「とにかく結果を」。全日本での焦りと競争心

— 今年は6月のワールドリーグで全日本デビューを果たしました。
やっぱり全日本はレベルの高い人たちの集まりでしたね。いつチームに帰されるかわからないので、とにかく結果を出さなきゃいけない。他のリベロよりいいプレーをしなきゃという焦りや競争心がすごくありました。マサ(柳田将洋)のように代表の中ですでに信頼をつかんでいる選手は、不得意なプレーにあえて挑戦することができると思いますが、僕らは練習の中から結果が問われる。そんな状況でずっとやっていたので気持ちは強くなったんじゃないかと思います(苦笑)。特にリベロは、1つのミスでその前の10個のプレーがパーになったりするのできつかったですね。
— とにかく得意な部分をアピールしなければならなかった?
そうですね。僕は何が得意かと言われたら、それほどないんですけど、他のリベロにはないオーバーハンドでのレセプションを積極的にやって、そこは評価していただけたと思うので、自分の中の精一杯のアピールはできたかなと思います。でも結果的にワールドリーグ後にこっちに帰ってきて、最後まで残ることができなかった。これが現実です。そんな中で、(ワールドグランドチャンピオンズカップには)同級生の井出(智)や1個上の浅野(博亮)さんが残っていた。同世代の人たちなので、やっぱり負けたくないという気持ちはありますね。
— 全日本で海外のチームと対戦して感じたことはどのようなことですか?
自分に一番足りないのは、海外の選手の強いジャンプサーブに対しての対処法だと感じました。レセプションは、マサや石川(祐希)よりもうまい自信はあります。でも海外の強いジャンプサーブに対しては、彼らは真上に上げたり、Bパスで返したりできるんですが、僕は相手コートに返ってしまったり、ポイントを取られたりしていたので、そこの経験が、ずっと全日本でやってきたマサたちとは全然違うんだなと感じました。
もう一つの課題はディグですね。もともとサンバーズでもディグは強くない選手だったんですが、代表でリベロがディグを上げられなかったらやっぱりダメ。そこは完全に実力不足だと感じました。
今年サンバーズは荻野(正二)さんが監督になって、ディグ練習に力を入れ、内容も量も濃くなった。ちょうど僕が全日本で今まで以上にディグの力不足を感じて、ディグ練習に対する意識も高まって帰ってきたところに、そういう練習をやっていたので、自分の気持ちとぴったり一致しました。その分、昨季のリーグやワールドリーグの時よりも上がるようになったという実感はあります。

「リベロとして生きる」という一大決心

— 全日本から帰ってきて感じたサンバーズの雰囲気はどうでしたか?
荻野さんは体のことを気にかけてくれたり、よく話しかけてくれますし、昨季まで選手だった山村(宏太)さんもコーチとしていてくれるので、スタッフと選手が近くてやりやすいです。あとは先ほども言ったようにディグに力を入れていて、コンセプトがハッキリしている。その成果が9月の近畿総合で出ていて、(山本)湧や(小川)猛もよくディグを上げていたし、やろうとしている泥臭いバレーがハッキリ見えていたので、このままやっていけばリーグにもうまく入っていけるのかなと感じています。
— 攻撃面はどうでしょうか?
選択肢の幅が広くなったというか、バックアタックに対する意識が高くなったと感じます。今年はマサがいなくなったことも影響しているかもしれません。昨季は攻撃面はジャン(エスコバル)とマサに頼ってしまっていて、そういうつもりはなくても、どこかに、「レセプションがちょっと短くなってもマサとジャンが何とかしてくれる」とか、セッターも「そこに上げておけばどうにかしてくれる」みたいなところがあったかもしれない。でも今年マサがいなくなったことでそれがわかって、1本目2本目への意識が高まったし、他のスパイカー陣も「自分が決める」という気持ちが昨季よりも強いと思う。だから、マサがいなくなったのは痛いけど、それで逆に強くなれた部分もあるのかなと感じます。
— 鶴田選手は、昨季はウイングスパイカーとして出場していた時期もありましたが、今季はリベロに専念するそうですね。
はい。もともと自分の意志としては1年目からずっとリベロでやりたかったので。今まではチーム事情もあって仕方がなかったんですが、今季荻野さんは「リベロで行く」と言ってくれています。
— 小柄でも昨季はウイングスパイカーとしてしっかり役割を果たしていました。リベロに専念したいのはどうしてですか?
大学まではウイングスパイカーでしたが、サンバーズに入る時に「リベロで」と誘われて、「これからはリベロとしてずっと生きていく」という覚悟をしたんです。それは一大決心でしたから(笑)
小中高大学とバレーをやってきて、中学まではブロックの上から打ち込めばよかったんですけど、高校に入って上から打てなくなり、速い攻撃に変えて、大学生になったらもうエースとしてはやっていけなかった。Vリーグとなると、それまでのステップ以上に厳しいものになる。最初は「これ以上はサイドじゃ無理だな」という、もしかしたら逃げだったのかもしれないけど、そこにリベロという選択肢があるんだったら、これはチャンスだなと思って、決心しました。

