連載企画

Our Passion

-挑戦に懸けるアスリートたちの想いー

編集協力:朝日新聞総合プロデュース室

PASSION FOR CHALLENGE
UP DATE 2018.05.14
#46

「40代半ば、自分が頑張る姿で、若手の奮起につなげたい」

車いすバスケットボール

高橋 浩則選手

サントリーオフィシャルパートナーチーム「宮城MAX」所属

  • .競技との出会いは?

    19歳のとき、バイク事故で脊髄を損傷しました。腰の一番うえの脊髄の部分を脱臼骨折し、なかの神経が完全に切れてしまったのです。〝一体これからどうすればいいんだろう〟と、かなり落ち込みました。神奈川リハビリテーションセンターに入院し、先の見えない、目標のもてない日々を送っていました。
    ただ同じ病院に、ある車いすバスケの選手が入院していました。彼は、勝手に先生から外出許可をもらい、無理矢理、僕を車いすバスケの日本選手権会場に連れていきました。
    実は僕は、事故を起こす前、小中高とバスケをやっていたんです。だからなおさら、車いすバスケには抵抗がありました。でも初めて車いすバスケの試合を観たとき、心からすごいと思いました。座った状態でスリーポイントシュートを入れることができる技術、そしてスピードと迫力に圧倒されました。車いすバスケがあれば、僕はこれからも頑張って生きていけるかもしれない。そう思って、この競技を始めることにしたんです。

  • .車いすバスケを最初に体験した感想は?

    最初に他の選手のプレーを観たときは、自分もこれくらいならすぐ出来るだろうと思いました。でも実際やってみたら、全然勝手が違う。バスケをやっていたので自信はあったのですが、まったく思い通りにいきませんでした。
    ゴールの真下からシュートを打っても、まったく届かない。ずっと病院で寝ていたため、筋力も落ちていたのですが、あまりにも届かないので愕然としました。また健常者バスケでも多用されるピック&ロールは、車いすバスケではとくに有効なプレーです。でもこのプレーを身につけるのに、思った以上の時間がかかりました。思うようにいかない歯がゆさを感じながらも、粘り強く練習を重ね、何年かしてようやく試合に出られるようになりました。

  • .チームのなかでの自分の役割は?

    僕は今年で45歳、宮城MAXに入って18年目になります。一時期は体力が落ち、動きも鈍くなったので、自分はもうこのチームに必要ないのではないか、と思ったりもしました。でも今年、就任した佐藤聡ヘッドコーチに、フィジカル面をかなり鍛えてもらいました。この10年で最も沢山のトレーニングを積み重ね、パワーをつけました。そうしたら、まだやれるんじゃないか、と欲が出てきました(笑)。40代半ばで体力的にきついのは確かですが、僕が頑張っている姿を見せることが、若手の奮起につながれば……。そんな気持ちで日々、練習に励んでいます。

  • .困難に直面して乗り越えた経験は?

    一番大きな困難は、やはり19歳のときのけがでした。それ以降では33歳のとき、北九州チャンピオンズカップ前の練習ゲームで、左肩を思い切り脱臼したときです。練習会場から病院に運ばれ、結局、本戦に出ることはできませんでした。医師からは、これからもバスケを続けるには、仕事を2、3か月休んで手術やリハビリに専念する必要がある、と言われました。そこまでしてバスケを続けるかどうか悩みました。でもそんな危機も、チームの仲間や家族の励ましもあり、何とか乗り越えることができました。

  • .今後の目標、夢は?

    まずは日本選手権の10連覇ですね。バスケ以外では、将来的には英語を勉強して、ボランティアをしたいと思っています。東京オリンピックで外国の方が沢山訪れるので、そういった方の案内をしたり、バスケ関係でも何か英語でできたりすればいいなと思っています。

  • .読者へのメッセージをお願いします

    車いすバスケは、障がい者スポーツという枠組みから外して考えたほうがいいくらい、競技性の高いスポーツです。最近では入場料をとる大会も始まりましたが、お金を払ってでも観るに値する競技だと思います。ぜひ純粋に、一つのスポーツとして観てもらいたい。きっとほかの競技にはない魅力に気づくと思います。

車いすバスケット出張体験教室「アスリート・ビジット」にも講師として参加

プロフィール

Profile

高橋 浩則選手HIRONORI TAKAHASHI

サントリーオフィシャルパートナーチーム「宮城MAX」所属

  • 1973年8月14日生まれ
  • 秋田県出身
    宮城県仙台市在住
  • 障がい名:脊髄損傷(L1)
  • 19歳のときバイク事故。神奈川リハビリテーションセンターに入院中、パラ神奈川スポーツクラブの選手に誘われて競技を始める
  • 主な大会出場歴
    1995年〜2002年 パラ神奈川スポーツクラブで日本選手権に出場
    2003年〜2017年 宮城MAXで日本選手権に出場(※2011年は震災により大会中止)