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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 1994年受賞

上野 千鶴子(うえの ちずこ)

『近代家族の成立と終焉』

(岩波書店)

1948年、富山県上市町生まれ。
京都大学大学院文学研究科社会学専攻博士課程修了。
平安女学院短期大学助教授、京都精華大学教授等を経て、現在、東京大学文学部助教授。
著書:『資本制と家事労働』(海鳴社)、『構造主義の冒険』(勁草書房)、『女遊び』(学陽書房)など。

『近代家族の成立と終焉』

 1978年の秋のことであったかと思うが、ニューヨークでテレビをつけると、「アメリカの家族」という特別番組をNBCがやっていた。
 アメリカにはさまざまなタイプの家族がみられ、何でも11か12の種類があるといって、大家族(三代同居)から核家族はてはレズビアン家族や父子(養子)家族といったものまで紹介していた。当時はこうした多様な家族のあり方が大変珍しく、アメリカ社会の変化のさまに接する思いだった。ハーバードのジェローム・ケイガンが出てきて、「混合家族」の存在を説明していたのも鮮やかな印象である。
 いま、上野千鶴子さんのこの本を読むと、現代日本社会にも、さまざまなタイプの家族が出てきており、社会の変化のさまに接する思いを強くする。上野さんも指摘しているように文化人類学や社会学の家族研究は従来型の構造・機能研究面では頭打ちになっており、新しい展開は望めない気がする。
 慧眼な上野さんは、ファミリィ・アイデンティティ(家族を成立させている意識を中心にみる)という概念をもって、「家族」を構成する現実と意識の面から現代家族の実態を分析した。「家族」研究はある意味では新味がないとはいえ、「家族問題」は常に新しい。戦後日本社会の変化の多くは「家族」をめぐっておき、「家族問題」の困難が事件となって現れると、社会は衝撃を受けた。
 この変化をファミリィ・アイデンティティの面から実態調査に基づいて鋭く分析したのが「近代家族のゆらぎ」であり、この論文によると、日本の「家族」は、意識は伝統型だが形態は非伝統的、形態は伝統型だが意識は非伝統的な二つの方向へ進みつつあり、しかもはつらつとした「ほんものの家族」を主張するのは法律婚よりも事実婚のカップルに多いとのことである。これは当然のようにも感じられるが、社会的にはいまだ制約がある。そこに意味があるのであろう。さらに幻想の中の家族のような新しい家族への期待像があることも指摘されている。私は今後の家族成立の要件には「さびしさ」といった情緒的な面が大きくなると思っているが、上野さんのこの本から近代日本の家族と現代の変化について、まことに明晰で学問的気くばりにみちた議論と分析による知見を得ることができた。もちろん、他にも江藤淳氏や梅棹忠夫氏の仕事についての気くばりよい議論があって、全体に議論の厚みを与えている。これからも社会学といった19世紀の枠組みにとらわれることのないすばらしい研究と議論を日本の沈みがちな社会科学に与え続けて欲しい。

青木 保(大阪大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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