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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 2012年受賞

篠田 英朗(しのだ ひであき)

『「国家主権」という思想 ―― 国際立憲主義への軌跡』

(勁草書房)

1968年生まれ。
早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ロンドン大学London School of Economics and Political Science博士課程修了。Ph.D.。現在、広島大学平和科学研究センター准教授。
著書:『国際社会の秩序』(東京大学出版会)、『平和構築と法の支配―国際平和活動の理論的・機能的分析』(創文社)

『「国家主権」という思想 ―― 国際立憲主義への軌跡』

 この10月に来日した2011年ノーベル平和賞受賞者のリベリアのジョンソン=サーリーフ大統領は、東京大学で行われた講演の質疑応答のなかで、かつてアフリカ諸国はみな内政不干渉ということで他国の事情には無関心だったが、いまや国家主権は「保護する責任(ResponsibilityToProtect:R2P)」という考えで解釈されなければならない、したがって他国の事情にも無関心ではいられないと語った。21世紀の今日、国家主権は、単純に至高で絶対な権利というだけではすまない概念となっている。それでは、国家主権とは何なのか。国際社会に関心を持つ者は、依然として国際社会の基本単位は主権国家であると了解している。しかし、その意味は何なのか。
 本書『「国家主権」という思想―国際立憲主義への軌跡』は、そのような疑問をもつ読者に対して、最もコンパクトで明晰な分析を提供してくれる業績である。本書が冒頭に明らかにするように、国家主権とは近代が生み出した概念である。しかし、それをどのように解釈するかは、時代の変遷とともに変化してきた。この変化を分析する本書は、絶対性・至高性という観点から強調される国家主権という概念が、実は民主制や法の支配を生み出してきた「立憲主義」の考え方と密接に関連しつつ発展してきたことを論証している。国内社会において、絶対君主の主権という考え方から、法の支配(立憲主義)のもとでの人民主権という考え方に展開してきたように、著者は、国際社会においても、法の支配を基調とする立憲主義(国際立憲主義)が国家主権の見方に影響を与えたのが19世紀から21世紀にかけての展開であると論じる。
 論述は明晰であり堅実である。とくに18世紀から20世紀にかけての国際社会の考え方に大きな影響をあたえた英米を中心にする思想家・国際法学者が国家主権を如何なる文脈でどのように捉えてきたかを概観するのに本書にまさる分析は世界的にもほとんどない。特に国内主権論と対外的な国家主権論のはらむ緊張関係についての分析は本書の特徴である。国際立憲主義的主権観を推し進めようとするウィルソン米大統領のもとで国務長官をつとめたランシングは、力によって定義される主権概念を主張する国際法学者であった。この二人の間の緊張関係の叙述は、本書の山場の一つであろう。もちろん、本書の格闘する相手は、国際社会の根本概念である国家主権である。本書をもってしても、その全貌を覆い尽くしていないのは当然である。評者は、冒頭、ジョンソン=サーリーフ大統領の見解を紹介したが、20世紀から21世紀にかけての主権概念の変遷を考えるとき、かつて帝国主義のもと植民地支配を受け、独立を勝ち取っていった人々の見解の変遷もまた、きわめて重要な国家主権に関する思想史を形成すると思う。「保護する責任」(R2P)という考え方自身、依然として論争的である。著者には、21世紀の国家主権論をさらに詳細に展開して欲しいと思う。

田中 明彦(国際協力機構理事長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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