローズアップされてきた。特に酒匂川上流は深い谷につつまれて、清流と原生林が見事に調和しており、昆虫相の豊かさもさることながら、その景観も一見に値する。また中川川、玄倉(くろくら)川、世附川(酒匂川上流)一帯は分布調査もいきとどいておらず、意外な採集品にほくそえむこともしばしばである。この辺りの分布調査報告は神奈川昆虫同好会の神奈川虫報が詳しい。

東丹沢山麓で毎春採集者を楽しませるギフチョウは、西丹沢へ来るとめっきり少なくなり、酒匂川以西には発見されておらず、山北町周辺にわずかながら産するのみである。酒匂川水系上流地域になると、ギフチョウは全く産せず、林道をコツバメが舞うだけである。5月下旬以降になれば、バスの終点の箒沢(ほうきざわ)部落附近で、ミヤマカラスアゲハ・アオバセセリ・スミナガシ・ツマジロウラジャノメ・ヒメキマダラヒカゲが採れ、河原のコマツナギにはミヤマシジミが発生している。7月から8月には、上記の種の夏型をはじめとして、オオミスジ(丹沢唯一の産地)・ミスジチョウ・オオムラサキ・コムラサキやオオウラギンスジ・ウラギンスジ・メスグロ等のヒョウモン類、ウラゴマダラシジミ・ウラキンシジミ・ミドリシジミ・アサギマダラなど丹沢山塊としては、比較的珍稀な種も含まれている。ここではキリシマミドリシジミも採集されたという情報を聞いている。ぜひ確かめて頂きたい。

甲虫類では、箒沢部落の人家の薪や林内の倒木により、ウスイロトラ・エグリトラ・クロトラ・ホソトラ・フタオビミドリトラ・トゲヒゲトラ・キスジトラ・ニイジマトラ・ルリボシ・オオアオ・コバネ・オオヨツスジ等のカミキリの他、金色に輝くマスダクロホシタマムシなども採集できる。

箒沢山荘やその手前のバンガローは夜間採集に好適である。ルリモン・ホソバ・コトビモン・エゾエグリ・スジエグリ・エゾギンスジ・ギンモンシャチホコなどが飛来し、稀にウスグロシャチホコが採れる。ヤシャブシには、ヒサゴスズメの幼虫がみられ、ルリモンシャチホコの幼虫はヤマハンノキで採れる。

足に自信のある方は、最近できたツツジ新道を利用して桧洞丸(ひのきほらまる)(1610m)へ登ると、アサギマダラ・クジャクチョウなどをネットに入れることができる。600m~700m以上の地帯はブナが多くフジミドリは有望である。

樹相から推して、まだまだ多くの昆虫類が採集できると思う。とにかく今後楽しみな採集地である。

この文章からすると、樹相などの条件はいいし、東京都心からは近いし・・・と、大いに希望の持てる採集地と考えられていたことが分かる。しかも、このころ、丹沢にはまだギフチョウがいたのである。それがスギの木が大きくなり、食草のカンアオイも真暗なその下では数が減っていった。ギフチョウがいなくなったのは採集のせい、といわれたけれど、環境の変化が主な原因であろう。その後、人工的に飼育したギフチョウを放したりした人もいるらしいが、すぐにまた絶えてしまうようである。そして今はシカが増えてきてカンアオイどころではなくなってしまった。

この採集地案内が出たあとの、昭和四十年代、学生運動盛んなりし頃、この京浜昆虫同好会の仲間が、冬の丹沢にオサ掘りに行った。“オサ”とはオサムシのことで、これらの甲虫は冬になると、崖地などに潜り込んで越冬する。それを掘り出すのである。条件の良い地点には、多数の個体が身を寄せ合い、かたまって冬を越しているから、それを見つければごっそり掘り出すことが出来る。活動期のトラップ採集法がまだ開発されていない頃は、これが最も能率の良いオサムシ採集法であった。

昔の話だが、人影のない冬の林道を若い男ばかりを乗せた泥だらけの車が、辺りを物色するようにゆっくり走って行った。ちょうど浅間山荘事件のテレビでの実況中継が高視聴率を上げ、世間を騒がせたばかりの頃で、そんな山道にも警察が張り込んでいた。

セグロシャチホコガ:チャシホコガの仲間。

「待て。何処へ行くんだ?この先何も無いぞ」

と制止する警官の目つきは鋭いし、身の構えに隙が無い。

「虫採りです」

「虫捕り?こんな真冬に虫はおらんわ」

「いや、だから、オサ掘りと言って・・・・」

「ちょっと、車の中調べさしてもらうよ」

そうして厳重な身元調べが始まった。車の中からは、小型のクワとか、スキとか、ノコギリとか、凶器といえば凶器に属する物がいろいろと出てくる。そのうち仲間の一人が学生のくせに名刺なんぞを持っており、それに、「京浜昆虫同好会」と印刷してあった。

「京浜?こいつら、京浜安保共闘の者だわ!」

と、お巡りさんたちがまた色めき立った。無事釈放してもらうまで、取り調べはずいぶんと長くかかったそうである。

それはともかく、「樹相から推して・・・今後楽しみな採集地」といわれた場所が、たかだか四十年ほどでいまのような状態になってしまったのである。

奥本大三郎

ボードレール、ランボーなどの象徴派詩人の研究を専門とするフランス文学者。
埼玉大学教養学部名誉教授、大阪芸術大学文芸学部教授。
幼少より虫を愛好し、日本昆虫協会会長、日本アンリ・ファーブル会理事長、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」館長を務める。1995年「楽しき熱帯」でサントリー学芸賞受賞。サントリー世界愛鳥基金選考委員にも名を連ねる。