“拾って”“打って”の中学時代 “ブロック”が磨かれた高校時代

— 塩田選手がバレーボールを始めたのはいつ、どのようなきっかけだったのですか?
始めたのは小学校4年の時です。僕の小学校は部活に入っていない子は4時半に下校しなければいけなかったんですけど、僕は外で遊ぶのが好きで、家に帰りたくなかったので、じゃあ部活に入ろうと、とりあえずバレー部に入りました。でも練習は水曜と土曜だけだったので、金曜日に活動している卓球部にも入っていました。6年生の時には陸上部にも入って、3つ掛け持ちしていましたね。
— それは忙しいですね。毎日日替わりで?
6年生の時は陸上ばかり行っていて、バレーは土曜日だけでした。陸上部は不純な動機でふらっと入ったんですけど、毎日走っていると足が速くなって、駅伝メンバーにも入るぐらいになりました。
— 不純な動機?好きな女の子が陸上部にいたから、とか?
それはちょっと恥ずかしくて言えないですけど(笑)。かなり長距離は速くなりました。
— でも中学ではバレー部に?
はい。別に走るのが好きだったわけではないので(笑)。バレーの方が楽しかったから。身長もでかかったですしね。
— 中学時代のポジションは?
全部やっていました。バレー経験者が少なく僕のワンマンチームだったので、前衛だろうが後衛だろうが、ほとんど僕が拾って僕が打つ、という感じでした。サーブレシーブは2人で入っていましたが、僕がコートの3分の2ぐらいを取っていた。そんなのでよく勝てるな、という感じですよね(笑)
— だから今もレシーブやボール扱いが巧みなんですね。洛南高校では?
高校ではアウトサイドでしたけど、全日本ユースではミドルブロッカーでした。逆に大学時代は、自分の大学ではミドルブロッカーで、全日本ジュニアではサイドをやっていました。
— 今振り返って、高校時代が今につながっている部分は?
ブロックですかね。うちの高校はブロックに力を入れていたので。3時間の練習中、1時間はブロック練習でした。高校ではポジションはサイドでしたけど、ブロックは真ん中で跳んでいましたし。だからブロックの移動は、まあ東レの富松(崇彰)さんとかに比べたら遅いですけど、だいぶ速くなったと思います。
サンバーズにはスーさん(鈴木寛史)たちがいるので僕はブロックタイプじゃないですけど、大学までは、動きが速くてブロックもそこそこできる選手だと自分で思っていました。今もブロックは苦手ではありません。高さ的に、外国人選手相手にはちょっと足りないというところはありますけど。
ブロックに関しては、中学でもほとんど1人でブロックに跳んでいたので鍛えられました。中学生レベルとはいえ、相手が強くなってくるとみんなコンビも使ってくるので、そのコンビに1人で対応して(苦笑)。振られたら監督に怒られるから、「絶対振られちゃいけない!」と必死でした。
— 高校卒業後は強豪の東海大学に進学しました。
東海大と中央大で迷ったんですけど、洛南高校の先輩の福澤(達哉・中央大→パナソニック)さんと対戦したかったので、東海大を選びました。福澤さんは3つ年上で、洛南でインターハイ優勝を果たした先輩なんですが、僕が高校に入ってからも時々練習を見にきてくださって面識ができて、「この人とやりたいな」と思いました。「一緒にやりたいな」ではなく、「対戦したいな」という気持ちが強かったんです。
— 大学で実際に福澤選手と対戦した時は?
1年の全日本インカレ準決勝で対戦して、ブロックで福澤さんを止めたのは思い出に残っています。ただその頃はそうした感慨よりも、4年生の先輩たちの「オレらは今年で最後だから絶対勝ちたいんだ!」という思いをずっと見ていたから、「それに応えたい」「この人たちを勝たせるために自分に何ができるんだろう?」ということしか考えていませんでした。
特に4年生だった清水(邦広・パナソニック)さんは自分にも人にも厳しい人でした。当時はBチームもすごく強くて、AB戦をしたらAチームが負けることも多かったんですけど、そうすると清水さんは「これじゃダメだ。ワンマンするぞ!」って、Aチームのワンマンが始まる(苦笑)。その中でも清水さんは、「オレはもっと厳しくしてくれ」と言って、絶対取れないようなところまで飛ばされたりして、自分で追い込んでいました。
— ただその年の全日本インカレは準優勝でしたね。
はい。決勝で米さん(米山達也)の日体大に負けました。フルセットの末に米さんが打ち勝ちました。ものすごく悔しかった…。先輩たちを勝たせてあげられなかったというのが。あれだけ一生懸命やってきて、たぶんどこよりもしんどいことをやって、自分たちを追い込んで追い込んで、追い込みすぎて吐くぐらいまでやったのに勝てなかった…。本当に悔しくて、その反動が次の年に出たと思います。2年の時は学生に負けることはなくて、5冠(春季リーグ、東日本インカレ、東西インカレ、秋季リーグ、全日本インカレ)を獲りました。

