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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1988年受賞

原 広司(はら ひろし)

『空間<機能から様相へ>』

(岩波書店)

1936年、神奈川県川崎市生まれ。
東京大学大学院博士課程修了。
東洋大学工学部教授、東京大学生産技術研究所助教授を経て、現在、東京大学生産技術研究所教授。建築家。
設計:「田崎美術館」(日本建築学会賞)、「ヤマトインターナショナル東京支店」(AD Award、村野藤吾賞他)など。
著書:『建築に何が可能か』(学芸書林)、『住居集合論(I〜V)』(鹿島出版会)、『集落への旅』(岩波書店)など。

『空間<機能から様相へ>』

 わたしは、未来の都市は迷路のようなものになるだろう、とおもっている。その理由は、しばしば、キチンと整理された街よりゴチャゴチャした町のほうが活気があるからである。東京の「アメ横」も、モダンに整備された街より昔ながらの古い町のほうが活気がある。
 どうしてゴチャゴチャした町のほうに活気があるのか。新しい町は、しばしばコンクリートやガラスで人びとの行動が規制されている、つまり生活が計画されているのに、古い町のほうには行動の自由がある、さまざまな生活の可能性があるからである。都市は、空間の結晶体であるよりも、人間の運動体なのだ。宇宙でも、運動のないところには時間も空間もない。よく「宇宙の果」が問題になるが、そこには運動がないのだから時間も空間も存在しない。
 したがって、都市の未来も肯定的にかんがえようとおもえば、人びとの活気さをこそかんがえるべきであり、近代的に計画された街より迷路のほうが勝っている、といえる。
 その迷路を、原広司さんは、長年月にわたるフィールド調査と、建築設計と、数理的研究と、そして哲学的あるいは直感的思索から「様相」ということばで表現している、とわたしはおもった。
 では様相とは何か。そのことを説明したのが本書である。それを一言でいうのは難かしいが、原さんのことばを借りれば「白い山々が夕陽に映えるような状態」というべきか。「(その)変化を一分間眺めただけで、300の絵画、300の詩、300の建築ができるはずだ」という。それは「〈意識をのぞきこむ〉作業」である。「心象風景」といってもよい。そういうさまざまなイメージを喚起させるような力をもつ空間について原さんは熱っぽく語りかける。
 わたしは、こういう原さんを「蜃気楼の建築家」だとおもう。そして本書は「蜃気楼の建築」について語った空間論である、と理解する。蜃気楼つまり砂漠にオアシスが見えたり、海上で船が逆さに映ったりする現象は、昔、大ハマグリ(蜃)が気を吐いて楼閣を描くとかんがえられたものだ。いまは光の屈折現象によってそれは説明されるが、原さんはそれを人間の意識や空間の住みこなしかたによってさまざまに見えてくる、と確信している。そういう空間をつくることが、機能を求めた近代建築にたいして現代建築の進むべき方向である、と説く。卓説である。
 しかし本書はどうじにきわめて難解である。ときに晦渋ですらある。そのため、異例のことだが、本書は2年連続して選考委員会にかけられ、さいごに選定された。それも本書がもつ重い問題提起のせいである。

上田 篤(京都精華大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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