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ニュースリリース
  • (2016/8/25)

2016年度
第38回サントリー地域文化賞受賞者活動概要

 

山形県上山市 「上山(かみのやま)市民俗行事加勢鳥(かせどり)保存会」

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◎受賞理由
コミュニティ結束の核として、約60年ぶりに民俗行事を復活させ、創造的に再生、継承している点が高く評価された。

◎活動概要
「カッカッカーのカッカッカー」という掛け声とともに、「ケンダイ」と呼ばれる蓑のようなものを、頭からすっぽり覆った異様な風体の集団が街を練り歩く。真冬の上山市内にはあちこちに雪が積もっているが、手足はむきだしの素肌である。沿道に集まった人々は、そんな彼らに水を浴びせかける。そして、「銭さし籠」と呼ばれる籠にご祝儀を入れ、火除けのお札をもらう。小正月の伝統行事「加勢鳥」のひとこまである。
加勢鳥は五穀豊穣、家運隆盛をもたらす歳神様の来訪行事で、同じルーツを持つ行事が全国に伝わっている。上山では今から400年ほど前、登城を許されて殿様の前で行う「御前(ごぜん)加勢」と、周辺の村々から集まった若者が城下町の街角で行う「町方(まちかた)加勢」が始まった。町方加勢では若者たちが商家を巡り、町衆は火伏せと商売繁盛を祈願して彼らに水をかけ、食事や酒を振舞った。しかしこの行事は、明治期には姿を消してしまった。
1954年、周辺町村を次々に合併して新しい上山市が誕生した。城下町だった旧上山と周辺の町村が結束するためには、コミュニティの核となるものが必要と考えた人々は、1959年、加勢鳥を復活させた。しかし、中心メンバーの誰も加勢鳥を実際には見たことがないため、古老や郷土史家の話を聞きながらの手探りの取り組みだった。
1986年、加勢鳥を今後も長く継承していくために「上山市民俗行事加勢鳥保存会」が結成された。保存会では、秋田の劇団「わらび座」に依頼して、地元に古くから伝わる加勢鳥の歌に踊りをつけてもらい、お囃子を担当する「火勢(かせ)太鼓」のメンバーを新たに募集した。1990年から20年をかけて、加勢鳥が回らない郊外地域の全1万2千戸を訪ねる「事前加勢」を実施し、周知にも努めた。さらに、インターネットを用いた公募を始め、現在は外国人も含め、全国から集まった34羽の加勢鳥が街を練り歩いている。
現代に復活した加勢鳥は資料から想像して作られたものであり、新たな改良も加えられている。いわば、伝統の再創造である。だから厳密な意味での文化財ではない。再生された加勢鳥は、商店や旅館、一般の人々からのご祝儀や、加勢鳥にちなんだご当地グルメや加勢鳥グッズを販売し売上金の一部を寄付する「カッカッカーの加勢鳥応援隊」などによって経済的に支えられている。当日は町の人々がボランティアでお手伝いをし、その協力の輪も広がっている。また、他地域の人に加勢鳥の話をすると非常に関心を持ってもらえるので、上山出身者がふるさとを強く意識するツールにもなっている。加勢鳥はコミュニティを結びつける、地域の大切な文化的財産なのである。

◎代表者および連絡先


代表:大沢健一氏

〈代表〉
大沢健一氏(上山市民俗行事加勢鳥保存会会長、自営業、57歳)

〈事務連絡先〉
一般社団法人上山市観光物産協会
〒999-3153 山形県上山市十日町1-3
TEL 023-672-0839
FAX 023-673-3622

◎山形県内のこれまでのサントリー地域文化賞受賞者
川西町 山形県立置賜(おきたま)農業高等学校(2012年)
山形市 山形国際ドキュメンタリー映画祭(2007年)
上山市 全国かかし祭(2005年)
山形市 山形交響楽団(2001年)
鶴岡市 山口吉彦氏、山口考子(なすこ)氏(1998年)
鶴岡市 黒川能(1988年)
鶴岡市 白甕(はくおう)社(1981年)

 

