MENU

私たちの研究・技術インデックスへ戻る

ビール香味を左右する「ホップ」ゲノム解読に世界で初めて成功

ホップはビールづくりに欠かせない原料の一つです。私たちは、ホップについてゲノム解読に挑戦し、世界で初めて成功しました。それによってわかったこと、そして今後何ができるようになるのか、その可能性についてご紹介します。

ホップの研究に力をいれる理由は?

サントリーでは本当においしいビールをつくりたいという思いから、原料の本質を理解し、特徴を見極め、原料まで遡って研究に取り組んでいます。
ホップはビールの香りや苦味など味わいを左右する重要な原料です。ザ・プレミアムモルツにはチェコザーツ地方の厳選されたファイン アロマホップを使用。その特徴の一つである“華やかな香り”は、ザーツホップによるものです。
一方、近年の環境変動や世界的な人口増加に伴うビール需要の高まりから、高品質なホップ、特にザーツホップを安定的、永続的に必要量を確保することが難しくなってきているという側面もあります。その打ち手の一つとして、2010年からチェコのホップ研究所と協力し、ホップの設計図であるゲノム解読に取り組みました。

ホップの収穫の様子

ホップのゲノムサイズは新聞62年分のビッグデータ

ゲノム解読に取り組むには、その膨大なデータを扱える最新の設備と情報解析技術が必要です。また読み込むホップそのものが現存する品種に限ります。そのため、まず、日本で栽培されている「信州早生」品種のゲノム解析に取り組みました。推定されるホップのゲノムのサイズは約25億塩基対であり、新聞約62年分ものビッグデータになります(一般紙朝刊の文字数を11万文字として換算)。私たちは最新型のDNA解読装置を駆使し、全体の約80%に相当する20億塩基対の解読に成功しました。次に、これを基に、ヨーロッパで栽培されている「ザーツ」品種と野生種(カラハナソウ)のゲノム配列解読を行い、これら3種のホップには多くのゲノム配列の違いがあることがわかりました。

共同研究先と議論

香味に関する遺伝子は若い雌花の中で動き出す

ホップの雌花(毬花(きゅうか)といい、この部分を利用)の生長段階に沿って遺伝子の挙動を調べてみると、ホップの特徴的な香味が作り出されるメカニズムの一端が明らかになりました。その中で分かったことは、毬花の非常に若い段階から香味をつくる遺伝子が働いていること、品種間で遺伝子の挙動が大きく異なることです。ゲノムの配列の違いは遺伝子の挙動の違いにもなり、品種ごとの香りの違いや苦味の違いに影響を与えていると考えられます。

ホップの雌花(毬花)
参考文献
2015年に国際的な植物科学分野の学術誌「Plant and Cell Physiology」で論文発表を行いました。
また、Plant and Cell Physiologyの56号(3巻)でリサーチハイライトとして紹介され、同巻の表紙を飾りました。
Natsume, S. et al. (2015) The draft genome of hop (Humulus lupulus), an essence for brewing. Plant Cell Physiol. 56, 428-441.

実際に栽培してわかってきたこと

ホップはブドウ、コーヒー、茶などの他の原料と同様に、収穫年や畑ごとに品質が異なることが知られています。これらは栽培される年々の天候、栽培されている株の年齢、病気などの有無、収穫のタイミングなどが影響していると考えられるため、これらの栽培要因がホップの品質にどのような影響を及ぼすのかの解析を行ってきました。
その結果、株の年齢によって品質が異なり、若齢株では穏やかな木香様の香り、10齢前後の中齢株では華やかな香りを有することがわかりました。これらはビールの品質にも影響を及ぼすことが官能評価から裏付けられており、理想的なビールの香味を実現するためには、収穫されたホップの管理方法(低温・低酸素)やビールの醸造方法だけでなく、ホップの栽培方法も適切に制御していくことが大事だとわかりました。

当社ラボでホップの品質を確認
参考文献
2012年、ISHS(Internationnal Society for Horticultural Science)3rd International Humulus Symposiumで発表しました。
The influence of hop root age on the quality of hop aromas in beer
H. Matsui, T. Inui, M. Ishimaru, Y. Hida, K. Oka
Beer Development Department, Beer Division, Suntory Liquors Limited
(Proceedings of the Third International Humulus Symposium 171-182)

栽培環境と遺伝子の働きで作物の品質は決まる

ゲノム情報を活用したメカニズムの解明により、このような栽培要因がホップの品質にどのように影響するのかを知ることができます。例えば、品質の良好な年と悪い年のぞれぞれで、植物の中で働いている遺伝子の種類や強さを比較することで、どの遺伝子が品質を良くするために必要なのかが分かり、それらをコントロールする方法を見つけ出すことで、良い品質を安定的に作り出すことができると考えられます。つまり、このようなデータを蓄積し、ホップの栽培に活用することができると、品質の良いホップを積極的に作ることができるようになります。

遺伝情報をホップ品質向上へつなげる

ゲノム情報と栽培の両面からホップの品質向上へ

ゲノム情報には、病気のかかりやすさや、開花する時期、香りの違いなどが記されていますが、例えば、品質を安定させたい場合、それがゲノム情報の中のどの部分に記されているのかを膨大な生命情報の中から特定することが大切です。
「ザーツ」や「信州早生」などの人類が栽培化した栽培種と、野生種のゲノム情報を比べると、栽培種が特徴的に持つ1500個を超える遺伝子を特定することができました。それらは、栽培化を進める過程で作物に必要な要素として強化されたと推定できます。さらに、これら1500個超の遺伝子の一部については、ビールの香りと味にとって非常に重要な遺伝子だということもわかりました。
ゲノムを紐解くことでまだ誰も知らないホップの本質理解まで実現すること。そして実際に栽培技術の開発に活用すること。それはとてつもなく大きなチャレンジですが、やりがいのあるたいへん大きな取り組みです。この研究を通じてホップ生産者と連携し、さらに美味しいビールつくりに貢献したいと考えています。

※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。

※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。

ページトップへ戻る