| 【第5回】 ロサンゼルス・フィルとマエストロ |
2008年10月16日 |
 |
豊田泰久(株式会社永田音響設計 取締役US事務所代表)
 |
サロネン&ロサンゼルス・フィルハーモニック Courtesy of LA Philharmonic |
サロネン+ロス・フィルの日本公演は、恐らくこれが最後になるであろう。というのも、来年の秋のシーズンからは音楽監督がサロネンからベネズエラ出身の若きマエストロ、グスタヴォ・デュダメルに代わることがすでに決まっているからである。
オーケストラにとって音楽監督というものがいかに重要な存在か、改めていうまでもあるまい。オーケストラ全体の浮沈がかかっているといっても過言ではないほど、両者は運命共同体なのである。音楽監督を置くことなくその高いクォリティを保ち続けているオーケストラというのは、世界広しといえどもウィーン・フィルくらいのものであろう。ウィーン・フィルの場合は、その母体がウィーン国立歌劇場に所属するオーケストラであるということが大きな要因となっている。あのベルリン・フィルでさえ、かつてカラヤンの晩年にカラヤンとの関係が上手く行かなくなった時は、その演奏レベルがかなり低下したのである。
指揮者とオーケストラの関係も所詮は人間関係、上手く行く時もあればギクシャクする事も多い。周りの人達は腫れ物を扱うように気を遣っている。音楽監督の選定は、事務局長、あるいはゼネラル・マネージャーなどと呼ばれているオケ事務局のトップの最も重要な仕事といっていい。音楽監督の交代は、オーケストラにとって最大にして最重要の出来事であるといっても過言ではない。古今東西、色々なオーケストラで音楽監督の交代劇が数多くあったが、いつもいつも交代がスムーズに行くとばかりは限らない。むしろ問題だらけといった方がよいであろう。
今回のロス・フィルの音楽監督交代は希に見るスムーズな交代であったといえる。サロネン自身は、実は数年前から音楽監督を辞めたいということを公にしていたのである。オーケストラとの間が上手く行かなくなったからではなくて、サロネン自身がもっと作曲活動の時間を取りたい、というのが大きな理由である。オーケストラ側はサロネンが続けてくれることをむしろ願っていた。後任者となるデュダメルを見つけてきて自分の後任に据えたのは、他ならぬサロネン自身であった。
デュダメルは、2004年にドイツのバンベルグ交響楽団主催のマーラー指揮者コンクールで優勝して(当時弱冠25歳)世界にその名を知らしめたが、サロネンはその時の審査員の一人だったのである。ラトル、アバド、バレンボイムらの巨匠たちがこぞってその才能に惜しみない賛辞を送るデュダメルの活躍ぶりは、インターネットで検索していただければたくさんの記事が見つかるであろう。私自身も何度かコンサートを聴く機会を得た。オーケストラも聴衆も全てを興奮のるつぼに巻き込んでしまうそのカリスマ性は、本当に凄いものがある。私が経験した範囲では、かつてのバーンスタインやカルロス・クライバーが指揮した時の興奮を思い出した。まだ28歳の若さだから驚く。そういえばロス・フィルの代々の音楽監督は皆若い時に就任して長く在籍した人が多い。かつてのズービン・メータ(26〜42歳、16年)がそうであり、サロネン自身も音楽監督就任時は34歳という若さであった(34〜51歳、17年)。若い才能を上手く発掘してきて育てる、というのはロス・フィルの良い伝統といえるかもしれない。
今後、ロス・フィルの音楽作りの方向が変わっていくことは間違いない。これはこれで一つの楽しみではあるが、サロネン+ロス・フィルのコンビがこれまで築きあげてきたものが素晴らしいだけに、一方で残念な気持ちが残るのも正直なところである。ロス・フィルは、サロネンの音楽監督として最後のシーズンとなる今シーズン(2008-2009)を “CELEBRATE SALONEN”と銘打って、数々の興味深いコンサートを繰り広げることになっている。(おわり)
ロサンゼルス・フィルの公式サイトはこちらから
公演情報詳細、チケットのお申込みはこちらからチケットのお求めはお早めに!【21日:S、Aあり/B、C僅少 22日:S、Aのみ】
サントリーホールチケットセンター 03-3584-9999 【受付は公演当日15:00まで】
 |
 |
 |
左から筆者・豊田泰久、エサ=ペッカ・サロネン、フランク・ゲーリー(建築設計者) Courtesy of LA Philharmonic |
