バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえるバーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

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オールド・バーボン・ストーリー

*今回の連載内容は
第22回「ジャーマン・アメリカン」からのつづきです。

アメリカ建国時の13州は1791年にひとつ増え、バーモントが14番目の州となった。つづいて翌1792年にバージニア州ケンタッキー郡が独立してケンタッキー州となった。15番目の州ということになる。

この15州はいまのアメリカの国土からすると東部のわずかな面積でしかない。アパラチア山脈を超えたケンタッキー州は、まさに大西部への玄関口に位置していた。

バーボンウイスキー発祥の地といわれるバーボン郡の名は、独立戦争後の1780年代半ばに登場する。その頃のケンタッキー郡はファイエット、ジェファーソン、リンカーンの3地域に分けられていた。バーボン地域はケンタッキー郡の東部地域であったファイエットを分割して誕生した。それはアパラチア山脈寄りの地域である。

ところがケンタッキーが独立州となってからのバーボン郡は変貌する。1800年頃までに州全体が43郡に分割された。時を経てさらに細かく区切られ、今日では120もの郡に分けられている。いまのバーボン郡は120のひとつであり、面積はかつてに比べるとあまりにも小さい。またウイスキーづくりとはかけはなれた土地になり、しかもドライカウンティ、禁酒郡になっている。

18世紀末に誕生したといわれるバーボンウイスキーが具体的にどこでつくられたかは定かではない。オールドバーボンと呼ばれるバージニア州時代のケンタッキー郡のなかのバーボン地域を指していることに間違いはないだろうが、わたしはバーボン郡誕生説を素直に信じることができないでいる。

今回はジャーマン・アメリカンの話からは少し離れて、バーボンウイスキー黎明期についてわたしの推論をはさみながら語ってみる。ちょっとディープな話になる。今回の内容にはクラフトバーボンのブッカーズをおすすめする。アルコール度数63%前後。深い熟成感のあるビーム最高峰バーボンをじっくりゆったりと味わいながら想いを巡らしていただきたい。


バーボンウイスキー初期の歴史にはふたりの人物が登場してくる。

バーボン製造の記録として残っているのは1783年、現ケンタッキー州ジェファーソン郡ルイビルでのエヴァン・ウイリアムである。

バーボン製法を確立したとされる牧師エライジャ・クレイグがレキシントン(現ファイエット郡)の北に位置する、現スコット郡ジョージタウンに蒸溜所を建設したのは1789年のことである。

*今回の連載内容は
第22回
「ジャーマン・アメリカン」
からのつづきです。

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