<社会・風俗部門>
勝見 洋一(かつみ よういち)
『中国料理の迷宮』(講談社)
勝見洋一氏の『中国料理の迷宮』は、悠久の時間の流れと、広大な大地に繰り広げられた中国の歴史を、料理を通して語るという、ユニークな試みである。
特に、清王朝の成立から文化大革命を経た現代までを、一貫して、国家、政治権力と料理との関係において、きわめてリアルに見つめたことは、今までに類例がなく、高く評価してよいものと思われる。
中国料理は世界中に広まっているけれど、それはとりもなおさず、華僑社会によって伝播された広東式中国料理なのだ、と著者は言う。それと本土の共産主義国家の中での中国料理とを二つに分ける明確な視点を提示したうえで、更に、「政治と経済なしに料理は成立しない。その意味で、料理は社会を写す鏡である」と主張する著者の考え方には興味深いものがある。
自身現場にいて体験したという、文化大革命時代の冷静な記述も貴重な資料となっている。
毛沢東の権力奪回闘争に端を発した、十年間にわたる大混乱の時代を、食という角度から浮彫りにし、農村が都市を包囲し、攻撃するという文革の理念が、どう料理に影響を与えたかを見据えた文章は、他に類例を見ないものである。
外国人によってはじめて記述された内容も多く、激動期の現代中国を描くことで、単に歴史の分析に止まらず、肉体を有する人間というものの分析に筆が及んでいる。
料理は文化ではなく、風俗なのだ、と著者は規定する。そして社会風俗の中での中国料理の変遷を語っている。それがかえって中国料理の味覚の世界に奥深く分け入ることにつながっているようである。
まず、作家魯迅がはじめて北京に到着した日を中心とした、当時の食風俗の記述はきわめて実感的、具体的で、なるほどそういうことかと、膝を打ちたくなる。
豊富な文献資料とともに、芸能の世界から立ちのぼって来る匂いや、当時の料理店の有様を細部にわたって検証していく筆致は、時代そのものを抉り出している。
次には、清王朝の覇権掌握の手段が、深く食に及んでいくことを詳しく指摘する。その政治的意図が介入した風俗の中で、料理がいかに興亡していくかについての歴史的記述も説得的で、政治的意図を体現する国家というものの性格と、料理との鮮やかな対比がここにある。
圧巻は、やはり著者が肌で感じ、実際に体験した文革についての考察であろう。
ここで著者は、文革の当事者たちの出生を調べ、従来知られていなかった、北京対上海の対立という、新しい視点を提示した。
更に、文革の時代に一般中国人が体験した悲喜劇を、味覚を通じて語りぬいた。
単に中国料理をレポートするのではなく、もちろん政治のみを語るのでなく、食を中心に据えた人間という角度から、生々しい中国の近代と現代の歴史を照らし出すことに成功している。
今後の研究の布石となる提案も多く、サントリー学芸賞にふさわしい作品と考える。
奥本 大三郎(埼玉大学教授)評
武田 徹(たけだ とおる)
『流行人類学クロニクル』(日経BP社)
800ページを超える大著。サブカルチャーの流行現象を論じ尽くした大変な労作である。 80年代のバブル期に、それまで周縁的存在だったサブカルチャーがいつのまにか日本の社会、風俗の中心に来てしまった。
それまではメインカルチャーとの対比でしか語られてこなかったサブカルチャーをその内部に深く入りこんで語ることが必要になってきた。
しかもそのサブカルチャーは限りなく多様化、細分化、さらにはオタク化し、全容をとらえるのは容易ではない。
武田徹さんの『流行人類学クロニクル』はこのとらえどころのないサブカルチャーの現場の奥へ、細部へと入り込み、浮遊する実態をとらえようとしている。
まず量に驚かされる。小演劇、カメラ・ギャル、ダンスブーム、和製ロック、ファミコン、テレクラ、ゲームセンター……と80年代から今日にいたるまでのありとあらゆる流行現象を追っている。それも、単にモノやファッションにとどまらず、精神世界、犯罪にまで及んでいる。
「王の掟は、街の掟に敗れる」というベトナムの諺を手がかりに、徹底して流行現象の現場に足を運んでいるのもすごい。大所高所からことを論じるのではなく、まず、現場に行く。それに関わる人間たちに取材し、生の声を聞く。フィールドワークである。
