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頭の中にあるレシピ

(銀座「バーよ志だ」吉田貢さん談)
「バーよ志だ」カウンター横の壁のカッパの面

マティーニに匹敵するほど難しいカクテル。それが水割りだと思います。私がこう言うのには理由があるんですよ。若い頃の話です。

私は修行時代に、今井清さんの仕事を見ては勉強してきました。飲み物をテーブルへ運び、洗い物を片付ける毎日――。自分が飲み物を作るその日に備えて、尊敬する大先輩の仕事を、凝視していたものです。

そんなある日、たいへんなことに気づきました。同じお客様に同じマティーニをお出しする場合であっても、今井さんの作るマティーニには、実はその日によって若干違う部分があったのです。驚きました。

今井さんは私にこう仰った。

「お客さんが店へ入ってきたらすぐに、お客様の今日の状態がどのようなものか観察しなさい。人間はその日によって体調も精神状態も違う。それに合わせて飲み物を微妙に調整しなくてはならない……」

この言葉、水割りにも当てはまるでしょう。とはいえ私自身がこれをこなせるようになったのは、ずいぶん後になってからのこと。言いかえれば、さまざまな経験を積んで、お客様の好みを体で覚えるようになってからですが……。

今では、よくお越しいただける常連のお客様のお好みはすべて頭の中に入れているつもりです。そしてお客様のその日の体調や精神状態に合わせて、もっともおいしいと感じられる水割りをお作りしようと思っています。

作り手の姿勢でいかようにもなるからこそ、水割りには細心の注意が必要ですね。

* 注:今井清。戦後の東京會館、その後はパレスホテルで腕を振るった伝説的名バーテンダー。ミスターマティーニといわれるこの人に、吉田さんは師事した。

昭和34年、吉田貢さんのお父さんが開いた銀座の老舗。その後、吉田さんのお兄さんが後を継いだが、8年前に亡くなられた後は吉田さんがカウンターの中に入った。建物自体は昭和初年の建築という店には、カウンター横の壁にお客さんから贈られたカッパの面がかけられている。吉田さんは言う。「昔、ウイスキーが貴重だった頃のお客さんは、1杯の水割りの色を眺め、その後でゆっくりと大事そうに飲まれました。いい光景だったと思います」

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