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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史2016年受賞

高山 大毅(たかやま だいき)

『近世日本の「礼楽」と「修辞」 ―― 荻生徂徠以後の「接人」の制度構想』

(白水社)

1981年生まれ。
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了(アジア文化研究専攻)。博士(文学)。
日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院人文社会系研究科研究員などを経て、現在、駒澤大学文学部講師。
論文:「「物のあはれを知る」説と「通」談義 ― 初期宣長の位置」(『国語国文』84巻11号所収、京都大学文学部国語学国文学研究室)など。

『近世日本の「礼楽」と「修辞」 ―― 荻生徂徠以後の「接人」の制度構想』

 荻生徂徠の登場によって、徳川時代の思想史は大きく変わった。丸山眞男が1940年代に、その学界に対するデビュー作で説いたテーゼである。その後70年をへて、伊藤仁斎・荻生徂徠・本居宣長の思想についての理解や、時代の思潮が何から何に変わったのかという見解については、さまざまな新説が登場してきたが、徂徠学の登場を一つの画期とする点は、研究者の間ではほぼ共通了解になっている。
 高山氏の著書は、この大テーマにとりくんで、新たな徳川思想史像を打ち出した大胆な試みにほかならない。副題にある「「接人」の制度構想」という言葉は、徂徠の登場以後、18世紀後半の儒者・文人が共有した新たな思想の枠組を、著者自身の言葉で概念化したものである。研究の内容は、儒学・国学・水戸学にわたり、「礼楽」と「修辞」に限らず、その前提となる人間像や社会像など、幅広い問題を含んでいる。それを一貫した構想のもとに整序し、非専門家にも理解しやすい文体で巧みに叙述しているのも、本書の特筆すべき美点である。
 徳川時代においては儒学の思想が広く普及したものの、「礼」については本格的には受容されなかったと言われるが、この時代には徂徠学の思想系譜を承けて、「礼楽」の構想を真剣に展開する儒者が現れていた。また、漢詩や和歌についても、思いを率直に伝えるのではなく、「修辞」を介することで婉曲に表現する技法が追求された。両者の傾向はともに、自分と異質な他者とのあいだでコミュニケーションをどう進めるかについての、深い洞察を基盤としていた。そうした一種のパラダイムを発掘し、周到に描きだした業績として、今後の徳川思想史研究において必読の文献となることはまちがいない。
 本書で高山氏はテクストの周到な読解に基づいて、18世紀の日本思想における「競技規則」を、同時代の人々の思考に即しながら解読している。その点で、思想の「近代化」やナショナリズムの先行形態といった、現代人の関心から出発して過去の思想を裁断するという方法をとっていない。だが同時に、本書が明らかにした18世紀の「「接人」の制度構想」が、複雑化と多様化を極める現代社会において、人々の共存をいかに確保するかを考えるにあたって、有益な参考材料になることも、また確かであろう。
 高山氏によれば、こうした一群の制度構想は、19世紀に入ると消えてしまう「絶滅した生物群」である。すぐに絶滅してしまうという位置づけに、肩すかしを食らったように感じる読者もいるかもしれない。だがこれはむしろ、その後の思想史の展開については、さらに別の枠組を用意して語ろうという、探究心の現われとも読める。なしとげた達成の充実度とともに、今後の研究への期待をも誘う点で、本賞にふさわしい作品である。

苅部 直(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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