2mの選手と駆け引きを繰り返す毎日が成長の源に

— 大学卒業後、サンバーズを選んだのはどうしてですか?
地元(京都)の近くに帰ってきたかったからというのが一つです。高校生の頃からユースやジュニアの合宿で箕面の体育館にはよく来ていて、便利で住みやすい場所だなと思っていましたしね。親によると、昔から「サントリーに入りたい」と言っていたらしいです。僕にはそんな記憶がないんですけど、ユースやジュニアの合宿で来ていた時に合宿所のご飯がおいしかったので、そんなことを言ったのかもしれません(笑)
— 大学2年までミドルブロッカーとアウトサイドの両方をやっていたということですが、その後ミドルブロッカーに絞ったのは?
向いているのはミドルだなと自分で思っていましたから。高いトスを打つのが苦手なんです。でもサイドをやっていたからこそ、ミドルを器用にこなせているのかなと思います。
— Vリーグでは身長192cmはミドルブロッカーとしては小柄と言えます。それでもこの世界で生き残り、他チームの2m級のミドルブロッカーを相手にあれだけ小気味よくスパイクを決められるのはどうしてなのでしょうか?
僕がサンバーズに入った当初はミドルが2m級の選手ばかりで…(山村)宏太さん、スーさん、坂本(雄一郎)さん、二木(健太)さん、僕より10cmぐらい大きい選手ばかり。特に宏太さんとスーさんはすごくて、普段の練習に2人がいる時点で、もう(試合で)それ以上のブロッカーっていないんですよね。今まで対戦した中で宏太さんが一番すごいミドルだと思います。身長もあるし、しかも器用。
器用なミドル同士にしかわからない部分があるんですけど、クイックは速く打つんですが、あの短い1秒もない時間の中でいろいろな駆け引きをしているんです。例えばAクイックに入って、クロスに打つと見せかけてターンに打ったとしても、宏太さんはそれを見てこう手を出せる。だからこちらは、「じゃあさらに裏をかいてこうしよう」みたいなことを常に空中でやっているんです。
— 普段の練習中から駆け引きが磨かれるんですね。
そうです。宏太さんは、わざとクロス側を空けておいて、最後の最後にそこを締めにいく、みたいな駆け引きもしてきましたから。スーさんもそういう感じで、だから対ミドルにすごく強いですよね。そういうことを毎日2mの選手を相手にやっていたので、試合では何も怖くない。トスさえ合えば普通に…という感じです。
— 今シーズンのV・プレミアリーグを振り返って、サンバーズに足りなかったものは何だったと感じますか?
古い考えだと言われるかもしれませんが、やっぱり気持ちの部分だと思うんです。勝ちたいんだったら、各々がもっとできることがあったんじゃないかと。
僕らの場合は、クイックが合っていないんだったら、ちゃんと合うまでセッターと合わせたのか。怪我が多い選手だったら、怪我をしないためにもっと体のケアができたんじゃないか。サーブレシーブで狙われる選手だったら、「強いサーブが来てもオレは返せるんだぞ」というところまで、練習内でも練習後でも、何かしたのか。そういったところでちょっと甘えがあったんじゃないか。スマートに勝てる試合なんてないんだから、もっと泥臭くなっていいんじゃないかなと思います。
あとは、自信がなかったのかな、というのはすごく感じました。せっかくリードしていても、最後の最後にミスが出てしまった。
— 1つのミスから連続失点してしまう場面も多かったですね。
そうなんです。たった1個のミスが何だと言うんだ、ということですよね。ロボットじゃないんだから。ミスをしないのはロボットであって、人間だからこそミスをする。ミスをして当たり前なんだから、それに引きずられずに、「もう1本来いよ!」ぐらいの勢いを持ってやっていかなきゃいけないと思います。
— 塩田選手がこの先、選手として成し遂げていきたいことは?
僕が入ってからサンバーズはリーグで優勝していないので、やっぱりリーグで優勝したい。一度と言わず何度でも。それと同時に、いいチームで、強いチームにしたいですね。そのためには個人個人が気持ちの持ちようを変えないといけない。僕自身は、技術とバレーへの熱意、そういうものを体現していけたらなと思います。
— 4月30日には今季最後の大会、黒鷲旗が開幕します。
まずは「勝ちたい」という気持ちを表に出して、泥臭くやっていきたい。僕らはリーグで6位という成績で、強者ではないんだから、失うものはない。その分思い切って、ミスを恐れずに戦いたいですね。皆さん、応援よろしくお願いします!

塩田 達也

京都府京都市出身。ミドルブロッカー。

幅の広い攻撃で、相手ブロックを嘲笑うかのように切り裂き、あどけない笑顔とは裏腹に、熱い一面も垣間見える。セッターからの信頼も厚く、サンバーズの得点源となるMB

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