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ミネラルウォーターの歴史

日本編:二千年以上も前にヨーロッパで始まったミネラルウォーターの日本での歴史について学びます。

日本のミネラルウォーターの歴史

日本で最初に市販されたミネラルウォーターは『山城炭酸水』と言われていて、明治13年(1880)の「東京絵入り新聞」に広告が掲載されてます。しかし、この水については、この新聞広告以外に『山城炭酸水』についての資料は残されていません。

そこで明治17年(1884)に発売された『三ツ矢平野水』が、日本におけるミネラルウォーターの元祖だと考えられています。日本のミネラルウォーターの歴史は120年以上にもなります。

こうした鉱泉水をアメリカ式に「ミネラルウォーター」と呼ぶようになったのは、戦後からです。昭和40年代に入り、日本が経済成長期を迎えるとウイスキーの需要が飛躍的に伸びていきます。この頃、サントリーがミネラルウォーターを発売し、ウイスキーをミネラルウォーターで割って飲む「水割り」を一般的に普及させました。

この飲み方は、主に家庭ではなくウイスキーを扱っている店舗で流行しました。それから数十年、日本人にとってのミネラルウォーターとは、お店で出される業務用ミネラルウォーターの事でした。

家庭でのミネラルウォーターの消費が増えたのは、昭和60年代に入ってからで、昭和61年(1986)にミネラルウォーターに関する基準が一部改正されたことがそのきっかけです。この時、ヨーロッパの無殺菌ミネラルウォーターの輸入が正式に認められ、ヨーロッパの大手ブランドが本格的に市販されたことで、ミネラルウォーター市場が拡大しました。

4年後の平成2年(1990)には家庭用ミネラルウォーターの消費量が、業務用を上回ります。それまでは嗜好品のように考えられていたミネラルウォーターが、生活必需品として多くの人に求められるようになったことを示しています。

平成11年(1999)にはY2K問題がおこり当時の小渕首相が「飲み水の備蓄を」と呼びかけたことも影響して、ミネラルウォーターの消費量が100万キロリットルの大台を突破します。

最近のデータでは、平成19年(2007)のミネラルウォーターの国内生産量と輸入量の合計は、過去最高の250万5000キロリットル。1997年の統計が約80万キロリットルで、この10年間で3倍近い成長を遂げています。

源泉地の環境保全

ナチュラルミネラルウォーターの基準において「源泉の汚染対策」が求められるヨーロッパ(EU)に対し、特に規定が設けられていない日本では、ミネラルウォーターの水源地とその周囲の環境保護が、最も重要な課題となっています。

山梨県北杜市白州町の「サントリー天然水白州工場」では、その水源の周辺約82ヘクタールの森林を保全し、水質を守る活動をしています。この保全地ではグリーンキーパーと呼ばれるスタッフが常に、森林の育成を見守っています。また、環境の変化に敏感な野鳥が環境維持のバロメーターになるという考えのもと、1973年から野鳥保護を目的とした「バードサンクチュアリ」という活動も行っています。水質に関しても「官能パネラー」と呼ばれる専門スタッフが厳しくチェックしています。

【参考文献】

  • 早川光著「ミネラルウォーターガイドブック・最新版」新潮社