サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > サントリー学芸賞 > 受賞者一覧・選評 > 飯尾 潤『日本の統治構造 ―― 官僚内閣制から議院内閣制へ』

サントリー学芸賞

選評

政治・経済 2007年受賞

飯尾 潤(いいお じゅん)

『日本の統治構造 ―― 官僚内閣制から議院内閣制へ』

(中央公論新社)

1962年生まれ。
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(政治学専攻)。博士(法学)。
埼玉大学助教授などを経て、現在、政策研究大学院大学教授。
著書:『民営化の政治過程』(東京大学出版会)など。

『日本の統治構造 ―― 官僚内閣制から議院内閣制へ』

 日本の政治はどこか他の国と違うと感じる人は、専門家以外にも多い。政治学者も、長年、その特色を説明しようとしてきた。その結果、政治の様々な側面について、多くの研究が蓄積されてきたが、日本政治の全体像となると、強く推せる研究は多くない。飯尾氏の著書は、その書名が示すとおり、日本政治の核心部分について包括的な分析を加えたものである。平易な叙述の中に、多くの斬新な考察を散りばめ、かつ今後の改革の方向をも示した、すぐれた著作である。
 誰でも知るとおり、現代の民主政治は大統領制か議院内閣制であり、日本は後者に属する。しかし日本の議院内閣制は、他の国々のそれと大きく異なっている。
 著者によれば、それは第一に明治以来の「官僚内閣制」の伝統から来ている。官僚内閣制というのは、非難でも皮肉でもなく、きちんと定義されており、職務分担を原則とする官僚制度が、首相のリーダーシップを制約し、閣僚は各省庁の代理人となるような内閣制度のことを指している。
 日本の官僚は、それぞれの分野において、それなりに民意を吸収し、政策を立案する能力を持っていた。その結果、民意は省庁を通じて、部分的に代表されてきた。これを著者は「省庁代表制」と呼んでいる。しかし、このシステムは、省庁の枠を超える事項に関しては、うまく行かない。官僚内閣制のもとで、統一性と包括性をもった政策は生み出されにくかった。
 官僚内閣制は、新憲法で議院内閣制が導入されたにも関わらず、生き残った。そして、自民党の長期政権が、また新しい特徴を付け加えることになった。自民党は官僚に依拠しつつも、長年の政権担当の中で、独自の政策決定能力を形成し、政策決定および実施プロセスに介入するようになった。このように、与党が内閣から独立性をもったアクターとなるのは、日本の大きな特徴である。著者はこれを「政府与党二元体制」と呼んでいる。
 ここでも、自民党政治はそれなりに民意を反映し、時代の要請に応じて、政策を変更してきた。しかし、当然ながら自民党の基盤を脅かすような政策転換や、政治責任の明確化は行われてこなかった。
 1990年以後の政治改革の背景にあったのは、官僚内閣制と政府与党二元体制が限界にきたことである。世界の大きな変化に対し、ダイナミックな政権交代が可能なシステムでなければ、対応することができない。日本の課題は、現在のシステムを議院内閣制として完成していくことだと、著者は主張する。
 私は、現代日本政治の分析のためには、1.政治の原則についての適切な知識、2.諸外国の政治についての広い知識、3.近代日本の政治についての深い知識、そして4.現在の政治の現場についての詳しい情報が、必要だと考えている。これらをすべて持つことは至難の業である。とくに私のように近代日本の政治と外交を専門にしているものからみると、3についてはなはだ物足りない人が多い。飯尾氏は、現在、このいずれにおいても十分な知識を持つ数少ない政治学者である。
 著者はすでに『中央公論』や『論座』に頻繁に執筆し、現代政治の確かな解説者として、高い評価を受けている。本書は、その背景にある学問的蓄積を示すものであり、日本政治の在り方を議論する上で必読の書といっても決して過言ではないと考える。

北岡 伸一(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

サントリー文化財団