2026年10月23日
#1039 田代 智史 -2『常に自分に矢印を向けて、自分が成長すればチームは勝って行く』
田代ヘッド・メディカルの後半です。9年ぶりに戻ってきた「痺れる」サンゴリアスで、何を推進していこうとしているのでしょうか。(取材日:2026年8月上旬)
◆更に縦割り、その中にリスペクト
――メジャーリーグに行ってみたらどうでしたか?
メジャーリーグを経験して深く感銘を受けたのは、それぞれの専門職に対する「お互いのリスペクト」が徹していた点ですね。メディカルの判断には、非常に強い権限と責任が伴っているのを見ました。例えば、GMや監督自らがトレーナールームを訪れ、「この選手が出場できる状態かどうか」を直接確認しに来る文化がそこにはありました。そこで「難しい」と判断すれば、その決定が尊重されます。各分野のプロフェッショナルが専門性を尊重し合い、対等な関係性の中で最適な意思決定を行う。この職域へのリスペクトのあり方は、非常に合理的だと感じました。
日本のプロ野球やラグビーの現場では、選手を勝ちに導きたいという強い想いから、時にメディカル側から熱量をもってアプローチを重ねないといけない、という場面も多く見られます。私自身、ホークスでの素晴らしい経験やメジャーでの知見を得たからこそ、それぞれの現場の良さを理解した上で、サンゴリアスにこの「互いの専門性を認め合い、責任を持ってベストな判断を下す仕組みと文化」をしっかりと持ち帰り、組織の強みにしていきたいと考えています。
――メジャーではどうやって実力を発揮したんですか?
メジャーでのスタートは、ソフトティッシュセラピストという現場に最も近い立場からの挑戦でした。立場や役割が厳格に分けられている環境だからこそ、まずは目の前の選手一人ひとりに向き合い、信頼を積み重ねていくしかなかったです。
主軸である千賀投手をはじめ多くの選手を担当する中で、次第に他の選手からも「自分も診てほしい、どこかで時間を作れないか」と声をかけてもらえるようになりました。千賀投手の治療を最優先にしないといけないという背景もありますので、私自身のスケジュールや役割に周りの選手も気を遣いながらも、頼りにして直接相談に来てくれた選手たちの配慮や温かいリスペクトには本当に救われましたし、現場で確かな信頼関係を築けたことは大きな財産となりました。
――メジャーリーグで得たものは何ですか?
チーム全体が家族の様に繋がっている、という雰囲気を感じられたのがいちばんですね。また、メジャーリーグという場所が持つ価値も、肌で実感することができました。マイナー(ファーム)とメジャーの間には明確な違いがあり、誰もがメジャーに憧れ、目指すあの舞台です。言葉では言い表せない、特別な空気がそこにはありましたね。
食事や遠征先のホテルの環境や、足を踏み入れた瞬間に漂う各球場の歴史の重みまで、すべてが超一流でした。何より素晴らしいのは、何万人という厳しい競争を勝ち抜いたわずか40人のロースターのために、関わる全員が「これがメジャーリーグだ」というプライドを持ってその環境をつくり上げている点です。
その「最高峰を追求し、誇りある環境を自分たちでつくる」という姿勢は、ラグビーにも通じるものがあると感じています。サンゴリアスにもエディー・ジョーンズさんがGM兼監督だった当時から、築き上げてきた『常勝チームとしての誇りと妥協のない環境やラグビースタイル』が存在します。それを一人のスタッフとして築き上げてきた自負はありますが、加えて、メジャーで体感したこの文化とスピリットを胸に、私もサンゴリアスが常に最高峰であり続けるための環境づくりに貢献していきたいと強く思っています。

◆自分のせい
――そんな世界からここに戻ってきたのはなぜですか?
僕はサンゴリアスを退団した当初から、いろいろな経験をし、成長してまたサンゴリアスに戻ってきたいと思っていました。
――ではなぜサンゴリアスを離れたんですか?