静岡県伊豆の国市 「パン祖のパン祭」

◎受賞理由
日本で初めてパンを焼いたパン祖・江川太郎左衛門英龍(ひでたつ)にちなんだお祭りを開催し、先人の功績を地域住民に伝えるとともに、全国の高校生を巻き込みながら活気あるパン文化を創り出している点が高く評価された。

◎活動概要
毎年1月に伊豆半島の北部、伊豆の国市で「パン祖のパン祭」という名のお祭りが行われている。“パン祖”とは伊豆の国市の一部である韮山(にらやま)をかつて統治していた代官、江川太郎左衛門英龍(江川坦庵(たんなん))。鎖国時代の日本において軍の洋式化に力を注いだ彼は、世界文化遺産にも登録された韮山反射炉を建設し、西洋砲術を普及させたことで全国的に知られているが、実は1842年(天保13年)に兵糧食として日本で初めてパンを焼いた人物でもある。
「パン祖のパン祭」のはじまりは町の合併がきっかけであった。伊豆長岡町、大仁町、韮山町が2005年に伊豆の国市となり、翌年三町の観光協会も統合。皆で新たなイベントを立ち上げようという機運が高まり、検討を重ねる中で辿り着いたのが“パン祖”にちなんだお祭りだった。コンテスト受賞歴も多い地元のパン職人、杉山大一(だいいち)氏を実行委員長に、観光協会・市・JAの職員などで実行委員会を結成。2007年に日本のパン発祥の地・韮山で、全国でも非常に珍しいパンづくしのお祭りをスタートさせた。
パン祭のメインイベントは高校生を対象とした「全国高校生パンコンテスト」。オリジナルレシピの書類選考を通過した20名が、パン祭当日に実技とプレゼンテーションを行う。真剣勝負の個人戦。各人が練習を重ねてきた地元とは気温も湿度も異なる地でいつも通りは通用しない。それぞれがその場で判断をし、調整を加えながら渾身の作品をつくる。第1回は95名だった応募者も2016年の第10回には413名へと増加し、コンテストの水準も年々上昇。このハイレベルな戦いを勝ち抜いた優勝作品は伊豆の国市内で商品化され、パン店やスーパーに並ぶ。本格的に製パン・製菓技術を学ぶ全国の高校生にとっては憧れの舞台だ。
また、会場では隣町の田方(たがた)農業高校の生徒が1ヶ月かけて制作する全長2メートルほどの巨大パンオブジェの展示や、パン生地のばしコンテスト・パン食いゲーム・パンフィッシングなどの子ども向けイベント、さらには全国の有名店が参加するパン販売会も行われ、2日間で1万人の地域住民が訪れるという。江川家の存在が色濃い伊豆の国市において、坦庵が“パン祖”としても親しまれているのはひとえに「パン祖のパン祭」の功績といえるだろう。
パン祭期間外にも、杉山氏や田方農業高校食品科学部が技術指導を行う市民向けのパン教室などが開催され、地元では新たなパン文化が定着しはじめている。実行委員会の夢は全国高校生パンコンテストを「パンの甲子園」へと育てること。ここから業界を盛り上げるような人材を輩出し、これからもパン発祥の地・韮山から活気あるパン文化を発信していくことを期待したい。

◎代表者および連絡先

代表:杉山大一氏

〈代表〉
杉山大一(だいいち)氏(伊豆の国パン祖のパン祭実行委員長、自営業、48歳)

〈連絡先〉
一般社団法人伊豆の国市観光協会
〒410-2201 静岡県伊豆の国市古奈255
TEL 055-948-0304
FAX 055-948-5151

◎静岡県内のこれまでのサントリー地域文化賞受賞者
浜松市 峠の国盗り綱引き合戦(2014年・長野県飯田市とともに)
磐田市 桶ケ谷沼 トンボの楽園づくり(2013年)
浜松市 横尾歌舞伎(2009年)
浜松市 浜松交響楽団(2000年)
静岡市 青嶋昭男氏、青嶋節子氏(1994年)
浜松市 浜松まつり凧揚げ保存会(1986年)
静岡市 劇団「炎」(1980年)

 