サブカルチャーとは、ストリートの雑踏のなかから生まれてくるものであり、それを知るには、研究者自身が雑踏の熱気に身をさらさなければならない。性急に結論づけたり、意味付けをしたりする前に、まず自分の足で雑踏を歩く。
雑誌に発表した文章を集めた本は、通常は散漫になるものだが、エイズが語られているとなりでテレクラが語られるというように、絶妙の対比的コラージュになっている。また、雑誌にそのつど発表されていることから、ストリートの熱気が時間とともに波のように押し寄せてくる迫力がある。
それにしても、日本の社会はバブル以後、大きく変質したと改めて思わざるを得ない。モノがあふれかえった現代の消費社会は、かつて予想もつかなかった風俗、事件、モラルの変容をもたらしている。「民主主義」「平和」といった理念が健在だった時代から、いかに遠くまで来てしまったことか。
武田徹さんは1958年生まれ。80年代に青春を送り、激変していく消費社会のただなかで生きてきた世代である。サブカルチャー、流行現象を外からではなく内から、わがこととして思いをこめて語っている。といって決してそれに足元をすくわれることもない。雑踏の熱気に身をとらえられながら、つねに冷静である。われわれが生きているいまを見事にとらえている。
「社会・風俗部門」にこれほどふさわしい本はない。
川本 三郎(評論家)評

<思想・歴史部門>
金森 修(かなもり おさむ)
『サイエンス・ウォーズ』(東京大学出版会出版会)
本書の魅力は、何よりもまず、1990年代にアメリカを中心に巻き起こった科学と科学論をめぐる論争の渦中に読者を引き込むその手腕にあると言っていいだろう。「サイエンス・ウォーズ」とはその論争に付された名称である。
周知のように、この四半世紀、アメリカの人文科学は、ヨーロッパそれもフランスを中心に展開したポスト構造主義、とりわけディコンストラクショニズムの強い影響下にあった。極論すれば、アメリカの人文科学は、知的にはフランスの植民地と化していたといっていいほどであって、その状況は、自然科学の覇者としてのアメリカの自尊心を損ねずにはおかないものであった。人文科学すなわち科学論、自然科学すなわち科学である。
したがって、論争は起こるべくして起こったわけだが、それはしかしかつてポパーとフランクフルト学派の人々によって戦わされた論争ほどの生産性も持ってはいなかった。感情的な対立という側面が強かったからである。それは、ポストモダニズムという曖昧な言葉によって形容されることになったディコンストラクショニズムが、アメリカにおいて、少壮の学者や学生のあいだにほとんどスノビズムとしか言いようのない知的流行となって広がったことへの、きわめて自然な反発にほかならなかった。
著者はこのような思想的状況を、ひとつの論争を通して鮮明に浮かび上がらせることに成功している。のみならず、その背後に、古くからあった二つの文化の対立、人文科学と自然科学の対立が潜み、その対立がいまや政府および企業からの資金獲得競争を左右するものとなりつつあることをも的確に指摘している。人文科学は自然科学の独善を阻止するものであると同時に、いや、それ以上に、発展を阻害するものであるというわけだ。言うまでもなくこの事態は、環境保護運動が孕む矛盾や、遺伝子工学が孕む矛盾をも、明確な問題として浮き彫りにするものであり、事態がただアメリカにおいてのみ問題とされるようなものではないことを示している。紹介された論争は、現代の人文科学、自然科学の危機を示す一端であ って、問題の終わりではなく始まりにほかならない。
このような見地に立って、著者は自身の思想的な立場を明確にすべく三つのケーススタディを行なっている。すなわち、遺伝子研究と倫理の関係、医学の対象としての女性、過激な環境保護運動の意味を、それぞれ具体例を取り上げて、科学論の立場から論じたものである。本書において注目されなければならないのは、論争の紹介であるよりも、むしろ後半に付されたこの三つのケーススタディであると言っていいほどだが、これもまた結論にではなく、問題提起に重点が置かれている。すなわち著者は自身の到達点をではなく、出発点を明示しているのである。
この事実は著者の今後の活躍を期待させるに十分であると言わなければならない。
三浦 雅士(文芸評論家)評
酒井 健(さかい たけし)
