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Liqueur&Cocktail

ほろ苦く、ほの甘く、ハーブが香るイタリアのリキュール。カンパリ カンパリは様々なハーブやスパイスを使ったちょっとビターなイタリア生まれの赤いリキュール。 宝石のように美しい色合いとほろ苦さに酔いしれる、大人のリキュールです。

  • 容量:1000ml、アルコール度数:25%
  • 容量:750ml、アルコール度数:25%
  • 容量:375ml、アルコール度数:25%
  • 容量:200ml、アルコール度数:25%
  • 容量:40ml、アルコール度数:25%

カンパリの誕生

ガスパーレ・カンパリ

1860年、イタリアのミラノ市にカフェを開いていたガスパーレ・カンパリがビッテル・アリーソ・ドランディア(オランダ風苦味酒)という名で自家製リキュールを発売し、人気を博したのが始まり。その後、お店のお客がこの長い名前の代わりに呼んでいた「カンパリの苦味酒(ビター・カンパリ)」が名前となる。
やがて、ガスパーレ氏はミラノに新しく建設された町の象徴であるドゥオモ(中心街)にカフェを移転。ドゥオモの新しいカンパリのカフェにはミラノ市民が集い、最新のニュースを収集する流行先端カフェとして当時非常にもてはやされた。

ドゥオモのカンパリカフェ

研究熱心なガスパーレ氏は、カフェの地下で様々なお酒を開発した。中には好評を博したものもあったが、息子のダビデ氏の代にビター・カンパリとコーディアル・カンパリ(フランボワーズを使った食後酒)に特化し、カンパリは大きく発展をとげた。

2代目ダビデ氏とカンパリ

ガスパーレ・カンパリの跡を継いだ息子のダビデ氏は、非常に商才にたけた人物であった。現在ではポピュラーなカンパリソーダ(カンパリをソーダで割る飲み方)。この飲み方は、ストレートで飲まれることが一般的であったカンパリを、当時流行していた白ワインを炭酸水で割る飲み方からヒントを得て、広めたのがこのダビデ氏である。

カンパリソーダ

また、今では世界190ヵ国以上で発売されるほど大きく広まったカンパリの基礎を築いたのもダビデ氏である。彼は工場を拡大し、スイスやフランスなどへの輸出を始める。カンパリが、“ミラノのカンパリ”から“世界のカンパリ”へと羽ばたき始めたのである。

カンパリカレンダーにも登場したオペラ歌手、リーナ・カヴァリエリ

ダビデ氏は宣伝にも熱心だった。
ダビデ氏の時代、カンパリは様々な広告をうった。中には今日一部企業の毎年の恒例として定着している美女カレンダーもあり、当時の有名なオペラ歌手などがそのモデルをつとめた。中にはもちろん、ダビデ氏と恋の噂のあった女性もいたとか……。カンパリが情熱のお酒、恋のお酒として知られるゆえんでもある。