島根県隠岐の島町 「全隠岐牛突(うしづ)き連合会」

◎受賞理由
歴史と伝統を誇る、人牛一体となった独特の闘牛文化「牛突き」を、家族、コミュニティぐるみで継承し、守り続けている点が高く評価された。

◎活動概要
日本海に浮かぶ隠岐諸島は、古くから上皇や天皇が配流された島として知られ、多くの伝統文化が今に伝えられている。そのひとつが今から800年以上昔、隠岐に流された後鳥羽上皇をお慰めするために始められたという「牛突き」である。
牛突きとは、牛同士が角を突き合わせて闘う闘牛のことだ。隠岐の牛突きは全国数箇所に残る闘牛とは異なり、最後まで手綱をつけたまま牛を闘わせる。手綱を手にした「綱取(ど)り」が「サーサーサー」「オリャオリャオリャ」と掛け声をかけながら、牛の動きに合わせて目まぐるしく動き回り、微妙な綱の引き加減で牛に闘い方の指示を送る。牛の実力だけでなく、綱取りの技量も勝敗を大きく左右するといわれている。1トン近い体重の雄牛が暴れまわるのだから、危険である。1時間を越える大勝負になることもあり、敏捷性と体力のある若い人にしか綱取りはできない。そのため、綱取り修行は小学生くらいから始まる。子どもの頃から牛に慣れ親しんできた青年たちが、まさに人牛一体となった闘いを繰り広げているのだ。
かつては役牛(えきぎゅう)としてどこの農家でも牛を飼っていたため、隠岐全島の集落ごとに闘牛場があったという。しかし1950年代後半には農業の機械化によって役牛が姿を消す。かわって闘牛のためだけに牛を飼う「牛主(うしぬし)」たちが伝統を守ってきたのだが、現在では隠岐の島町の五箇、都万(つま)、西郷の3地区にしか牛突きが残っていない。牛主は生き物が相手なので、餌やりや牛舎の掃除、散歩、ブラッシングと、月に2回地区ごとに集まっての練習試合など、日々の世話が欠かせない。また、牛を大会に出す際のさまざまな習慣や伝統的な儀礼、応援してくれる人々の接待、仔牛の購入や飼育、運搬にかかる経済的な負担もあり、家族みんなの理解と協力がなければやっていけない。
こうした中、隠岐の牛突きを地域の文化的な財産として認めてもらおうとする動きと、地域活性化に活用しようという動きが生まれる。1973年、3つの地区の保存会を束ねる形で「全隠岐牛突き連合会」が発足。『隠岐島の牛突き』(野津龍著・2006年)の発行や教育委員会による記録映像の撮影が行われる。また、伝統的な「八朔(はっさく)大会」と「一夜嶽大会」のほか、春場所、夏場所大会を開催。1987年に完成した日本初の全天候型闘牛場「隠岐モーモードーム」では観光闘牛も行っている。1997年には全隠岐牛突き連合会の呼びかけで、「全国闘牛サミット協議会」が結成され、第1回のサミットが隠岐で開催された。
地元では「バカでなければ牛は飼われん」と言われるほど負担が大きい牛主だが、グループや地域で新たに牛を飼い、牛突きに参加している例や、子どもの頃から大の牛好きである綱取りたちが牛主になることも多い。隠岐の“牛突き”=“牛好き”の伝統が、千年続くものになることを期待したい。

◎代表者および連絡先


代表:村上芳雄氏

〈代表〉
村上芳雄氏(全隠岐牛突き連合会会長、自営業、66歳)

〈事務連絡先〉
隠岐の島町教育委員会生涯学習課文化振興係
〒685-0022 島根県隠岐郡隠岐の島町今津346番2
TEL 08512-2-2126
FAX 08512-2-0619

◎島根県内のこれまでのサントリー地域文化賞受賞者
飯南町 飯南町注連縄(しめなわ)企業組合(2015年)
松江市 美保神社大祭奉賛会(2014年)
隠岐の島町 隠岐国分寺蓮華会舞(れんげえまい)保存会(2008年)
浜田市 波佐(はざ)文化協会(2000年)
出雲市 出雲歌舞伎「むらくも座」(1999年)
松江市 劇団「あしぶえ」(1997年)
雲南市 鉄の歴史村づくり(1991年)
隠岐の島町 隠岐古典相撲(ずもう)大巾(おおはば)会(1988年)

