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主催公演

サントリーホール 正午(ひる)の名曲定期便
通崎睦美(木琴)  〜よみがえる木琴 平岡養一の世界〜
2010年9月17日(金)12:00開演(11:20開場)

伝説の名木琴奏者、平岡養一(1907〜81)愛用の木琴を譲り受けた通崎睦美(つうざきむつみ)が、往年の平岡養一の世界を現代によみがえらせます。戦後、平岡によって日本全国で演奏され、子どもから大人まで幅広く親しまれてきた名曲、目を閉じれば昭和の情景が浮かぶ懐かしいメロディーの数々をお楽しみいただく、約70分のコンサートです。

出演者インタビュー、ランチメニューご紹介はこちら

公演概要
日時 2010年9月17日(金)12:00開演(11:20開場)
曲目 ブルック:ジー・ウィズ
フォスター(松園洋二編曲):おおスザンナ〜金髪のジェニー
マリー:金婚式
モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジークから第1楽章
ショパン:ノクターン 嬰ハ短調(遺作)
山田耕筰:からたちの花
山田耕筰:お江戸日本橋、かっぽれ
ファン・エイク:イギリスのナイチンゲール(『笛の楽園』から)
ロシア民謡(平岡養一編曲):ロシアン・ジプシー・メロディーズ
ポッパー:ハンガリアン狂詩曲
出演 木琴:通崎睦美(つうざきむつみ)
ピアノ:西脇千花
料金 指定4,000円
ランチセット 8,000円(各レストラン限定40席)
・ANAインターコンチネンタルホテル東京 日本料理「雲海」
・ANAインターコンチネンタルホテル東京 中国料理「花梨」
・トゥーランドット游仙境赤坂店(中国料理)
※ランチセット券はサントリーホールチケットセンターのみ取り扱い。
※当日、受付に引換券をお渡しください。お食事券と交換いたします。
会場 ブルーローズ(小ホール)
主催 サントリーホール
協力 ALM RECORD/コジマ録音
チケット

一般発売:2010年3月17日(水)

  • 電話申込:サントリーホールチケットセンター
  • WEBチケットぴあ:

    メンバーズ会員先行 2010年3月10日(水)10時〜3月16日(火)
    WEB先行 2010年3月12日(金)10時〜3月16日(火)

    一般発売 2010年3月17日(水)10時

インターネット申込はこちらから

出演者インタビュー

「人々の心に残る音楽とその時代を、木琴で伝えたい」
出演者 通崎睦美による曲目紹介

マリンバを習い始めたのは、5歳の時。音楽教室に行き、初めて楽器を見て一目惚れしたのがきっかけです。平岡養一さんとの出会いは、1977年、平岡さんの音楽生活50年を記念して全国約100カ所で開催されたコンサート「平岡養一・木琴人生」での共演でした。ツアー先でその土地の人々と共演するコーナーがあり、京都公演では、たまたま私が入っていた児童合唱団と共演することになったのですが、さらに「マリンバを弾ける女の子がいる」と、私が一緒にモンティ『チャールダーシュ』を弾くことになりました。夢中で演奏しました。もちろん、その時は、まさか30年後に再び平岡さんの木琴を演奏し、譲り受けることになるとは、夢にも思っていませんでした。
2005年、東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会で、紙恭輔『木琴協奏曲』(1944)を演奏することになりました。この曲は「平岡さんのために作られ、平岡さんによって初演されたものなので、平岡さんの木琴でしか演奏できない」ということで、ご遺族から楽器をお借りして演奏することになりました。この時の演奏がきっかけで、その木琴と楽譜一式を譲り受けることになったのです。
現在は、「鍵盤打楽器と言えば、マリンバ」となってしまいましたが、マリンバと木琴は音色も歴史も違う、全く別の楽器なのです。 戦前のアメリカで、戦中・戦後は日本でも大活躍した木琴奏者、平岡養一の存在、そして心にしみる木琴の音色。残念ながら現代において忘れられつつある古き良きものを、時代の雰囲気と共に伝えていけたらと思っています。(談)


平岡養一プログラム

【曲目紹介】
B.ブルック:ジー・ウィズ
明るく軽やかな木琴の音色がはじける、楽しいギャロップです。

S.フォスター(松園洋二編曲):おおスザンナ〜金髪のジェニー
『草競馬』などと並んで平岡さんがよく弾いておられた曲を、新しいアレンジで演奏します。

G.マリー:金婚式
昭和4年、まだ平岡さんが慶應義塾大学在学中に、初めてレコーディングされた曲です。ポリドールから発売され、大ヒットしました。

W.A.モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジークから第1楽章
若かりし時代から晩年まで、度々演奏された曲です。1936年ニューヨークにおける初めてのリサイタルでも演奏されました。

F.ショパン:ノクターン 嬰ハ短調(遺作)
明るく楽しい木琴のイメージからすると、随分遠い曲に思えますが、私にとってこの曲は、哀愁をおびた木琴の音色にぴったりだと思えます。

