連載企画

Our Passion

-挑戦に懸けるアスリートたちの想いー

編集協力:朝日新聞総合プロデュース室

PASSION FOR CHALLENGE
UP DATE 2018.05.18
#50

「死と向き合い、もう一度トップチームで戦いたいと思った」

車いすバスケットボール

本田 怜選手

サントリーオフィシャルパートナーチーム「宮城MAX」所属

  • .競技との出会いは?

    1歳9か月のとき、車による事故で脊髄を損傷し、物心ついたときには車いす生活をしていました。小学校から中学3年まで水泳をやっていたのですが、ある日、同じ練習会場で宮城MAXの選手の練習を観る機会がありました。そのとき、ある選手から「バスケ用の車いすに乗ってみないか」と誘われます。乗せてもらったら、これまでの日常用車いすとはまったく別物なんです。小回りがすごく効くし、スピードも出せる。〝こんな凄いものがあったのか〟と衝撃を受け、高校入学と同時に車いすバスケを始めました。

  • .実際にプレーをしてどうでしたか?

    他の選手のプレーを真似してみましたが、自分にはまったくできませんでした。車いすをこぎながらボールを扱うことは、最初のうちは凄く難しかったです。また車いすバスケにつきものの激突も、最初はものすごく怖かったです。この競技は、自分には向いていないかもしれない、とも思いました。
    でもある時、藤井新悟選手のプレーを間近で観る機会がありました。その時、〝こんな格好いい人がいるんだ、自分も藤井選手みたいになりたい。もう一度頑張ろう〟と思ったんです。あの時、藤井選手に会っていなければ、僕はバスケを辞めていたかもしれません。チームメートとなった今も、コートでの藤井選手のプレーに惚れ惚れすることがあります(笑)

  • .プレーにおいて心がけていることは?

    自分は持ち点1.0で、ボールの保持も難しい。でもそれを逆手にとれるのが、車いすバスケの面白さです。僕が相手のハイポインターを一人抑えるだけで、自分たちのチームはうんと攻めやすい状況になります。うちのチームのハイポインター、藤本怜央選手や土子大輔選手らを少しでもゴールの近くにいかせるために何をすべきか。それを常に考えています。僕の場合、試合中にシュートを狙えるチャンスは限られます。だから常に少ないチャンスを確実に決める気持ちでいます。現在、キャプテンの豊島英選手が海外のチームでプレーしているため、通常の練習では副キャプテンの僕がキャプテンを代行しています。声を積極的に出してチームを盛り上げるなど、よい雰囲気づくりも心がけています。

  • .困難に直面して乗り越えた経験は?

    僕は高校3年のときに一度、宮城MAXに入ったのですが、その後、けがをしたため別のチームに移りました。そして4年前に睾丸腫瘍が見つかりました。幸い、早期に発見できたので、切除して今は完治しています。でもさすがに当時は、不安な日々を送りました。そんなとき、藤本怜央選手と奥さん、高橋浩則選手らが見舞いに来て、励ましてくれました。そしてがんの手術後、僕は宮城MAXに再度入団します。死と向き合ったことで、もう一度トップチームで戦いたい、という強い気持ちが生まれたのです。死の恐怖、がんを乗り越えられたのは、車いすバスケがあったからこそだと思います。

  • .今後の目標、夢は?

    まずは5月の日本選手権で10連覇を達成したいですね。今、妻が妊娠しているので、子どもが生まれ、もの心つくまではバスケを続けたいと思っています。試合で格好いいところを見せることができれば最高なんですけどね。将来はトップチームではプレーできない人、環境がなくて車いすバスケができない人のためのチームをつくったり、若手を育てたりするなど、チャレンジド・スポーツを盛り上げる手助けをしたいです。

  • .読者へのメッセージをお願いします。

    僕が始めた頃は、車いすバスケという競技がまだまだ世間に知られていませんでした。ここ10年で、車いすバスケへの世の中の関心は大きく変わりました。メディアによくとりあげられるようになり、サポートしていただける企業も増えました。試合ではどうしてもハイポインターが目立ちますが、このスポーツはもともと脊髄損傷の人たちが始めたものです。車いすバスケの根底には、今もそのような発想が引き継がれています。持ち点4.5と1.0の人では身体能力はまったく違います。そういう人たちが、同じコートで、まったく対等にプレーをしているところが、このスポーツの奥深いところです。プレーもどんどん進歩し、高度になっています。ぜひ一度生の会場で、このスポーツを体感してほしいです。

サントリー主催の車いすバスケ体験教室では講師として参加。

プロフィール

Profile

本田 怜選手RYO HONDA

サントリーオフィシャルパートナーチーム「宮城MAX」所属

  • 1986年7月28日生まれ
  • 宮城県石巻市出身/宮城県岩沼市在住
  • 障がい名:痙性麻痺による両下肢不自由
  • 高校1年生の頃に当時の宮城MAXのベテラン選手に誘われて競技を始める
  • 主な大会出場実績
    2005年 U23世界選手権大会 日本代表 (準優勝)
    2017年 日本選手権大会 宮城MAX (優勝) ※9連覇
    2017年 全日本ブロック選抜大会 東北選抜 (優勝) ※個人賞ベスト5
  • 家族構成:妻
  • 趣味:旅行