Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

インク・ストリート Recipe Ink Street

ノブクリーク ライ 2/4
オレンジジュース 1/4
レモンジュース 1/4
シェーク/カクテルグラス
シェークして、カクテルグラスに注ぐ

500年近くに渡り印刷街として興隆

20世紀まで、我々広告製作者にとって印刷という部門はとても重要な役割を担っていた。新聞や雑誌広告をはじめポスター、チラシ、PR誌などさまざまな紙媒体が百花繚乱の様相を呈していたのだった。

ところが1990年代途中からデジタル印刷というものが登場する。そしていきなりIT分野が世の中を席巻してしまう。いま印刷業界はかなり衰退しているといえるが、産業そのものがなくなることはないだろう。

新聞や雑誌の苦戦は仕方がないにしろ、書籍の出版事業は大きく衰えることはないだろう。

歴史として印刷に革命をもたらしたのは1445年頃、ヨハネス・グーテンベルク(ドイツ・マインツ出身/1450年頃印刷所運営。最初の印刷はドイツ語の詩であったといわれている)による活版印刷技術の発明である。羅針盤、火薬と並びルネサンス期の三大発明とされている。

それからは書物が大量に印刷されるようになり、当初のベストセラーは聖書をはじめとした宗教書であった。

20年ほど経つと、ヨーロッパ各地に印刷所が設立されていく。まずヴェネチアが印刷、出版の中心地となった。さらにイギリスでは1500年に最初の新聞社が設立される。これは世界的にも早い動きであった。

そして16世紀以降、ロンドンのフリート・ストリート(Fleet Street)がインク街(The Street of Ink)と呼ばれるようになる。

トラファルガー広場から金融街のシティ方面へと結んでいく大通りストランドは、王立裁判所を境にフリート・ストリートと名が変わる。ストランドとフリート・ストリートの境界にシティの守護獣であるドラゴン像が建っているのでとてもわかりやすい。シティの入り口を守っているのだ。

フリート・ストリートには、セントポール大聖堂、グリニッジ天文台、セントブライド教会などが通り沿いにある。かつてはこの通りに印刷所をはじめ、数多くの新聞社や出版社が軒を連ねたのだった。

約500年近くの長期に渡りインク街として興隆したのだが、1980年代後半になって通り界隈の不動産が高騰する。輪転機の設置には広いスペースが必要となる。まず新聞社が移転し、出版社も高い家賃には勝てずに移転するしかなくなる。いまでは昔の面影は薄れてしまった。

しかもインターネットでニュースがたちまち世界に流れる時代になってしまっている。それでも周辺はイングランド国教会のあるテンプルと呼ばれる地域にあり、宗教や法律関係に強い書店が残っており、多少なりともインク街であった痕跡がある。

何故にライウイスキーなのか

さて、今回紹介するのは「インク・ストリート」という名を冠したカクテルである。いつ頃、誰が創作したのかはよくわかってはいない。以前からカクテルブックに掲載されていてレシピは知っていたのだが、実のところ気になりながらも一度も試したことがなかった。

今回たまたま『“Harry” of Ciro’s ABC of Mixing Cocktails』(1923年ロンドン発行第2刷/連載第146回「オリンピック」参照)に目を通していたら、ロンドンのインク街のことだとの記述があってかなり奇妙に感じたのである。それはベースのスピリッツがライウイスキーであることだった。何故、アメリカンウイスキーがベースなのだろう、と不自然さを感じたのである。

ロンドンのインク街と知らないうちはライウイスキーがベースなので、アメリカのどこかの印刷メディアが集まった地域のことだと思い込んでいた。ロンドン発のシローズのカクテルブックを眺めながら、なんでウイスキーはスコッチではないんだ、と首を捻った。

ベースはスコッチウイスキー、もしくはジンベースであればしっくりくるはずではなかろうか。

しかしながらそんな疑問を抱いてもしょうがない。
ライウイスキーをリッチなコクのある大好きな「ノブクリーク ライ」にして試してみた。ライ麦由来のスパイシーなハーブ様の爽やかさ、ホワイトのオークのバニラ様の甘さや樽香がある。

さて、とてもシンプルなレシピ、オレンジジュース、レモンジュースを加えてシェークする味わいはどんなものなのか。

シローズのカクテルブックは1:1:1となっているが、現代のカクテルブックはライウイスキーを強調した2:1:1 である。

味わいにはフルーティーな酸味、とくにオレンジの清涼感がある。おそらく「ウイスキー・サワー」を好む人ならば受け入れやすい味わいなのではないだろうか。

後味にライウイスキーのスパイシーさが登場する。フワッとライの香味が戻ってくるような感覚である。ライのスパイシーさが、スコッチともバーボンとも異なる味わいに仕上がる。ライを使う意味があるのではなかろうか。

わたしはそう解釈した。つべこべのたまうよりも、古い歴史あるカクテルの面白味を素直に堪能するべきだと勉強させられた一杯になった。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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