山田耕筰:からたちの花
歌曲で知られる『からたちの花』。山田耕筰自身のヴァイオリン又はチェロとピアノのためのアレンジ版で演奏します。

山田耕筰:お江戸日本橋・かっぽれ
山田耕筰『日本組曲』からの2曲。大正3年に出版されたヴァイオリンとピアノのための楽譜を使って演奏します。

J.ファン・エイク:イギリスのナイチンゲール(『笛の楽園』から)
今回、唯一、平岡さんとゆかりのない曲です。1600年代に書かれたリコーダーの曲。もし平岡さんもご存じだったら、ニコニコしながら演奏されたのではないかな、と想像します。

ロシア民謡(平岡養一編曲):ロシアン・ジプシー・メロディーズ
ニューヨークのロシア料理店でジプシー・バンドが演奏していたものから、平岡さんが気に入った曲の楽譜を集め、木琴用にアレンジ、メドレーにされたものです。

D.ポッパー:ハンガリアン狂詩曲
サラサーテ『ツィゴイネルワイゼン』、リスト『ハンガリアン狂詩曲第2番』と並んで、コンサートの最後に演奏されることが多かった曲です。


ランチメニュー

ANAインターコンチネンタルホテル東京 日本料理「雲海」
先付 柿海老生寿 三つ葉 榎木茸、冬瓜利休掛け、枝豆帆立しんじょう
前菜 絹衣小芋大徳寺納豆射込み、河海老、半熟玉子
鮪たたき 生野菜添え
煮物 秋茄子牛肉巻 銀庵掛け 慈姑しんじょう 露生姜
蒸物 茶碗蒸し
揚げ物 掻揚げ 卸し大根 天出し汁
御食事 色御飯 香の物 赤出汁
水菓子 季節のシャーベット
ANAインターコンチネンタルホテル東京 中国料理「花梨」
点心と冷菜の盛り合わせ
カシューナッツ、芝エビと鶏肉の炒め
黄ニラ入り五目スープ
三種キノコの蒸しクレープ
蟹肉と豆腐の煮込み
五目チャーハン
デザート
トゥーランドット游仙境赤坂店(中国料理)
秋香美彩碟 ”収穫の秋の実り” 色とりどりのチャイナオードブル盛り合わせ(レイノーの白皿)
翡翠寶燉蛋 翡翠色の新銀杏の濃厚なうま味と魚介のうま味の香り蒸しスープ(茶杯個々盛り)
香煎秋刀魚 秋刀魚のチャイナコンフィの香り煎り焼き、サンマのXO醤を添えて(個々盛り)
香柾ン丸子 とろ〜りミルク入り大肉団子と秋茄子の香り揚げ、色々きのこの特製ソースで!!(個々盛り)
酸辣香湯麺 酸味と辛味の絶妙なバランス!!酸味辛子スープそば(白小どんぶり)
無花果氷淇 旬のいちじくのお楽しみチャイナデザート(ギャラクシー)
凍頂烏龍茶 脇屋厳選の高山烏龍茶の甘い味と香りをお楽しみください
プロフィール
木琴:通崎睦美
1967年京都市生まれ。1992年京都市立芸術大学大学院音楽研究科修了。91年のデビューコンサート以降、作曲や編曲の委嘱を活発に行い、独自のレパートリーを開拓、多様な形態で演奏活動を行っている。2005年2月には東京フィル定期演奏会(指揮/井上道義)で、木琴の巨匠平岡養一氏が初演した紙恭輔『木琴協奏曲』(1944)を平岡氏の木琴で演奏したことがきっかけで、その木琴とマレットや500曲以上にのぼる楽譜を譲り受け、以後、彼の軌跡をたどりながら、木琴の新たな可能性を探る活動も始める。07年9月には東京での初のリサイタル「平岡養一生誕100年記念 通崎睦美リサイタル」を開催、大成功を収めると共に、NHKテレビで放送された。一方、アンティーク着物のコレクションやライフスタイルが様々なメディアで紹介され、07年12月にはテレビ朝日「徹子の部屋」に出演、そのコレクションと、木琴の演奏が話題となった。一方、2000年頃よりアンティーク着物の着こなしが話題となり、コレクションやライフスタイルが様々なメディアで紹介される。04年から05年にかけて、アサヒビール大山崎山荘美術館、他各所にて、着物から現代美術までの多彩な「好み」を集めた「通崎睦美選展〜通崎好み」が開催された。03年よりゆかたブランド「メテユンデ」のプロデュースも手がける。CDに『M×ピアソラ』他、著書に『天使突抜一丁目』『ソデカガミ〜銘仙着物コレクション』『通崎好み』。
http://tsuuzaki.j-spirit.com/blog/ (通崎睦美のブログ「通崎好み製作所」)
平岡養一(1907〜81)
1907年生まれ。20年、銀座の映画館「金春館」での木琴生演奏に心惹かれ、独学で木琴を始める。30年、渡米。苦労の末、NBCのオーディションに合格し、以後11年半にわたって日曜を除く毎朝、ラジオの生放送番組に出演し「アメリカ全土の少年少女はヨーイチ・ヒラオカの木琴で目を覚ます」といわれるほどの知名度を得る。日米開戦を機に帰国。日本でも第1回NHK紅白音楽試合(現、紅白歌合戦)へ出演するなど、まさに国民的音楽家として人気を博した。62年再渡米。カーネギーホールでのリサイタル成功を機に、米国に居を移す。その後、ニューヨーク・フィルハーモニックをはじめとする名門オーケストラと共演。日本とアメリカ、まさに太平洋をまたにかけて活躍した。
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