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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 1988年受賞

梶田 孝道(かじた たかみち)

『エスニシティと社会変動』

(有信堂高文社)

1947年、岐阜県瑞浪市生まれ。
東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。
津田塾大学学芸学部国際関係学科専任講師を経て、現在、津田塾大学学芸学部助教授。この間、フランス国立社会科学高等研究院に滞在。
著書:『コミュニティの社会設計』(共著、有斐閣)、『先進社会のジレンマ』(共著、有斐閣)など。

『エスニシティと社会変動』

 「国際化」が時代のキーワードとして使われ出してから、もう十数年になる。掛け声のわりには、事態はそれほど進展していないように見える。それどころか、世界の各地で労働移民問題や地域紛争が多発し、さらにまた文化相対主義を否定する動きとも重なって、「国際化」はまさに危殆に瀕しているといってもよい。
 経済やコミュニケーションにおけるボーダーレス化、つまり「世界化」の傾向が著しいことは否定できない。だが、それぞれの社会の基本的慣習や価値観を乗り越えて、真の意味での「国際化」を達成することは、はたして可能なのか。そこには大きな壁が横たわっているように思われる。
 著者は、われわれの前に立ちはだかる障壁として、ともすれば忘れがちな「エスニシティ」問題に刮目する。それは古くて新しい人類の未決課題なのであり、仮に「国際化」がフィーザブルだとすれば、民族文化に深く根ざしたエスニックな紛争の解決なしにはありえないからである。だが、ヨーロッパ各国における白人と有色労働移民との就労をめぐる厳しい対立、多民族国家における民族自決運動、民族的な階層対立を示す宗教・言語紛争、アメリカでの黒人・インディアン問題など、今日エスニシティに由来する社会問題群は、はてしなく広がるばかりである。
 本書は、主としてヨーロッパのエスニック問題を、極めて具体的に記述・分析するとともに、その生起理由を、単なる文化の相違に帰することなく、明快な社会学理論によって解明している。近代化という社会変動過程にあっては、業績主義なる価値観が支配的となり、その対極にある属性主義は当然消滅するはずなのに、現実には、アーチブド・アスクリプション(業績主義の属性化)と、アスクライブド・アチーブメント(属性に支えられた業績主義)の形で、むしろ活性化されるのである。とくに後者が、エスニシティ問題の発生契機になるとする。すなわち、近代化・経済成長がそれまでに存した文化的差異に基づく社会的格差や階層的支配構造を、いっそう拡大、増幅するのである。
 いま欧米諸国で眺められるエスニック問題は、やがては労働移民を受け入れざるをえない日本人にとっても、大きな関心事である。対象把握概念としての「エスニシティ」を明確に定義するのは困難であるとしても、この本の拠って立つ「階級も民族も」という分析視角は示唆的である。単一の自足的社会を前提とする従来の日本の社会学理論を打破し、「社会学の国際化」をはかろうとする本研究の意義は大きい。日本の社会学にとって本年度の白眉の書と言うべきであろう。

濱口 惠俊(国際日本文化研究センター教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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