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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学2016年受賞

金沢 百枝(かなざわ ももえ)

『ロマネスク美術革命』

(新潮社)

1968年生まれ。
東京大学大学院理学系研究科修了(植物学専攻)。博士(理学)。東京大学大学院総合文化研究科修了(美術史専攻)。博士(学術)。
東海大学文学部ヨーロッパ文明学科准教授を経て、現在、東海大学文学部ヨーロッパ文明学科教授。新潮社『工芸青花』編集委員。
著書:『ロマネスクの宇宙』(東京大学出版会)、『イタリア古寺巡礼ミラノ→ヴェネツィア』(共著、新潮社)など。

『ロマネスク美術革命』

 『ロマネスク美術革命』は西洋中世のロマネスク美術を心から愛する研究者が世に問うた問題提起の書である。かわいらしいイヌとウサギの持ち送り彫刻から話が始まるからといって、誤解してはならない。ロマネスク美術の魅力を伝えるという意味では一般向けの啓蒙書の装いを見せながら、経験豊かな専門家の学識と主張が詰まった書物であるのは一読すれば明らかだ。
 ロマネスク美術は何よりもかたちの自由を求める芸術でモダン・アートに通底する、と著者は喝破する。西洋美術が古典古代の彫刻やイタリア・ルネサンス絵画、中世では偉容を誇るゴシック建築に代表されるとしても、ロマネスク美術はそれらと違った独特な造形の魅力にあふれ、異文化を取り込んだモダン・アートの斬新さとつながるとの決然たる言明。西洋美術史を相対化する新しいパースペクティヴを開いている。
 そのために著者は、アメリカ20世紀前半の研究者メイヤー・シャピロの議論を蘇らせつつ、フランス中世美術の権威アンリ・フォシヨン以来の通説「枠組みの法則」に痛撃を加える。オータンの大聖堂の扉口彫刻に見られる人像のプロポーションの不自然さも、ヴェズレーのサント・マドレーヌ修道院における物語柱頭の劇的な演出も、《バイユーのタピスリー》が示す自在な変形のユニークさも、決して建築や刺繍の枠の制約に受動的に従ったものではなく、枠を踏み台にし、枠を超える形で、感情や感性に直接訴える表現力の高い造形を実現した作品なのだと。ロマネスク美術の自由奔放なふるまいに着目する(偏愛と言ってもよいか?)著者にとって、「枠組みの法則」との対決は必然であり、その戦いぶりには十分な説得力がある。
 ロマネスク美術の再評価を目指した本書の面白さはそれだけには止まらない。「ケートス」と「ドラゴン」という二匹の海獣の図像が変遷するさまを精緻に跡づけた章は確かな学問的貢献として読み応えがあるし、無名職人の作と思われがちな中世美術における作家意識や作り手の地位向上の指摘も逆説的で興味深い。著者は、北はイギリス、ノルウェーから南はスペイン、イタリアまで、ヨーロッパ中を駆け回ってロマネスクの聖堂を調査する旅を長らく続けている。ヨーロッパ全域に目配りするその視野の広さは、ロマネスク美術における古代ローマ世界から受け継いだ定式(もともと「ロマネスク」とは「ローマ風」の意)と北方ゲルマン世界の荒々しい情動との出会いや融合を述べる際に、きわめて有効に働いているのである。
 このように「ロマネスク美術」の「革命」を論じることは、先に述べたように西洋美術への見方を変革することにつながる。物語的な場面を遠近法空間の中で写実的に正確に表現することだけが美術ではない、もっと自由に観て楽しもうではないか、ロマネスク美術もまた、と著者は語りかける。そこには単に美しいものだけではなく、滑稽でグロテスクなものから、愛らしくかわいいもの、心に響き感動するものまで、無限に多様な美があるのだからと。自由に裏打ちされたこの「革命」に加わることを、私は躊躇しない。

三浦篤(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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