 

徳島県鳴門市 「鳴門『第九』を歌う会」

◎受賞理由
ベートーヴェンの交響曲第9番がアジア・日本で初めて演奏された史実を活かし、その背景にある友愛精神を後世に残したいという思いを込めて、全国の愛好家とともに長年歌い継いできた点が高く評価された。

◎活動概要
年の瀬に日本各地で盛んに演奏されるベートーヴェン作曲の交響曲第9番。この「第九」が日本で、そしてアジアで初めて演奏されたのは1918年6月1日、徳島県鳴門市においてであった。合唱付きで全楽章を演奏したのは、鳴門市の板東俘虜収容所にいた第一次世界大戦のドイツ人捕虜たち。板東収容所は所長・松江豊寿(とよひさ)の人道的で寛容な方針のもと、捕虜たちが多彩な産業活動・文化活動を行ったことで知られる。収容所内ではパン屋、家具屋、レストラン、ボーリング場、郵便局などが開業・運営され、テニスやサッカー、水泳などのスポーツの他、演奏会や講演会、演劇もたびたび行われた。そして地元住民は親しみを込めて彼らを「ドイツさん」と呼び、高度な技術や文化を学ぶなど、交流を育んだ。
この信じがたい史実と、それを可能にした友愛の精神。「第九」こそがそのシンボルであると考え、鳴門市では1982年以来毎年6月に「第九」の演奏会を開催している。このために結成した合唱団「鳴門『第九』を歌う会」は、舞台で歌うだけでなく演奏会の運営を中心的に担ってきた。合唱団員の募集、練習会のオペレーション、会場設営、リハーサル、来場客の誘導から、指揮者選びや全国公募するソリストのオーディションに至るまで、外部に任せず手作りで行う。地域での「第九」普及にも力を入れ、鳴門市内の中学生・高校生向けの合唱教室で指導し、また市内外のイベントにも声がかかれば喜んで出向き、歌う。
鳴門から日本へ、そして世界へ「初演の地・鳴門で歌う『第九』」の輪を広げたいと他府県に呼びかけ、1989年には「全日本『第九を歌う会』連合会」を結成。今では、海外も含め60を超える団体が演奏会に参加する。初演の地で歌う特別感と、初対面でも「(『第九』のふるさとに)おかえりなさい!」と迎えられる温かさによって、「第九」愛好家の間では鳴門が聖地のような存在になりつつある。また国境を越えて、姉妹都市であるドイツ・リューネブルク市や、捕虜となったドイツ兵が拠点としていた中国・青島での「里帰り公演」も実現させた。
2018年は初演100周年。前年に行うドイツ里帰り公演では、クリスマスカードのやりとりから消息を掴んだドイツ兵元捕虜の子孫を招待する計画だ。また鳴門で6月1日に行う100周年記念演奏会では、初演と同様に男性だけで編成した演奏・合唱を再現する。しかし「鳴門『第九』を歌う会」は、100周年を“打ち上げ花火”にするつもりはない。歌う喜びを次世代の青少年にも味わって欲しい、これをきっかけに芸術・文化に感動する心を養って欲しい。そのためにこれからも、他のどの土地で演奏されるのとも異なる“特別な『第九』”を歌い継いでゆく。彼らを動かすのは「初演の地だからこそ、良い歌を歌いたい、歌ってもらいたい」という“第九道”とも呼べる熱い思いだ。

◎代表者および連絡先


代表:大塚道子氏

〈代表〉
大塚道子氏(認定特定非営利活動法人 鳴門「第九」を歌う会理事長、85歳)

〈事務連絡先〉
浅野司郎氏(認定特定非営利活動法人 鳴門「第九」を歌う会副理事長、事務局長)
事務局:〒772-0003 徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜24-7 鳴門市文化会館内
TEL 088-686-9999
FAX 088-686-9994