ウォルト・ディズニー・コンサートホールの内部 Courtesy of LA Philharmonic |
エサ=ペッカ・サロネン指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック演奏会 Courtesy of LA Philharmonic |
| 【第4回】 ウォルト・ディズニー・コンサートホール |
2008年9月29日 |
 |
豊田泰久(株式会社永田音響設計 取締役US事務所代表)
 |
ウォルト・ディズニー・コンサートホールの内部 Courtesy of LA Philharmonic |
1987年、故ウォルト・ディズニーの未亡人リリアン・ディズニーが、ロス・フィル専用の新コンサートホールを建設するためにロサンゼルス郡に5000万ドル(約55億円)を寄付した。サントリーホールのオープニング(1986年)の翌年のことである。このために新コンサートホールは、ウォルト・ディズニー・コンサートホールと名付けられることになる。直ぐに設計者を選ぶ委員会が組織され、国際コンペにより、建築設計者として地元のフランク・ゲーリーが、そして音響設計者として私ども永田音響設計が各々選ばれた。選定の過程で、委員会のメンバーはオープンしたばかりのサントリーホールの音響性能を確かめるために、わざわざホール視察にやってきたのである。設計は1989年から開始され、14年後の2003年10月に完成、オープンした。途中、約4年間のプロジェクトの中断期間があったこともあり、実に14年にわたる長期間のプロジェクトとなった。
設計でめざしたのは、ウィーン(ムジークフェラインザール)やアムステルダム(コンセルトヘボウ)、ボストン(シンフォニーホール)のような伝統的な箱形のホールではなく、ベルリン(フィルハーモニー)タイプの新しいスタイル。ステージ前部の指揮者やソリストがホールのほぼ真ん中辺りになるように配置するとともに、ステージの周りにも客席を配した、サントリーホールと同じタイプ(アリーナ形式、あるいはヴィンヤード形式と呼ばれている)である。あらゆる客席がステージにより近く、観客どうしが向かい合う形でお互いの顔が見えるこの形式は、従来型のステージと客席が向かい合う形式に比べて臨場感にあふれる。ただし、ホールの形が複雑になるゆえに、特にその音響設計が難しいとされてきた。ディズニー・コンサートホールでは、我々が音響設計者として参加する前にすでにオーケストラ側で、新ホールをヴィンヤード形式とすることが検討されていたのである。
新ホールの設計にあたっては、サントリーホールにおける音響の設計技術がフルに活用されたことはいうまでもない。設計、工事、完成後の試用、さらにはオープン後に我々がサントリーホールを通じて得た全ての知識や経験が役立っているのである。サントリーホールはディズニー・コンサートホールの大先輩といえよう。そういう意味で、今回そのディズニー・コンサートホールを本拠地とするロス・フィルが、新ホールのオープン以来、初めてサントリーホールを訪れるというのはとても興味深いことなのである。ロス・フィルはサントリーホールタイプの音響をすでに知り尽くしている。その彼らが、今回の来日公演で果たしてどのような演奏を繰り広げてくれるであろうか。楽しみは尽きない。(つづく)
公演情報詳細、チケットのお申込みはこちらから
 |
 |
 |
ウォルト・ディズニー・コンサートホールの内部 Courtesy of LA Philharmonic |
エサ=ペッカ・サロネン指揮 ロサンゼルス・フィルハーモニック演奏会 Courtesy of LA Philharmonic |
| 【第3回】 サロネンとロサンゼルス・フィル |
2008年9月8日 |
 |
豊田泰久(株式会社永田音響設計 取締役US事務所代表)
 |
| Courtesy of LA Philharmonic |
フィンランド出身のエサ=ペッカ・サロネンがロサンゼルス・フィルの音楽監督に就任したのは1991年のことだから、今年で17年になる。オーケストラはもう完全にサロネンの楽器となっている。サロネン+ロス・フィルの得意な分野というと、近代〜現代の比較的新しい音楽であろうか。2003年にオープンしたロサンゼルス・フィルのための新コンサートホール、ウォルト・ディズニー・コンサートホールのオープニング・コンサートのために彼らが用意した曲は、ストラヴィンスキーの「春の祭典」であった。彼らのストラヴィンスキーは十八番中の十八番といっていい。
サロネン(+ロス・フィル)の演奏の特長は、何といっても曲のストラクチャーが極めて透明に全てきれいに聴こえてくること。これは現代音楽のように曲の構成が複雑な場合には非常に効果的である。サロネン自身が作曲家であることも大いに関係していると思う。彼には複雑な曲の構成が全てきれいに見通せているのだ。このようなサロネン(+ロス・フィル)にはフランスもの、ロシアものなどの色彩的な音楽もうってつけである。今回の東京公演のプログラムを見ると、まさにストラヴィンスキーとフランス音楽のオンパレード。サロネン(+ロス・フィル)の一番美味しいところが聴けるプログラムが用意されている。
定期演奏会に行けば、もちろんドイツものも聴けるし、マーラーやブルックナーなどの大曲ものもプログラムに載っている。しかしながら、サロネンのマーラーに対して、例えばバーンスタインのような民族共感的な、おどろおどろしくてねちっこい演奏を期待してはいけない。サロネンの良さは全く違うところにあるのだから。サロネンの場合は、あくまでも作曲家サロネンが受け止め、そして分析したマーラーを聴かせてくれる。結果としてその演奏はとてつもなく透明で、曲の構成や細部の動きが驚くほどくっきり明瞭に聴こえてくる。果たして、限りなく透明で美しいマーラーが目の前に繰り広げられるのである。サロネンのアプローチに最も近い指揮者というと、恐らくピエール・ブーレーズではないかと思う。両者ともに、作曲家としても非凡な才能の持ち主であることが共通している。
サロネン+ロス・フィルは、年に1−2回のニューヨーク公演を定期的にこなし、毎年のようにザルツブルク、ルツェルン、エジンバラなどのヨーロッパの主要な音楽祭に招かれて公演している。今や日本の聴衆だけが取り残されている感がある。今回の東京公演はまさに千載一遇のチャンスとなる。(つづく)
公演情報詳細、チケットのお申込みはこちらから
 |
 |
 |
ウォルト・ディズニー・コンサートホール Courtesy of LA Philharmonic |
エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック演奏会 Courtesy of LA Philharmonic |
| 【第2回】 アメリカにおけるロサンゼルス・フィルハーモニック |
2008年8月8日 |
 |
豊田泰久(株式会社永田音響設計 取締役US事務所代表)
 |
| 手前がロサンゼルス・フィルの本拠地、ウォルト・ディズニー・コンサートホール Courtesy of LA Philharmonic |
アメリカでは5大オーケストラ(ビッグ・ファイブ)と称して、ニューヨーク・フィル、ボストン響、フィラデルフィア管、シカゴ響、クリーブランド管の5つがトップランクのオーケストラとして常々話題に上ってきた。しかしながら、このランク付けは1950〜60年代に定着したもので、必ずしも現在の各オーケストラの実力を表すものではない。昨今では、ビッグ・ファイブに加えて、ロサンゼルス・フィル、サンフランシスコ響、ピッツバーグ響などの名が上げられることが多い。個人的な意見を言わせてもらえれば、現時点でのロサンゼルス・フィルの実力は東海岸の3つのオーケストラよりも間違いなく上であろう。筆者なりのアメリカの5大オーケストラを上げると、クリーブランド管、シカゴ響、ロサンゼルス・フィル、サンフランシスコ響と、後ひとつはどこかな?といったところであろうか。もちろん「現時点では」という但し書きが付く。
オーケストラの実力の浮き沈みは激しく、その時の音楽監督、指揮者が誰かによって名前の順番は直ぐにでも入れ替わる。オーケストラは「生もの」である。オーケストラを聴くのであれば「旬」に聴かなければならない。高名なオーケストラのレベルがいつも高いとは限らない。そういう意味では、ロサンゼルス・フィルは現在の音楽監督、エサ=ペッカ・サロネンのもと、今まさに絶頂期、黄金期にあるオーケストラであり「旬」のオーケストラといえよう。
音楽のクオリティをお金で計ることはできないが、特にアメリカのオーケストラの場合はその予算規模が実力の一端を表すといっても過言ではない。何といっても財政状態の厳しいオーケストラには実力のある良い団員は集まらないし、良い指揮者も振りには来てくれないのである。ロサンゼルス・フィルの予算規模は全米でも3本指に入る。入団したての若手奏者の年収が十万ドル(一千万円強)を下らないと言われており、これも全米屈指である。団員に欠員ができるとオーディションが行われ、世界中から応募者が集まる。特にヴァイオリンなどの人気楽器は狭き門で、ひとつのポジションに二百人以上集まることもある。オーケストラの団員ひとりひとりの技量という意味では、ヨーロッパのオーケストラに比べてアメリカのオーケストラの方が一枚上手であろう。ソロの名人芸が聞けるのもアメリカのオーケストラならではである。(つづく)
公演情報詳細、チケットのお申込みはこちらから
 |
 |
 |
ウォルト・ディズニー・コンサートホールの内部 Courtesy of LA Philharmonic |
エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック演奏会 Courtesy of LA Philharmonic |
カリフォルニア旅行に関する情報はこちら【カリフォルニア州観光局のサイトへ】
| 【第1回】 久々のロサンゼルス・フィルハーモニック日本公演 |
2008年7月10日 |
 |
豊田泰久(株式会社永田音響設計 取締役US事務所代表)
 |
| 左より筆者・豊田泰久、デボラ・ボーダ(ロス・フィル プレジデント)、エサ=ペッカ・サロネン |
この秋、10月にロサンゼルス・フィルハーモニックによる久々の日本公演がサントリーホールにて開催される。前回の日本公演は1994年のことであるから実に14年ぶりのことである。欧米のメジャーなオーケストラの来日公演が14年もの間行われなかったという事は、昨今の日本の、特に東京でのコンサート事情を考えるとちょっと驚きである。2001年からロサンゼルスに住んでいて、ロス・フィルのシーズン中のほとんどの公演を逃さず聴いている筆者にとって、ある意味では現在、音楽監督のエサ=ペッカ・サロネンとともに黄金期を迎えているロス・フィルの日本公演は待ちに待ったものであり、是非この機を逃すことなく日本の皆さんにロス・フィルを楽しんでいただきたいと思っている。
私とロス・フィルの関係(?)が始まったのは、彼らの新しい本拠地としてのコンサートホール、ウォルト・ディズニー・コンサートホールの設計が始まった時であるから1989年のことである。実はそれ以前は、私はロス・フィルの演奏を聴いたことがなかったし、ロス・フィル自体にもあまり興味を持っていなかった。そういう意味では、ロス・フィルの名前が日本のクラシック・ファンの間ではそれ程重要なオーケストラとして認識されていないことも、そしてそれ故に、来日公演も何年もの間行われなかったこともよく承知している。何よりも1989年以前の私自身がそうだったのだから。
ロス・フィルを聴くようになってから、自分がいかにこのオーケストラを知らなかったかということを思い知らされた。何しろロス・フィルに対するイメージというのは、映画の街ロサンゼルス、そしてハリウッドのちょっとしたオーケストラ程度で、映画音楽収録を得意とするオケがクラシックの公演もやっている、という程度の間違ったイメージしか持っていなかったし、何よりもロサンゼルスという街自体がクラシック音楽のイメージから遠かった。ロス・フィルのコンサートを始めて聴いたのは、アンドレ・プレヴィンの指揮であったが、まだまだプレヴィンの前の巨匠カルロ・マリア・ジュリーニの影響を色濃く残しており、当時も今もロス・フィルは実はアメリカの名だたるオーケストラのうちで、クリーヴランド管とともにヨーロッパのオーケストラの響き、バランスに最も近いということができる。
今回の久々の日本公演は、サントリーホールでの2公演のみが予定されている。この機会を逃すと、東京ではサロネン+ロス・フィルの演奏は2度と聴けないであろう。
ロス・フィルとサロネンについて、そして2003年にオープンしたウォルト・ディズニー・コンサートホールについて、これから紹介していこう。(つづく)
公演情報詳細、チケットのお申込みはこちらから
 |
 |
 |
建設中のウォルト・ディズニー・コンサートホールにて 左よりエサ=ペッカ・サロネン、デボラ・ボーダ、筆者 |
エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンゼルス・フィルハーモニック演奏会 (ウォルト・ディズニー・コンサートホール) Courtesy of LA Philharmonic |