コンビを操る醍醐味に惹かれて

— 岡本選手がバレーを始めたきっかけは?
僕には兄が2人いるんですが、二番目の兄が指導を受けていた中学のバレー部の監督に誘われて、中学から始めました。小学生の時はサッカーをしていたので、中学でもサッカーをやろうと思っていたんですけど、中学の部活動の中で一番バレー部が強かったし、県で1位2位を争っていたくらいだったので、やってみようかなと思って。
— 最初からセッターで?
そうですね。スパイクも得意だったので打つのは楽しかったんですけど、スパイカーになりたいとは思わなかったです。僕が3年の頃は変則的な布陣で、クイックも打てるしサイドからも打つというスパイカーが4人もいて、いろんなパターンのコンビネーションができたので、それをセッターとして操る方が面白かったんです。
— その頃から「将来はバレー選手に」という気持ちはあったのですか?
いえ、将来は理学療法士になりたいと思っていました。僕の祖母は、僕が物心ついた頃からずっと寝たきりで、話すこともできなかった。小さい頃から「なんでだろう」とずっと思っていて、こういう人を助けられたらなと考えるようになりました。この筋肉はどうやったら動くんだろうとか、体のことにも興味があったので、自分は向いてるんじゃないかというのもありましたし。バレーは、楽しいからやっているのであって、将来どうこうというのはあまり考えていなかったですね。
— そうなんですか。それでも、高校以降、ユースやジュニア代表に選ばれて世界が広がり、その先を考えることはありませんでしたか?
それはありましたね。ジュニアの世界選手権に出て初めて世界と戦った時、同年代なのにこんなに差があるのかと驚きました。体格が全然違った。ただ、絶望的な試合ではなく、結構張り合うことができて、みんな何かしら手応えをつかめていた。だから、もっとこういうところでやりたいな、シニアの代表でもできたらいいなと思うようになりました。なんだか懐かしいですね(笑)
— ジュニアといえば、以前この『in Focus』の松崎廣光選手のインタビューで、松崎選手がジュニアに行くのを辞退しようとしていた時、岡本選手のメールでまた頑張ろうと思ったという話がありました。
ユースのアジア選手権で、たまたま最後にミスをしたことで、松崎はネガティブになっていたと思うんですけど、僕にとって頼れるのは松崎だけだったんです。その他の選手は年下だったので、年下に弱いところを見せるわけにはいかないし。ユースで世界選手権出場を逃したふがいなさがあって、僕もジュニアはどうしようかな、と思ったんですが、僕としてはもう少し何かできるんじゃないかと思ったし、「アジアで勝ったらその先は何が見えるんだろう?」という興味がありました。でも1人でジュニアを引っ張っていく自信はなかったので、やっぱりパートナーとして松崎が必要だったんです。生半可な絆ではなくて、ずっと一緒に乗り越えてきたやつなので。松崎と2人でいろんなコンビを組むのも楽しかったし、そのコンビでもう一度力を証明したいという思いがありました。
— その結果、ジュニアのアジア選手権で準優勝して世界選手権に出場したんですね。
はい。アジア選手権で重要な試合となったイラン戦の最後も、松崎に上げると決めていました。
— その選手とV・プレミアリーグでも同じチームでプレーしているんですね。
長い付き合いですね。でもこれまでまだサンバーズでは2人で一緒にコートに立つことは多くなかったので、もっともっと一緒にプレーしたいなと思います。もう1人同級生には米山(達也)もいますしね。3人揃ったら小さいですけど(苦笑)、それでも3人が主軸でやるという形になりたいと思ってます。米山とは、大学4年のアジア太平洋カップで初めて一緒になりました。その頃から、「上げやすいな」「コンビもすごく合うな」と感じていました。米山にもサントリーから誘いが来ていると聞いて、「一緒に行こうよ」と誘ったのを覚えています。

「正セッター」という概念がなくなった

— 今年は島田桃大選手も加入してセッターが4人に。ポジション争いがさらに激しくなりますが、その中でやはり「正セッターで」という意気込みは強いですか?
そうですね…、少しでも多くコートに立って活躍したいなとは思いますが、「正セッター」という概念が最近あまりないんです。一昨年(2012/13シーズン)、阿部(裕太)さんと僕が2人で出て、うまく回ったという印象を持っているので。
— 2012年に阿部選手が加入し、パオロ・モンタニャーニ監督は阿部選手と岡本選手の2人を併用していました。
阿部さんが入ったことで、普通だったら焦ると思うんですけど、僕はなんか、ほっとしたというか…(苦笑)。それまでがすごく苦しかったので。
— それまでの2年間はずっとメインでトスを上げていましたね。
ずっと同じコンディションを保って、同じプレーができる人というのはなかなかいないと思うので、正直きつかったと言えばきつかったです。でも阿部さんが入ったことで、僕の調子が悪いときは阿部さんが何とかしてくれる。阿部さんが悪かったら、自分が活躍するチャンス、と思うようになりました。それが一昨年にチームがうまく行った要因なのかなと思います。土曜日は僕で日曜日は阿部さんだったり、対戦相手によって変えたり。監督としては「この相手に対しては岡本のトス回しが有効だ」という意図があったと思いますし、自分もそこに集中していい準備ができていました。今年はさらにタイプの違うセッターがたくさんいるので、相手は嫌なんじゃないですかね。トス配分や癖が試合ごとに違ったら対策を練るのが大変だと思いますから。そういう意味では、正セッターで出たいというよりも、一昨年や昨年以上に、自分の個性をマックスに出せるんじゃないかなと思います。
— 岡本選手が出していきたい個性というのは?
相手をだましたいですね。こっちだと思わせておいて逆をつく、みたいな。中学生の頃から、ブロックがノーマークになって決まった時が一番気持ちよかった。「こっちだと思ったでしょ?」って。そういうのをやっていきたいです。
— 岡本選手がよく口にする「トリッキーなプレー」ですか?
長年言ってますね(笑)。そういう意表をつくようなプレーは、見ている人も面白いと思うので、そんなコンビをもっとやっていきたいですね。
— 今シーズンは新たにジルソン・ベルナルド監督が就任しましたが、新監督の印象は?
今はまだ初歩的なことに重点を置いて練習しています。パオロ監督は組織作りを重視していて、初歩的な部分ができていない選手は自然と外れていくという感じだったんですが、ジルソン監督はその初歩の部分から変えようとしているのかなと感じます。
人柄は…冗談好きな人ですね(笑)。僕は「ちっちゃいさん」と呼ばれています。それに、すごく熱い人だなというのは垣間見えます。「もっと盛り上げて練習しようよ」と言われたり、いいプレーが出たら「オッケーオッケー!」と誉めてくれる。初歩的なミスをしたら、顔がしかめっ面になりますしね。
— これからのチームの変化に注目ですね。最後に、ファンの皆さんにメッセージをお願いします。
ジルソン監督も、「楽しんでプレーしなさい」という話をよくしてくれますから、勝つことは当然ですけど、今シーズンはいろんなことにチャレンジしながら、プレーを楽しめるようなシーズンにしたいと思います。ファンの皆さんと喜べる瞬間を1試合でも多く増やしていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。

岡本 祥吾

熊本県上益城郡出身。セッター。

冷静に相手を分析し、変幻自在にボールに操る司令塔。トリッキーなトス回しは必見。

このページの先頭へ