サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 日米韓比較によるネット選挙の発展メカニズムの実証的研究

研究助成

成果報告

2011年度

日米韓比較によるネット選挙の発展メカニズムの実証的研究

明治大学情報コミュニケーション学部専任講師
清原 聖子

 本研究の目的は第一に、本研究チームがサントリー文化財団から研究助成を受けて行った2009年度の研究成果を踏まえ、公職選挙法により選挙運動におけるインターネットの利用が制限されている日本において、今後選挙運動にインターネットを利用するいわゆる「ネット選挙」が開化し発展していくためには何が不可欠か、その要因を学際的なアプローチから検討することであった。また、これまでのネット選挙に関する先行研究はアメリカを中心としたものが多く、日韓との比較研究はほとんど行われていないことから、本研究の第二の目的は、日米韓の3か国を対象とした実証的な比較分析から、ネット選挙の発展メカニズムを相対化し、アメリカの実態を中心に論じられてきたネット選挙のモデルに対しより普遍的な理論を提示することであった。なお、本研究では、3か国比較を行うため「ネット選挙」を日本で公職選挙法により規制される選挙運動におけるネットの利用に限定せず、より広義に選挙過程、政治運動まで視野を広げて議論する必要があるという前提に立つ。以下、本研究から得られた知見と進捗状況について概要を述べる。

 まず、日本におけるネット選挙の規制の現状については、上ノ原が整理し、2010年参議院選挙における松田公太候補と、2011年大阪市長選挙における橋下徹候補のインターネット活用の取り組みについて比較分析を進めた。上ノ原は両陣営に関して関係者へのヒアリング調査を行い、大都市部の選挙におけるインターネット活用の先駆的な事例に注目することで、日本のインターネット選挙の可能性を考察した。その結果、松田の選挙活動からは「下からの社会変革」や垂直型から水平型への移行が観察されるが、選挙運動の「アメリカ化」i は観察されなかったという結論に至ったii 。次に、韓国のネット選挙の最新の状況として、李洪千が2011年に行われたソウル市長選挙におけるSNSの利用と新しい動きについて調査分析をという見方に対して再検討を加え、与党の候補者一本化プロセスの中で実はSNSよりも組織票のほうが効果的であったと指摘したiii 。一方、日米韓の比較分析に関しては、玄武岩・上ノ原が、大阪市長選挙とソウル市長選挙におけるメディアの利用について日韓比較分析を行った。彼らは、2011年に行われた二つの地方選挙を見る上で重要な日韓共通の政治的状況として、既存政治への批判を強める「第3の勢力」に注目し、彼らがどのようにネットを駆使した選挙戦術を展開して、政治不信の有権者の支持を集めていったのか、という点が注視されなければならないと指摘した 。iv また、日米比較分析については、清原が2012年米国大統領選挙戦における共和党予備選挙でのネット戦略を明らかにするため、関係者へのヒアリング調査を行った。さらに清原は、日本において2012年に広がったネット選挙解禁のための公職選挙法改正に向けた国会内外の取組について紹介した。そして、一向に実現に至らない日本のネット選挙解禁について、その議論の中で何が欠けているのか、日米比較の観点から政治家と有権者の関係性に着目して検討を行ったv 。他方、前嶋は、選挙運動よりも広く社会運動、政治運動に目を向けアメリカの大衆運動について、メディアとの関連という観点から検証を行った。そして、保守派のティーパーティ運動、リベラル派のウォール街占拠運動のいずれにおいても、ソーシャルメディアを使った動員戦術が広く浸透したと述べ、「ソーシャルメディア民主主義」といえるような、ソーシャルメディアを介した社会運動は盛んな政治参加を促す意味でも、潜在的な政治発展のツールとしても注目されると述べた 。vi

 このように、本研究グループでは、日米韓におけるネット選挙の最新の動向とネット選挙を発展させる政治社会の置かれている状況(米韓)、あるいはネット選挙への転換を阻む要因(日本)といったものをそれぞれの研究を進める中で抽出する作業を行ってきた。そして、国内外の学会において積極的に研究発表を行った。

 今後の研究課題としては、事例研究としての2012年米韓大統領選挙に関して、最後まで調査分析を行うことが喫緊の課題である。さらに、清水が米国におけるオンライン・プライバシーの動向を調査しているようにvii 、2012年に入り米国ではスマートフォンと選挙アプリの利用が選挙運動において進んだことに起因してプライバシーや様々なリスクの問題が顕在化している。これまでネット選挙に規制のなかった米国において、そうした新しい問題が何らかの規制を生み出すような影響を及ぼすのか、長期的に観察していくことは、なりすましや誹謗中傷などのリスクにとらわれネット選挙へ踏み切れない日本との比較検討をする上でも必要であろう。また、小林は、政治的な情報源としてテレビが重要ということから、メディアシステムの差異(放送市場における公共放送と商業放送の比較)に着目した国際比較研究をいくつか紹介し、その上で政治的知識ギャップを縮小する公共放送という観点から、NHKの意義について分析を進めている viii 。この研究も本研究の中で重要な意味を持ちうる。すなわち、本研究が3か国のネット選挙の展開を比較検討する基盤として、各国のメディアシステムの差異や公共放送の役割といったところを検証する必要があると考えられるのである。

 したがって、本研究チームでは、サントリー文化財団の研究助成は2012年7月末で終了したが、今後もこれらの課題についてさらに研究を継続、発展させていく予定である。そして、より包括的、体系的な研究として本研究を完成させ、最終的には専門書として出版したいと考えている。

 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

i 選挙運動の「アメリカ化」については、1)メディア中心選挙、2)政党の弱体化、3)選挙の個人化、4)選挙の科学化・専門化という4点を指している。詳しくは前嶋和弘「第2章ソーシャルメディアが変える選挙戦―アメリカの事例」清原聖子・前嶋和弘編著『インターネットが変える選挙 米韓比較と日本の展望』慶應義塾大学出版会2011年、31頁参照。

ii 上ノ原秀晃『日本の大都市におけるインターネット選挙:2010年参議院選挙および 2011年大阪市長選挙を事例として』情報通信学会第29回学会大会・口頭発表(国際教養大学)2012年6月24日

iii 李洪千『『ソウル市長選挙におけるSNSの利用と新しい動き』サントリー文化財団第三回研究会(明治大学)2012年1月27日

iv 玄武岩・上ノ原秀晃『政治不信のなかの選挙―2011年ソウル市長選と大阪市長選におけるメディア戦略と市民社会の行方―』韓国日本学会第85回学術大会日本政経社会学会・口頭発表(ソウル)2012年8月24日

v 清原聖子『2012年米国大統領選挙:共和党予備選挙に見られる新しい情報技術の活用と草の根運動―日本におけるネット選挙解禁議論との比較の視座から―』韓国日本学会第85回学術大会日本政経社会学会・口頭発表(ソウル)2012年8月24日

vi 前嶋和弘『変貌するメディアとアメリカの社会運動、選挙:ティーパーティ運動とウォール街占拠運動を中心にして』韓国日本学会第85回学術大会日本政経社会学会・口頭発表(ソウル)2012年8月24日

vii 清水憲人『米国におけるオンライン・プライバシー議論の動向』サントリー文化財団第四回研究会(明治大学)2012年4月27日

viii 小林哲郎『政治的知識ギャップを縮小する公共放送:CSES Module3の分析から』サントリー文化財団第三回研究会(明治大学)2012年1月27日

 

(2012年9月)

サントリー文化財団