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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 1992年受賞

坂本 一登(さかもと かずと)

『伊藤博文と明治国家形成 ―― 「宮中」の制度化と立憲制の導入』

(吉川弘文館)

1956年、広島県比和町生まれ。
東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学。
東京都立大学法学部助手、日本学術振興会特別研究員、北海学園大学教養部専任講師を経て、現在、北海学園大学教養部助教授。

『伊藤博文と明治国家形成 ―― 「宮中」の制度化と立憲制の導入』

 平素は至って冷静な人が、ひとたび政治を論じるとなると、思いこみの党派性に走ったり、軽々しく世間の風潮に同じたりする。政治史の研究も殆んど然り、善玉悪玉を頭から区別して、罵りの快を貪りながら、我が仏尊しの念仏に耽る。学問の根本要素はニュートラルな立 場を堅持することである筈なのに、その実例にはなかなかお目にかかれない。現代の対立や問題点を、そのまま手離しで過去に投影し、裁判官のように振舞う御機嫌なタイプが幅をきかしている。
 しかし漸く新しい世代が、政治の力学を透視しようと努め始めた。坂本一登の巧緻な考察は、その歓迎すべき先駆けの顕著な一例である。この人は高みから見下したりしない。自然現象を測定するように、政治の磁場に目を注ぐ。その身構えはあくまでも端正であるが、し かし対象を突き放しはしない。それぞれの政治家の苦心に接して、満腔の熱い同情を抱く。だからと言って感傷に流れることはない。その姿勢は厳粛でありながら人間的である。平静と綿密と距離間隔と同情と、即ち政治史を構想する場合の必須条件が、すべて円満に具わっている。
 今までの政治史を毒していたのは、政治を人間行動として観察せず、政治家の思想だけを抜きだして、それを党派的な基準に照らして、プラスマイナスの採点を楽しむ居丈高である。それは論理学の演習ではあっても歴史ではない。この思い上がりの安易な習慣から、坂本一 登は完全に切れている。
 もうひとつの悪しき伝統は、ドイツならドイツ、フランスならフランスの政治理念史と比較して、近代日本史に矮小と偏向と低落を見出し、一方的に裁いて喜ぶ判官気取りである。その影響を坂本一登は微塵も受けていない。見事に独立独歩の踏み出しである。
 近代国家の出発に際して、君主をいかように制度化するか、この必須にして微妙な難題を、解決しなければならなかった明治政府、その牽引者であった伊藤博文が、直面した困難を辿ってゆく著者の視線は、あくまでもニュートラルで動じない。政治過程をシステムと観じる学問態度が、行き届いた資料吟味の眼光を通じて、政治のドラマの一幕一幕を、むしろスリリングに快く浮かびあがる。

谷沢 永一(関西大学名誉教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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