
昨年、アイラ島のラフロイグ蒸溜所で麦芽をピートで燻すキルンの中に入れてもらったことがある。ピートの煙で燻製される麦芽の気持ちを味わった訳だが、白州蒸溜所では麦芽を糖化させる仕込槽がちょうど空いていたので、その中にもぐり込ませてもらうことになった。麦がウイスキーになっていく気持ちを文字通り身をもってトータルで味わいたいという望みが、じわじわと完成していく。
麦芽をお湯で糖化させるのが仕込槽だが、中に入ってみると、思った以上に大きい。中の雰囲気はモンゴルの遊牧民が暮らしているゲルのような感じだが、全体を形づくっているのは全て金属の板である。驚いたことに50センチ四方ぐらいのパーツがぎっしりパズルのように組み合わさってできている。掃除をするときは、順番に一枚一枚はずして取り出し、よく洗い、それをまた順番に一枚一枚組み合わせていくのだという。職人芸でなければできない世界だと直感。
その隣には10基の木桶の発酵槽が整然と並んでいる。近年では、この発酵槽は手のかからないステンレス製が増えてきたが、こだわりのある蒸溜所ほど手入れの面倒な木桶を頑固に使っている傾向がある。木桶は気温や湿度によって収縮や膨張があるから、そのコントロールが大変だがその反面、保湿性に優れているのだ。
宮本工場長が建物の周囲の窓を指さし、「あの窓の開閉も、どこをどのぐらい開けるか、或いは閉めるかということを瞬時のうちに判断する名人技の職人がいましてね。発酵に関係する乳酸菌などの微生物やこの森の空気の流入が複雑にからんでくるのをコントロールしているんですよ」
「なるほどね。ウイスキーづくりの環境はいろんな自然のファクター、特にいろんな生き物の影響を考えなければならないんですね」
「そうなんです。ウイスキーは生き物なんですよ。だから工業的に作ろうとすると失敗しますね。私ら技術者は工業的にアプローチしますが、最終的にはわからないことばかりです。ただし周囲の自然がウイスキーの基本を作っていることだけは確かです」
麦がウイスキーへ変わっていく気分を味わうために、次は蒸溜釜の中に潜入した。潜水艦のハッチを思わせる頑丈な扉を開けてそこからするりと入っていく。上手に入るためのコツがあるそうだ。発酵させたもろみをこの蒸溜釜に入れて直火で焚く。ここでアルコール度数70度のウイスキーができあがるのだ。純粋なウイスキーの赤ちゃんの誕生である。
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