◎徳島県内のこれまでのサントリー地域文化賞受賞者
三好市 四国の秘境 山城・大歩危(おおぼけ)妖怪村(2013年)
徳島市 犬飼農村舞台保存会(1998年)
徳島市 徳島国際人形劇フェスティバル実行委員会(1995年)
阿波市 阿波町 花いっぱい運動(1989年)

 

高知県黒潮町 「砂浜美術館」

◎受賞理由
地域住民が子どものときから親しんできた砂浜を「美術館」と見立て、日常の何気ない事象の中に「美」や「面白さ」を見つけ展示して見せるという、既成の概念をこえ遊び心にみちた新しい地域づくりが高く評価された。

◎活動概要
高知県西部、清流で名高い四万十川に近い黒潮町には、太平洋に面した4kmも続く美しい白砂の浜がある。ウミガメが産卵に上陸し、沖合はホエールウォッチングの名所という自然のままの砂浜、その浜に沿って続く美しい松原とラッキョウ畑。地元の誰もが子どものころから親しんできたこの風景をそのまま美術館に見立てたのが「砂浜美術館」である。
「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」。このコンセプトの通り、上陸するカメ、浜を歩く小鳥などの足跡、さまざまな漂流物、走り回る子どもたち、こうした日常にある事象の中に面白さを発見し、展示作品にしている。この活動は、1989年、写真家・北出博基氏の「自分のとった写真をTシャツにプリントし砂浜で展示したい」というアイデアから、町の職員たちとデザイナーの梅原真氏が、将来の町のありかたを考え、今後も大切にすべきものは何かを議論する中でスタート。以来28年、多くの町民が「すなび」と親しみをこめて呼ぶ活動になっている。
「Tシャツアート展」から始まった美術館の活動は、「漂流物展」「潮風のキルト展」「シーサイドはだしマラソン」「砂の彫刻」など、年間を通して様々に開催されている。毎年の「Tシャツアート展」には、多くの観光客が押し寄せる(2016年5月1日~6日は28,100人)。町の人たちは売店を出したり、ボランティアで運営を手伝い、郵便局も砂浜にポストを立てて参加している。「すなび」の行事でみんなが元気になり、まちの元気の象徴にもなっている。2003年「NPO砂浜美術館」となり、現在常勤スタッフは17人、砂浜に隣接した公園の指定管理なども受託し、町の文化、観光、産業、教育の一端を担うまでになっている。
2009年、「Tシャツアート展」は海外に渡る。美術館メンバーの「モンゴルの草原でひらひらさせたい」というアイデアが「草原美術館」として実現した。他にも国内外からたくさんの問い合わせがあり、「Tシャツアート展」開催のノウハウ、コンセプトを伝えるための「ひらひらフレンドシップ」を設けて対応。モンゴル、ハワイ、アフリカのガーナ、ケニア、国内では宮城県気仙沼から長崎県野母崎までの全国6箇所で開催されている。
砂浜美術館の遊び心に満ちた、自分たちの町を好きに楽しもうという活動に惹かれて、全国から多くの若者たちがボランティアとして参加し、そのまま移住して運営メンバーの中核になっているスタッフもいる。楽しみながら「地元の資源を活用した地域づくりを実現しよう」という「砂浜美術館」の発想、考え方は、次の世代に引き継がれ、さらには地域、国の枠を越えて広がっている。

◎代表者および連絡先


代表:村上健太郎氏

〈代表〉
村上健太郎氏(特定非営利活動法人 NPO砂浜美術館理事長、40歳)
特定非営利活動法人 NPO砂浜美術館
〒789-1911 高知県幡多郡黒潮町浮鞭3573-5
TEL 0880-43-4915
FAX 0880-43-1527

◎高知県内のこれまでのサントリー地域文化賞受賞者
仁淀川町 秋葉まつり(2010年)
馬路(うまじ)村 馬路村 柚子のふるさと村づくり(2003年)
香南(こうなん)市 土佐絵金歌舞伎伝承会(2000年)
中村市 トンボと自然を考える会(1990年)
梼原(ゆすはら)町 梼原史談会(1979年)

 

以上