守備が楽しくなった中学時代が原点

— 鶴田選手がバレーを始めたのはいつ、どういうきっかけだったのですか?
小学1年生の時に、1個上の友達に誘われて、姉がやっていたこともあって始めました。チームに入ってみたら、監督がめちゃくちゃ怖くて(苦笑)。辞めたいと言ったんですけど、親が厳しかったので、一度やると言ったものを辞めることは許してもらえませんでした。
— 辞めたかったのに、中学校でも続けたんですね。
確かに……なんでだろう?(笑)。スポーツで上に行きたいというのを持っていたからかな。僕、本当は野球が大好きなんですよ。今からでも野球選手になりたいぐらい(笑)。中学では野球部に入りたかったんですけど、小学校から野球をやってきたやつらがいっぱいいるのに、自分がそこから野球を始めて、野球で生きていけるのか?と考えたら、ビジョンが見えなかった。自分が小学校の6年間、バレーでどれだけ成長できたかわかっていますから、野球をやっていたやつもそれだけ成長してきたということ。だからもうバレーやるしかないなっていう、そんな感じでしたね。小学6年生にしてもうそこまで考えてました。
— 現在の“リベロ鶴田”の原点は?
中学時代だと思います。そこで初めてちゃんとレシーブを教わったんですよ。小学生の時はスパイクが好きで、ガンガン打つばかりでレシーブは適当にやっていましたけど、中学の時の先生に習って、レシーブが楽しくなったんです。その先生はバレー経験者ではなかったんですが、教えるのが上手で、いろいろと練習を工夫してくれたし、できるようになるのが自分でも目に見えてわかりました。たぶんその先生に出会っていなかったら、スパイクだけガンガン打ち続けて、今頃ここにはいなかったと思います(笑)
— まもなくサンバーズでの3年目のV・プレミアリーグが開幕します。今季の目標を聞かせてください。
リーグと天皇杯、この2つは僕が入ってから優勝したことがないので、どうしても優勝したいという思いは強いです。今季は“つなぐ”というスローガンを掲げ、拾ってつないでという泥臭いバレーを作り上げている中で、やっぱりリベロが一番それを率先してやることで、勝てる試合は絶対に増えると思うので、僕がやりたいのはそこですね。派手なディグをしたり、強力なサーブをAパスで返したり、そういうことも大事かもしれないけど、それ以上に、本当に泥臭く、壁までボールを追って、ぶつかりながらでも上げて、少しでも誰かが触ったボールを必死につなぎにいく。そういう姿勢をリーグを通してやっていきたいです。
— 最後にファンの皆さんにメッセージをお願いします。
“つなぐ”というテーマをチームみんなで、何より僕自身が体現して、優勝できるよう頑張ります。楽しい試合をお見せできると思いますので、ぜひ会場に足を運んで応援してください!

鶴田 大樹

福岡県三井郡大刀洗町出身。リベロ。

高いポテンシャルと抜群のバレーセンスをもつサンバーズの守護神。
レセプション、ディグの他、正確なつなぎのプレーも必見。
コート後方から的確な指示を出す、ディフェンスのスペシャリスト。

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