今回、戻ってきて最初に沢木(敬介)さんがいろいろなミーティングで語っていた「カルチャーバリュー(価値観や文化)をしっかりと創り上げたい」という言葉には、非常に強く共感しています。試合に出るメンバーだけでなく、ノンメンバーも含めた全員が「自分がこのクラブにどう貢献できているか」を自問し、本気でチームの勝敗を自分のこととして捉える。これこそがサンゴリアスに必要な意識だと思います。私自身、サンゴリアスで育った12年間、常にそのスピリットを大切に胸に刻んできました。
象徴的だったのは1年目のシーズン、ブレイブルーパスとの決勝戦で敗れ、私が大号泣していた時のことです。クラブハウスへ戻る車の中で、アキラさん(浅田朗/サンゴリアスOB)から「なぜ負けたと思う?」と問われ、私が戦術やコーチの指示に対しての選手の遂行力についての理由を並べ立てると、朗さんは「違う。俺が今日、髭を剃らなかったからだ」とおっしゃったんです。
一見ユーモアのようですが、朗さんは続けてこう教えてくれました。「負けた時に他人に矢印を向ける人はたくさんいる。けれどサンゴリアスは、常に自分に矢印を向け、自分が成長することでチームを勝たせる組織にしないとダメだと思う」と。その言葉に心の底から感動し、自分の甘さを痛感すると同時に、「常に自分に矢印を向ける」という姿勢が私の成長の原点になりました。
サンゴリアスで12年、干支一周という節目を迎えた時、勝つことが多かった恵まれた環境に甘んじるのではなく、「自分自身がさらにレベルアップし、圧倒的な強さと自信を持ってこのクラブの価値に貢献できるようにならなければいけない」という強い想いが芽生えました。そうして新たな挑戦を模索していたタイミングで素晴らしいご縁をいただき、福岡ソフトバンクホークスへの道を進むことができました。

◆どんな環境でも妥協しないマインド
――野球をやってみて良かったですね
実は私自身、かつて「松坂世代」の高校球児として野球に打ち込んでいた背景があり、野球という競技やその身体アプローチには、ずっと強い関心を持っていました。当時所属していた会社の社長(株式会社リニアート)から言われた言葉が、強く印象に残っています。「ラグビーは1速・2速のギアで力強くコンタクトする競技。一方で陸上やサッカー、野球のように、5速・6速のトップスピードやコンマ数秒の精密なスキルを競う領域は、また異なる専門性が求められる」と。
その言葉を聞いた時から、ラグビーで培った知見に加え、よりスピードや精密な動きが求められるスキルフルな競技にも挑戦し、トレーナーとして自分の幅を広げたいという思いがずっとあったんです。そのタイミングで目の前に現れたのが、福岡ソフトバンクホークスからの素晴らしいお話でした。自分の原点でもある野球の世界で、最高のパフォーマンスを支えるスキルフルなアプローチに挑戦できる。このチャンスを頂けたので、このチャンスに飛び込んでみようと挑戦させて頂きました。
――野球界での8年間はどうでしたか?
いやぁ、本当に素晴らしい8年間でした。まさに「酸いも甘いも」を噛み締めさせていただきましたが、本当に最高の"甘い"瞬間も、たくさん経験させてもらいました(笑)。リーグ優勝や日本一に輝き、チーム全員で家族も連れてハワイ旅行へ行ったことなども含め、勝利の歓喜や最高の達成感を味わえたのはかけがえのない思い出です。もちろん、その裏には勝負の世界ならではの厳しいプレッシャーや苦労もありましたが、そうした日々を丸ごと含めて、人間的にも一回り大きく成長させてもらった、感謝しかない貴重な8年間でした。
――スキルやマインドで得たものはありますか?
