Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ジン&イット

ビーフィータージン
47度
1/2
スイートベルモット 1/2
ビルド/カクテルグラス
グラスに順に注ぐ

マティーニの原型カクテル

カクテルの王「マティーニ」の誕生説はさまざまに語られている。原型とされる有力な説は「ジン&イット」で、ウエブスターの『新世界辞典』にも記載されている。イット(it)とはイタリアの綴りのアタマ2文字を指す。

19世紀半ばにイタリアの酒類メーカーが、自社のイタリアンベルモットを大々的に売り出すためにジンとスイートベルモットを合わせたカクテルをPRしたことにはじまるらしい。

ただし、この時代のジンは砂糖で味付けした甘口のオールド・トム・ジンが主流だった。そこにスイートベルモットである。しかも現在のような冷蔵設備なんぞ、まだ夢見る頃であったから、甘口ジンが冷やされている訳がない。つまり常温の甘ったるい、真っ赤なカクテル、それが当時の「ジン&イット」である。

ドライベルモット(その昔はフレンチベルモット)が誕生したのはその後のこと。また切れ味のあるロンドン・ドライジンが広く流通したのは1870年代以降になってからのことである。

カクテルの変遷でいえば、19世紀後半にまず「ジン&イット」のジンのベースがライウイスキーに変わり、カクテルの女王「マンハッタン」が誕生した。つづいてイットのほうのスイートベルモットがドライベルモットに変わり、「マティーニ」が生まれた、と推察する。

瓶詰めカクテルの広告が掲載されている1892年発行のアメリカの新聞を、マティーニの歴史資料で目にしたことがある。そこには「トム・ジン&ベルモット」(つまりジン&イット)、「マンハッタン」、そして「マティーニ」の瓶詰めボトルが並んで紹介されていた。

19世紀末のアメリカで、すでに瓶詰めカクテルが市販されていたことに驚いたのだが、それとともにオールド・トム・ジン&スイートベルモットの「ジン&イット」の人気もまだ根強かったことを物語ってもいる。


さて、現代はどう味わい楽しむか。冷蔵庫はなく、氷の入手が困難な時代に生まれたカクテルだから、本来ならばジンもベルモットも常温である。でも、冷えて冴えたカクテルの味わいに慣れ親しんでいるいまの我々には、ロンドン・ドライジンの「ビーフィータージン47度」くらいは冷やしてあったほうが飲みやすいのではなかろうか。

つくり方だが、最近はミキシンググラスでステアするバーテンダーも多い。わたしはこれだけはお断りしている。やはり本来のビルド(グラスに直接つくるやり方)で味わいたい。

カクテルグラスにまず「ビーフィータージン」を入れ、次にスイートベルモットを注ぐ。ベルモットはジンと混ざるように、グラスよりも高い位置から注ぎ入れる。そしてステアもなし。そのまま、決して液体を触らない。

ポンパドゥール夫人とシャンパングラス

この場合はカクテルグラスが重要になる。底がすぼまったラッパ型がベストなのだ。底が平面に近いクープ(Coupe)と呼ばれるグラスの場合、ベルモットを高い位置から注いでもジンとうまく混ざりあわないのだ。ベルモットが注がれると、ジンは底面がお椀のようにゆるやかに湾曲したクープグラスの側面を伝い上がってしまう。

それを口にすると、まずジンが立ち、後からベルモットの独特の甘みが追っかけてくる。これもいい、という方もいらっしゃるだろうが、やはりラッパ型グラスでよくミックスされたほうが味わいに角がない。口中がしなやかに潤う。

ここでクープ型グラスについてお話したい。ワイン通の方ならばよくご存知のことだろうが、お許しいただきたい。

現在はいろいろなスタイリングのワイングラスがある。しかしながらほとんどが1950年代後半から誕生したものである。シャンパングラスの場合、きめの細かい泡立ちや香りを楽しむ細長いフルート型の登場は歴史的には新しいものだ。

歴史を誇るのがクープ型シャンパングラスである。パーティーの乾杯やシャンパン・ツリーでお馴染みのこのグラスは、18世紀のフランス、ルイ15世(1710−1774)時代に生まれたものらしい。

クープグラスは飲み口が広いので注ぎやすい。しかも縁が広いだけに飲みやすく、顎(あご)を上げることなく、会話する相手の顔を見ながら飲める。シャンパンの泡が抜けやすく、タブーであるゲップが出にくくなる。こういう利点から社交界で長く愛されてきたのだ。

ルイ15世はシャンパンの普及に貢献した人物として知られている。このクープグラスは国王が寵愛していたポンパドゥール(ジャンヌ=アントワネット・ポワソン/1721−1764)公爵夫人の乳房を型にしてつくられたという逸話がある。彼女は贅沢の限りを尽くしたと語られているが、磁器のセーブル焼きの完成に貢献した人でもあり、とくに芸術分野への功績は大といえる。

さらには夫人が前髪をふっくらと高く大きくしてピンでまとめ上げた髪型をしたところ、そのスタイルが話題となり、女性たちは彼女のファッションを真似るようになったという。

あらためてじっくりとクープグラスを眺めてみた。たしかにオッパイの形をしている。すると、なんだかクープグラスで「ジン&イット」を飲みたくなってきた。この場合、ミキシンググラスでステアもいいか、となるから面白い。

酒はさまざまに楽しめる。周辺要素が影響しあって、新しいスタイルが生まれてくる場合もある。でも、やはりわたしはラッパ型グラスでビルドなんだな。

ジンの歴史や製法に関しての解説はこちら

「スピリッツ入門 ジン」

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第34回「終わりのない論争」マティーニ

第10回「ボンドとデュークス・バー」ビーフィータージン

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第25回「摩天楼の青い朝」マンハッタン

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 川田雅宏
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

ブランドサイト

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