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サントリー学芸賞

選評

社会・風俗 1983年受賞

向井 敏(むかい さとし)

『虹をつくる男たち ―― コマーシャルの30年』

(文藝春秋)

1930年、大阪府生まれ。
大阪大学大学院修士課程修了(仏文学専攻)。
1961年電通入社、同社クリエーティブ局においてCM制作を担当。1982年同社を退社し、現在、著述活動に携わる。
著書:『紋章だけの王国』(潮出出版社)など。

『虹をつくる男たち ―― コマーシャルの30年』

 文化とは、消費することだ。
 消費する側の選択は、その生活態度と程度の差こそあれ、無限であり、屡々衝動的でさえある。
 消費させる側の戦略には、正統という方法ばかりでなく、時として無手勝流がはびこるが、勝てば官軍、たとえ短期間に忘れ去られてしまうにせよ、消費をうながした動機によって勲功を受けることもある。自分には手の届かないものだと思いこんでいた人にとって、自分にも、と考えなおし、自分ならこちらを選ぶと主導権をもたせるように錯覚をおこさせる手練手管は、マスコミの流れの中でコマーシャルという媒体そのものに躍動する執念の産物である。
 マスコミという奇妙な言葉が、自由主義経済の寵児として登場する一方、程遠からぬ位置で文化との接点を、望むと望まざるとにかかわらず、探し求めねばならなかったのは、消費、裏返せば生産という国力の充実とあいまって、実り豊かな内容を包含するにいたる当然の帰結である。
 文字のみが思想や知識の媒体として君臨していた時代から、現代のマスコミは型、色、音をはじめ、あらゆる刺激を総動員して人間の五感に働きかける時、過度に能動的にならざるを得ないが、消費する側に応々にして賢明な判断が恣意的に作動するのはほほえましい状況である。
 『虹をつくる男たち――コマーシャルの30年』で向井敏氏は方向を探しあぐね、模索し、実体のないものの出現に閉口しながらも、消費経済の申し子たるに足るコマーシャルの世界を、着々と構築していく過程を描く。
 ともすれば、軽佻浮薄になりかねない分野の仕事だが、広範な教養と、あくなき創造力を駆使して、我が国の風土に適した、したたかな世界をつくりあげた男たちの生活のドラマであり軌跡である。

辻 静雄(辻調理師専門学校校長)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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