本当にたくさんありますが、特に初年度に強く抱いていたのは「サンゴリアスで培ってきた12年間の価値が、プロ野球という異競技でも通用するのか」という挑戦の感覚でした。と同時に、背負っていたのは「サンゴリアスのブランドや価値を絶対に落としてはならない」という強い責任感と怖さです。自分個人の評価が下がる分には、自分が勉強して成長すればいいだけなので何も問題ありませんが、「ラグビーでやってきたことは通用しない」と思われることで、自分を育ててくれたサンゴリアスの名に傷をつけることだけは絶対に避けたかったという感覚を持っていました。
なので、並々ならぬ覚悟を持ってスタートを切った感覚が強いです。その強い緊張感と責任感の中で成果を求めた日々が、結果としてトレーナーとしてのスキルの成長と、どんな環境でも妥協しないマインドを何倍にも鍛え上げてくれたと感じています。

◆成功体験を掴んだ時に成長する
――その結果としては?
結果として、結構いい感じで行けました(笑)。実感したのは、サンゴリアスという厳しくも素晴らしい環境で12年間育てていただいた自分自身の「成長力」と「順応力」の高さは、ある程度あるな、と感じることができたことです。もちろん野球には野球ならではの高度な専門性や難しさがありましたが、ラグビーの現場で叩き込まれた対応力やトレーナーとしての基礎が、非常に強固な土台となってくれていたおかげで、戸惑うことなく自信を持ってチームの力になることができました。サンゴリアスで培ってきたものは競技を超えても通用するのだと、大きな手応えと自信を得ることができた感覚はあります。
――得たものは何ですか?
一番は「自信」ですね。人が本当の意味で成長を実感する瞬間というのは、ただ努力を重ねている時ではなく、「自分の取り組みで結果が出た」という成功体験を掴んだ時なのだと言われています。それを実感するタイミングを、多く感じることができました。サンゴリアスにいた12年間は、チームが非常に強く、周囲のスタッフや選手たちが素晴らしいからこそ勝てているという感覚が強く、どこか「自分自身の力で成功を掴んだ」という実感が持てずにいたんです。
しかし野球界へ飛び込み、これまで培ってきたアプローチを必死に実践していく中で、成果が目に見える形として次々と表れ、確かな手応えを得ることができました。異競技の第一線で自分のアプローチが通用し、選手やチームの力になれたという数々の成功体験を経て、初めて「トレーナーとして自分も成長できた」という自信を、手に入れることができた感覚があります。
――それはやることなすこと、すべてがチャレンジだったということですか?
そうですね。当たり前だと思って重ねてきた仕事が、プロ野球という高いレベルでも評価されたことで、「サンゴリアスでやってきたことは正しかったんだ」と、過去の自分や経験がすべて肯定された思いでした。もちろん、様々な役割を務める中で自分の至らなさや課題にぶつかる苦労もありましたが、大切なのは自分の得意・不得意を見極めながら自分一人で抱え込まず、足りない部分は専門性を持つ周囲の方々の力を借り、サポートし合える関係性を築けたことこそが、この挑戦で得られた大きな収穫であり成長でした。

◆Sync the Team, Guard the Pride
――サンゴリアスに戻ってきて、このチームで何をやらなければいけないのか、そして何をやりたいですか?
今回、ヘッドメディカルに就任するにあたり、トレーナー全員で話し合って決めたテーマが "Sync the Team"、"Guard the Pride" です。まず"Sync the Team"として、メディカルの情報がチーム全体の中で常にシームレスに共有され、即座に活かされる環境を作っていきたいと思っています。「現場で何が起きているかわからない」という状態をゼロにし、確実な情報連携を発信し続けることが第一の役割です。
そして"Guard the Pride"には、選手個々のコンディションや故障を的確に見極めるという、メディカル本来の仕事はもちろんのこと、チーム全体が毎日元気に、そして痛みに堪えながらも貪欲に成長できる環境をつくるための連携強化こそが、最も成し遂げたいアプローチです。現場の熱量とメディカルの知見をシンクロさせ、常に強い誇りを持ってサンゴリアスが前進し続けられる組織を、つくり上げていきたいと思っています。
――情報はデイリー更新なんですか?
