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ターザン

ターザンの代名詞となった「アーア、アー」のあの雄叫びはワイズミューラーの十八番であり、それが長年にわたり世界の人々の記憶に焼き付いたのだ。わたしなんぞワイズミューラーがターザン役を演じた時代にはまだこの世に存在しているはずもなく、それでも「アーア、アー」と叫びながら遊んでいた。その影響力は驚異というしかない。

今回の新作においても、最も強いインパクトを残したワイズミューラーが水泳選手だったことを意識して、現在のアメリカ水泳界の英雄マイケル・フェルプスをターザン役に抜擢する案もあったらしい。


さて、このターザンの原作者はアメリカのSF・冒険小説家、エドガー・ライス・バローズ(1875−1950)という人だ。バローズの作品はかなりの数にのぼり、シリーズ化されロングセラーとなって出版がつづけられた。火星シリーズ、金星シリーズ、地底シリーズなど多数ある。

ターザンシリーズの第1作は1914年に出版された『類猿人ターザン』。翌15年には『ターザンの復讐』、つづいて『ターザンの凱歌』『ターザンの逆襲』と1930年代まで毎年のように発表しつづけた。

その後も断続的に書きつづけ、シリーズ最後の作品は1965年発表の3篇による作品集『勝利者ターザン』ではなかろうか。作品数を数えてみようとしたが、こちらもたくさんあって途中で諦めた。日本でも翻訳本が多数出版されている。

バローズの書いた作品は映画よりもはるかに鋭い文明批判があるようだ。ジャングルの動物たちとともに悪だくみを企てる人間たちをやっつける冒険活劇のヒーロー像は映画によって構築されたものらしい。新作映画は原作を意識しているそうで、ロマンスにジャングルでのアクションと、映画としてのエンターテイメント性はもちろん、傲慢な植民地主義を描きだしているという。

わたしはいま、原作をちゃんと読んでみたいと思っている。そのときの伴はおそらくクラフトバーボン「ノブクリーク シングルバレル」となるだろう。

禁酒法が施行された1920年以前の深遠で力強くリッチなバーボンを目指してつくられた「ノブクリーク」を生む9年長期熟成樽原酒のなかから、さらに力強さやリッチな甘みが際立っている1樽の原酒だけを選び抜いたものだ。

バローズがターザンシリーズを書きはじめたのは禁酒法施行以前の1910年代。逞しく力強く、知的で繊細、そしてイギリス貴族の血を持つ野生児という複雑なキャラクターを見つめるには、シングルバレルという究極の1樽が抱いている複雑味がよく似合うのではなかろうか。

文明は急ぎ足で進む。だからこそ非効率ともいえる年月を要して育まれるクラフトバーボンを飲みながら、厳しく文明を見つめたターザンを読んでみたい。

(第45回了)

for Bourbon Whisky Lovers