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サントリー学芸賞

選評

政治・経済2016年受賞

塩出 浩之(しおで ひろゆき)

『越境者の政治史 ―― アジア太平洋における日本人の移民と植民』

(名古屋大学出版会)

1974年生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(地域文化研究専攻)。博士(学術)。
琉球大学法文学部講師、同准教授を経て、現在、琉球大学法文学部教授。
著書:『岡倉天心と大川周明』(山川出版社)、『公論と交際の東アジア近代』(編著、東京大学出版会)など。

『越境者の政治史 ―― アジア太平洋における日本人の移民と植民』

 本書は、近代のアジア太平洋地域に移民あるいは植民として移住した日本人を「越境者」として捉え、彼らが日本という国家およびアジア太平洋地域の政治秩序といかなる関係を持ったかを明らかにしようとしたものである。その際、日本人(日本国籍保有者)のうち、日本戸籍保有者(大和人、北海道アイヌ、沖縄人、樺太アイヌ<1933年以後>など)と非保有者(朝鮮人、台湾人、樺太アイヌ<1933年まで>など)の区別を重要な手がかりとしている。
 最初に内地からの多数の移住の対象となったのは蝦夷地であった。北海道は大和人の移住の対象地であり、また、20世紀初頭までは属領であった。その開発は容易ではなく、外国人の移住も検討された。しかし、やがて多数の大和人が定着し、アイヌに対する優位を確立すると、次第に国政参加意識が芽生えてくる。本土への一体化の主張と独自性の主張がからみあい、地域によって様々な政治意識と政治運動が生み出された。
 国境の外では、ハワイへの移住が大きな流れとなる。ハワイ王国当時、日本人は最大の民族集団だった。しかし王国はやがてアメリカ合衆国に併合されてしまう。その中で日本人移民の政治意識がどのように変化したか、さらに日米戦争下においてはどうなったかが検討される。なお、明治後期に対米移民が困難になったのち、中南米移民が増加するが、そこでも日本人移民は、日本との紐帯と現地の政治事情の下で、難しい問題に遭遇した。
 一方、朝鮮、台湾の場合は、属領であって、日本人は優越者として朝鮮人台湾人に臨んだが、参政権は持てなかった。しかし総力戦のさなか、朝鮮人台湾人の参政権が議論されるようになると、彼らはその特権を維持するために微妙な位置に立つことになる。
 この点、興味深いのは満州および満州国である。満州事変以前、満州における日本人移住者は、日本が一定の特権を持つ関東州および満鉄付属地に集中していた(それ以外は1万人以下)。満州国建国によって大きく状況は変化した。満州国は独立国とされ、日本人移住者の数は激増した。しかし彼らは日本国籍の放棄を望まず、他方で政治的権利は得ようとした。これは傀儡国家としての満州国が生み出した矛盾だった。
 その他、日本帝国崩壊後の海外からの引き上げにおける日本人の政治意識についての分析、明治期における内地雑居論(外国人の居住を居留地に限るべきか、内地に雑居を許すべきかという議論)の諸側面、矢内原忠雄の植民地政策論の再検討など、いずれも興味深い。
 ただ、著者が、植民地の本質は植民であるという矢内原の所説に立脚していることに、やや疑問を感じる。19世紀後半以後の植民地獲得においては、資源や市場、とくに安全保障上の観点が中心であった。植民概念を中心とする分析には、時として無理があるように思う。
 第二に、こうした日本人の移住や植民が、他の国民と比べてどのような特色を持っていたのか、もう少し比較の視点がほしい。
 とはいえ、本書は近代日本の移民・植民について、従来の多くの研究を踏まえ、幅広い視点で取り組んだ大胆な著作である。この大胆さを高く評価したい。

北岡 伸一(国際協力機構理事長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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