ウィークリーですね。怪我をしていない選手の情報を鈴木トレーナーが、リコンディショニング選手の情報を杉浦トレーナーが集約し、展開してくれています。二人とも、とても優秀です。ただ、そうした情報連携自体はメディカルとして当然果たすべき基本なので、私が本当に成し遂げたいのは、アスレティックトレーナー一人ひとりがイキイキと能力を発揮し、活躍できる環境をつくることだと思っています。
私自身、かつてアシスタントとして吉岡淳平さんと4年、吉田一郎さんと4年ご一緒させていただきました。特に吉田さんがサンゴリアスに来られた際、「お前(タッシー)をヘッドトレーナーにするために来たんだ」と明確に言ってくださり、自分を引き上げ、開花させてくれたんです。当時、吉田さんが私にしてくださったように、今度は私がヘッドとして今のスタッフたちにその恩を返していきたい。スタッフ一人ひとりの可能性を引き出し、彼らが誇りを持って輝ける現場をつくっていくことが、私の大切な使命だと思っています。
――Guard the Prideとはどういう意味ですか?
サンゴリアスが1980年の創部以来、積み上げてきた強固な「ウイニング・カルチャー(勝利の文化)」とプライドを大切にし守り抜く、という意味です。実は私自身も1980年生まれで、サンゴリアスが歩んできた歴史の長さは、私自身の人生の歩みと同じなんです。自分が培った12年間の在籍経験も含め、このクラブが築いてきた歴史と重みを誰よりも深く感じています。
だからこそ、メディカルの部分でも歴史の中で「変わってはいけない本質」を守り抜きながらも、時代に合わせて「進化させるべき部分」を、しっかりと整理していきたいと思っています。外の世界で学んだ知見も取り入れながら、サンゴリアスのプライドと誇り高きカルチャーが、未来へ脈々と継承されていく仕組み(システム)を構築することが、この強い想いと責任を背負って戻ってきた私の使命だと思っています。

――まだチームに戻ってきて時間が経っていませんが、実際にチームに入ってどうですか?
何て言うんですかね、とにかく「痺れる」毎日ですね。
――何に痺れますか?
正直、一言では言い表せない感覚なんですよ(笑)。先ほどカメラマンの長尾(亜紀)さんとも「長尾さん、どうですか?」「いや、痺れるよね」なんて会話を交わしたばかりです。沢木(敬介)さんやクラブ全体が醸し出している空気なのか、あるいは毎日の練習で選手たちが発している鋭いピリピリ感なのか、とにかく最高に心地よい、サンゴリアスならではの引き締まった緊張感があります。この緊張感に身を置けること自体に、私は心から高揚しています。
――選手への対し方は?
サンゴリアスには、非常に高い知性と意識を持った選手が多く揃っています。だからこそ、トレーナー側から「あれをやれ、これをやれ」と一方的に指示を出して引っぱるようなアプローチはしたくなくて、メジャーリーグで感銘を受けた数値化やデータ活用もそうですが、質の高いデータやコンディション情報、選択肢といったプロフェッショナルなサービスをこちらからしっかりと提示する。そして、それをどう自身のパフォーマンスに活かすかは、選手自身が能動的に取捨選択していく。そうした自律した選手を育て、対等なプロとして背中を支え合える関係性を築いていきたいと思っています。
――優勝への可能性は?
かなり高いんじゃないかと思います。外国人のレギュレーションの変更もありますし、新たに加入する選手、今のチームの充実した雰囲気、監督の指導体制に加えて、僕も戻ってきているので、これは勝つんじゃないかなと(笑)。そうしなければいけないですね。
<了>
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀]