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サントリーホール ENJOY! MUSICプログラム

【開催レポート】
サントリーホール オペラ・アカデミー 2016
2016年12月
山田真一(音楽評論家)

 ジュゼッペ・サッバティーニが率いるサントリーホール オペラ・アカデミーも、2015年秋から第五シーズン(第三期の一年目)に入った。

 エグゼクティブ・ファカルティのサッバティーニに対して、当初、名前が知られていなかった本アカデミーも、徐々にその存在が東京を中心に知られるようになり、新たにプリマヴェーラ・コース三期生を迎えた今シーズンは、これまでより幅広いバックグラウンドの受講生が参加することになった。今年の受講生は、プリマヴェーラ・コース18名、鍵盤奏者5名、それにアドバンスト・コース4名となった。


プリマヴェーラ・コースのレッスン風景

 これまで同様、プリマヴェーラ・コース一年目は発声、発音の基礎を中心に、チェスティなどのイタリア古典歌曲を歌いながら基礎の勉強をした。受講生は年三回のサッバティーニによる直接指導の他、5名のファカルティによるレッスンが基本的に月三回のペースで行われる。これは単に月三回、顔を出せば良いというのではなく、毎回指摘された問題点、課題を各自が修正していかないと、次年度に進めないという流れになっている。特にサッバティーニは、ファカルティによる指導内容を踏まえて細かくアドバイスするので、その内容をおろそかにしていると、サッバティーニからの雷はもちろん、受講生全体の進捗からも取り残されていくという厳しいプログラムだ。

 サッバティーニの指導風景はこんな感じだ。
 まず、音楽面から曲の解説をする。音楽面で重要なのはやはり楽譜。それは歌であっても変わらない。楽譜に書かれていることをどれだけ正確に読み取って準備してくるかが重要になるが、プリマヴェーラ受講生ではそこまで気が回らない。初めて知る曲では尚のことそうなる。また、どこかで聴いたことがある曲だと、そのイメージで歌ってしまう為に問題が起きる。

 サッバティーニは小節の一つでも違う歌い方をすると、そこで止め、すぐに指導する。
「楽譜記号がないところで勝手に強弱をつけない!楽譜を正確に読む練習をしたことがあるか?」
 だが、一年目の受講生にとって、もっとも大きな難関はイタリア語だろう。最近は、サッバティーニがイタリア語だけで指導することが事前に知れ渡っているからか、自らイタリア語の勉強をしている受講生も増えてきたが、それでも歌でそれを実践するとなるとやはり難しい。

 イタリア語の母音はいっけん日本語に似ているものもあるが、実は異なるので、口の開け方、唇や舌の使い方にも一年目はかなり気を配らねばならない。舌を使う母音、口の形が重要な母音、その中間など、イタリア語に限らずヨーロッパ言語では、必ず登場する問題が、ここでも重要になる。
 もちろんサッバティーニには、その一つ一つを指摘できるが、すべて指摘したりはしない。
「曲の中でどれにするか自分で考えてみなさい」
 注意の鋭さは初年度以来、変わらぬ厳しさだが、進歩があれば、その部分を褒めるなど、サッバティーニの指導ぶりも以前にまして親切になってきた。


受講生の声(プリマヴェーラ)

 今回のレポートでは、より幅広い方に本アカデミーに関心を持ってもらうために、受講生自身の声を紹介したい。
 例えば、音大卒業後、すぐに本アカデミーのオーディションを受け参加したプリマヴェーラ受講生(女声)はこう話す。
「このアカデミーに参加したきっかけは、大学にサッバティーニ先生がマスタークラスを教えにきたからです。でも対象は院生だけだったので、学部生だった私は直に先生に指導を受けたくてオーディションを受けました。学部ではオペラ専修のコースがなかったので、ここでは大変勉強になります。オペラの第一線で活躍されている先生方、バロックを得意とする先生、それにイタリア人のサッバティーニ先生などと、多様な先生がいて、他の研修所にはない機会を頂いています。オーディションで選抜しているので、受講生の水準も高い。他受講生と一緒に勉強することは大変勉強になります。同じレッスンを受けているので意見は役にたち、他受講生の経験も聞けて参考になります」

 また、大学院在籍の院生(男声)はこう話す。
「3年前のオペラ・アカデミー公演の『愛の妙薬』の声楽アンサンブルに参加して、このアカデミーについて知りました。もちろんオーディションに合格しなければなりませんでしたが、話に聞いていただけに、参加できて嬉しいです。とくに、アンサンブルと違って、マンツーマンでサッバティーニ先生から直接指導を受けられる、先生のいうことを直に理解できるのは大変貴重です」
 彼もまた、受講生全員がレッスンの場に参加するという本アカデミーならではの仕組みを、「自分の演奏は自分できけない。自分で録音したものでも、本当の自分の声はわからないので、一緒に受講する環境は得難い」と話す。
 もっとも、予想以上にレッスンは厳しかったようで、「ついていくのはなかなか大変だった」という。「とにかく基礎が大事で、それを繰り返し」注意されるが、「できるまで指導してくれる」ことに感謝している。「自分が知っている、いわゆる日本の教育機関での指導法とは違う。自分の中で、それを理解できていたので吸収するのに障害はなく、新鮮なものとして楽しめました」ということだ。

