連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2016年12月09日 最後まで異例尽くしのヴィンテージ

9月のラグランジュ便りで、2016年の天候が異例尽くしで「特別なヴィンテージになるかも知れない」と書きました。その後の天候は、本当に素晴らしく、特別なヴィンテージに「なるかもしれない」から「かなりの確率でなる」という期待が高まる収穫となりました。

まず収穫期の天候を振り返ってみましょう。9月前半に強烈な残暑に見舞われたことは前回書きました。9月の月間降水量はトータル66mmと平年より1割以上少なかったです。ただ、その少ない雨は中旬を過ぎてから、13日、16日、25日、30日と程良い間隔で降りました。この雨が「恵みの雨」になったのです。二ヶ月半に及ぶ極度の乾燥で、ぶどうは生理障害に近い状態になり、果実の成熟を一時的にストップしていました。乾ききった地面をうるおしたわずかな雨が果実を一気に成熟させてくれたのです。9月の平均気温も平年比+2.8℃と8月の平年比+2.9℃に次ぐ記録的で異例な残暑でした。2016年のぶどうは、ポリフェノールの量が偉大な年並みに高いポテンシャルを持っていることは週ごとに継続している分析で判っていました。偉大と呼ばれるワインになるかどうかは、そのポリフェノールを旨味になるまで完熟させられるかどうか?に、かかっています。10月の天候次第ではすべてが無に帰する可能性がある・・・それが今年のように成熟の遅い年の最大のリスクなのです。10月前半の天気予報は決して芳しいものではありませんでした。9月30日夜半から10月1日にかけて9mmの雨があり、中期予報も雨がちとの事でした。当初ポリフェノールが熟すのを待つためにメルロの収穫開始をギリギリまで待とうとしていましたが、保険の意味で樹齢の若い区画は10月3日に収穫を開始しました。しかしこの収穫初日に中期予報が一変したとの報せが入りました。なんと10月中旬にかけて一週間以上お天気が続くという素晴らしい予報に変ったのです。直ちに計画を変更しました。まず、2日間収穫を中断し、本格的なメルロの収穫を10月6日からすることにしました。天気予報を毎日見ながら朝と夕方、区画毎に成熟度を細かく確認し、完熟した区画のみを、ピンポイントで慎重に収穫していきました。ボルドーでは、収穫期である9月10月に、しばしば雨が降るのが普通です。今年は収穫開始後、10月13日の小雨以外ずっと晴れが続くという、異例な好天に恵まれました。カベルネ・ソーヴィニヨンの収穫は、はやる気持ちを抑えベストと思われる10月17日からのスタートと決めました。これは、なんと平年より二週間も遅い開始で、近隣のシャトーの幾つかは、今年の収穫をすべて終えていました。若干の雨も予報されていましたので、ここから一週間で約70haに及ぶカベルネを一気に収穫する選択をしたのです。

そして10月25日、過去最も遅い収穫となった2016年の収穫が終了しました。このヴィンテージは、実は私にとっては、忘れることのできないものになりそうです。というのも、10月16から24日までの日本出張が既に決まっていたので、この記録的に遅いカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫に立ち会えなかったのです。チーム・ラグランジュには200%の信頼を持っていますので、まったく不安はありませんでしたが、私の2004年の着任以来最も異例尽くしのヴィンテージの一番大事なカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫を見届けられなかったことは本当に残念でした。

帰仏後、すぐさまワインの品質を確認して、ボルド社長、そしてテクニカルダイレクターのヴィマル氏と固い握手を交わしたことは言うまでもありません。 ちなみに10月の雨量は14.4mm(平年比−84%)と、これまた異例の数字でした。2016年の収穫期の気象データで平年並みに収まったのは10月の平均気温だけでした。

異例尽くしの状況を、もう一つデータで示しましょう。今年の収穫時のカベルネ・ソーヴィニヨンの粒重は約1gと、過去最小と言われた2005年や2010年より更に15%も下回っています。一般的にタンニンの強さは、粒の小ささと皮の厚さに由来します。この粒重のデータは2016年のラグランジュがタンニン豊かな、力強いワインになるポテンシャルを持っている事を示しています。サンジュリアンではha当りの収量が前年を10%下回りました。この事は、良いヴィンテージであった2015年を上回る凝縮感のあるワインになる可能性を示しています。 ボルドー全体では今年のha当りの収量は昨年を上回っているとの事でした。マルゴーやペサックのシャトーから聞いた話では50hl/haを超えたシャトーも結構あったようです。サンジュリアンは、量の面では恵まれませんでしたが質への期待は高まる産地と言えそうです。いずれにしても、昨年に続いて笑顔で振り返ることが出来るヴィンテージとなった事は確かでしょう。

8月中旬に紅葉し落葉が始まった公園のマロニエ
写真1:カベルネと見間違う程に小粒で色調の濃いメルロ
日焼けにより干乾びた実が散見されるカベルネ
写真2:10月中旬の畑で完熟した見事なカベルネ
日焼けのダメージは強い日差しの当たる果房上部の南側に集中
写真3:紫を超えて黒に近い色調にまで完熟したプティヴェルド
8月中旬に紅葉し落葉が始まった公園のマロニエ
写真4:除梗機手前で果粒が果梗から自然に外れるのは完熟の証し
シャトー ラグランジュ
椎名敬一

葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。

 
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