 また、ここでの指導は、「厚みがあり、より響く声をつくる為のものと理解している」と受講生たちは話す。「イタリア人、ヨーロッパの歌手が出している声を学んでいる気がします。これまで骨格の違いから日本人には出せないと思っていた声が出せることがわかったことが一番嬉しい。大学の時と較べて、わずか一年で自分だけではなく、受講生の誰もが、ものすごく声が変わったことに驚きました」
「一番大変だったことは響きを変えること。楽譜には書いていないことをたくさん注意され、目に見えないことが多いので理解するのに苦労するが、そういうことを学べるのが貴重」という。
 レッスンは定期的に開催されるので、以前学んだことが抜けきらないうちに学べることも良い仕組みだと話す。

 その月三回の練習に、今シーズンは東京以外からも受講生が参加していた。新幹線にのっての受講に、苦労しているかと思うが、「無料なのにファカルティの真剣度が半端ではない」と喜びを隠さない。


アドバンスト・コースのレッスン風景

 プリマヴェーラで優秀な成績を残した受講生らが参加できるアドバンスト・コースには、今年は内外で研鑽してきた者も受講生として参加している。
 ここでのサッバティーニの指導ぶりは、まさにこれから舞台に立つオペラ歌手を相手にしているように細かく、実践的なものだ。

 例えば、ヴェルディの『ラ・トラヴィアータ』では、
「このアリアに至るまでのヴィオレッタの気持ち、病状、アルフレッドとの関係を考えなさい。自分だけでなく、アルフレッドの気持ちを考えたときに、どんな歌い方になるのか。その考えを音にしなければならない。アルフレッドはガストンなどのように軽い男ではないと知っている。自分の健康を初めて気に掛けてくれた男」
「一人で歌うアリアだが、一人だけではない。ちょうど鏡に語りかけるように歌う。鏡の中のもう一人の自分との対話」
「ヴィオレッタにとって、これは初めての真剣な恋。誠実な恋に自分は対応できるのかという自問がなされている」
 というように、サッバティーニにはアリアが歌われる時の〝状況〟を受講生との間で、明らかにしていく。
 アドバンスト・コースの主眼は歌の表現方法にあるが、もちろん技術的な点についても、少しでも問題があると細かい指導が入る。
「最初の音だけの準備だけでは駄目。次の音、そしてさらに次の音を考えて歌い始める。同じ旋律がでてきても、単なる繰り返しは駄目」
「どこにパンチ、山をもってくるかを自分でよく考える。ヴィブラートの効果的な使い方を考える。そのために、自分のテンポは良いのか、ブレスの仕方は大丈夫なのか」
 など注意事項を次々と指摘していく。


受講生の声(アドバンスト・コース)

 第二期プリマヴェーラ・コースから参加した受講生にとっては、今シーズンが三年目になる。最初の二年間はタフで大変だったが、そろそろ気心が知れてリラックスして受講できているのかと思うと、「先生のエネルギーに対して自分が慣れたと思っていた」と前置きしながら、「今もサッバティーニ先生は怖いです!でも、それは以前よりも、もっと多くのエネルギーをぶつけて来て下さっているからだと思います」と話す。
 彼女は、個人的にイタリアに渡航し、イタリア人の声楽家、先生に指導を受けた経験もあるが、ここでの効果はそれ以上と話す。このアカデミーを受講したことで、最近は声楽コンクールで入賞できるようになった。
「アドバンストでは、楽譜の深い読み方を習っています。自分の声が変わったと感じたのは、プリマヴェーラの二年目が終わるころ。私は、ヴィブラートが細かく、支えがうまくできなくて、耳障りだといわれていました。それが、自分でヴィブラートをコントロールできるようになったとわかりました。その習得の上に、今のレッスンがあります」
 この一年で、オペラ二本を見てもらうことができたことに、大きな手応えを感じている。そして、もちろん今後の目標はプロとしての早い独り立ちだ。

 今シーズンのアドバンスト受講生には、ささやかながらも一般のオペラ公演に出演し始めたような者もいる。彼は、オペラ・アカデミー公演『ラ・ボエーム』にも出演。別の研修所でも多くの外国人ファカルティに指導を受けた経験を持つ。それでも、本アカデミーについて、「オペラの中心であるイタリア語のディクションの基礎をみっちりできるのは大変貴重。歌に関して、正確なイタリア語をイタリア人から学べる、おそらく日本で唯一の場所」とその価値を強く感じている。
 「本物のオペラ歌手の技術を学べていると感じる。特に自分の体がそのことをわかったような気がする。聴いている人に感動を与えられるような練習を受けている」。サッバティーニについては、「百戦錬磨の経験を感じます。口笛さえうまくて感心してしまう。表現力に関して本当に勉強になり、わかりやすい指導」だという。
 彼は歌の仕事と平行して受講しているが、本アカデミーでは柔軟に対応してくれるのでその点にも感謝の念を述べている。


アカデミー・コンサートを終えて

 シーズン終了のアカデミー・コンサートは、今年は4月23日に行われた。前半は、第三期プリマヴェーラ・コースの受講生17名と鍵盤奏者5名による「イタリア古典歌曲」。後半は、アドバンスト・コースの受講生4名によるオペラのアリアで、ヘンデル『エジプトのジューリオ・チェーザレ』、モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』、『フィガロの結婚』、プッチーニ『ラ・ボエーム』が披露された。
 コンサートを終えた後、受講生たちからは、「先生に注意された内容を生かすことの難しさがよくわかった」、「今回は悔しい点もあったので、来年はもっとがんばりたい」、「もっとレッスンで自分からすぐ歌えるように積極的、意欲的になりたい」、「イタリア語や基礎をしっかり習得して、表現力をあげたい」といった声があった。また、「自分のいらない部分がそぎ落とされ、オペラ歌手に近づいてきた気がする」という印象的な言葉もあった。
 今後の受講生たちの進歩が楽しみだ。

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