『ゴシックとは何か ― 大聖堂の精神史』(講談社)
歴史研究においてもファースト・インプレッションがいかに重要かを教えてくれる小さな名著である。留学中の冬のフランスでボーヴェのサン・ピエール大聖堂と対面した著者はこんな印象をいだく。「北方の暗い空を背景にそそり立つおどろおどろしい大建築物。もの言いたげに迫ってくる不吉な巨体。ゴシック様式の大聖堂が私の心に最初に食い入ったときの印象である。この印象とともに私は、ゴシックを見た、という思いにはじめて襲われたのだった。」
ではなぜ、このファースト・インプレッションが大切なのか?異教徒としてゴシック大聖堂に接したときの、崇高で、かつおどろおどろしいという印象が、ゴシック大聖堂の建立を必要とするに至った中世の農民たちの心性を想像するのに大いに役立ったからである。
紀元11世紀の北フランス。鬱蒼たる森に覆われた大自然の中で暮らす農民のほとんどはケルトやゲルマンの森の大母神を信ずる異教徒だった。やがて、森を恐れないシトー会修道院の大開墾運動が始まると、森林はどんどん伐採されて農地が拡大し、食料事情は好転したが、それは逆に過剰な人口増加をもたらしたため、余剰人口は都市に集まった。根無し草となった彼らは失われた森の代理物を求めるようになる。ここで生まれたのが、聖母マリア信仰に基づく大聖堂の建立だった。というのも、マリア信仰と大聖堂の建立は、じつは民衆の地母神崇拝と森への畏怖をキリスト教的に解釈し直すことで、自分たちの権威を強化しようと考えたカトリック教会と国王が生み出した表象的代理物にほかならなかったからである。 ゴシック大聖堂の地下を掘ってゆくとケルト信仰の聖所に行き当たるし、聖堂の内部は、失 われた聖なる森の イメージで作られていて、異教徒だった農民の信仰心を呼び起こすのに役
立ったのである。
ゴシックの聖堂の登場と同時に、その中に収められたキリスト像のイメージも変わる。元 気のいい「勝利のキリスト」か ら、脇腹から血をしたたらせる「苦悩のキリスト」にイエス
像は変容を遂げる。「苦悩のキリスト」は、大地母神に生け贄を捧 げたケルト人にとっては、 神に捧げられた犠牲であり、彼らはキリストの苦悶に自分たちの苦しみを重ね合せることで、
魂 の救済が可能になると感じたのである。
このように出発点で得た「おどろおどろしさ」と「崇高さ」というおのれの印象を手掛か りにゴシック大聖堂を考察したこと が、論稿全体に一貫するテーマを与えることになる。す
なわち、その後、ルネッサンスと宗教改革でゴシック建築が否定さ れたことも、また18世 紀末から、イギリスやドイツでゴシックが復活し、ロマン主義を準備したのも、キリスト教
の中に吸 収された異教的な恐怖と崇高さの原理から説明できるからである。
ゴシック建築を美術の様式としてではなく、歴史・社会・文化のコンテクストから考察す るという野心的試みに著者は見 事に成功している。
鹿島 茂(共立女子大学教授)評
新宮 一成(しんぐう かずしげ)
『夢分析』(岩波書店)を中心として
新宮氏の文章を読んでいると、ふと「幽玄」という言葉が思いうかぶ。『広辞苑』の定義によると、奥深く微妙で、容易にははかり知ることのできないこと。新宮氏の文章は、とい うより論理は、つねに夢現のくら幽いあわいを往還する。その様はこよなく精緻で、かつ恐ろしい。
〈夢〉という主題は、80年代に世に問われた『夢と構造』(弘文堂)『無意識の病理学』(金剛出版)から近年の『ラカンの精神分析』(講談社)『無意識の組曲』(岩波書店)、そしてこの年頭に出版された『夢分析』まで、フロイトとラカンの理論研究とならんで、新宮氏 の臨床研究の太い撚り糸のひとつである。ここでなされてきたのは、夢の意味の解読というよりも、夢のしくみそのものの分析だ。その物語ではなく構造をあきらかにすることだ。
非一人称的な体験としての夢、それを分析するまなざしを貫くのは、ひとの存在を支えてきしむ柱木の脆さである。新宮氏は、夢を、というより精神分析のいう欲動そのものを、話すというひとの営みと深く絡まりあった現象として見る。では、夢を語るのはだれか。あるいは、なぜ語るのか。それをめぐって、思索は連綿と続く。
夢は自分を外から掴む装置としてあると、新宮氏はいう。〈外〉は意識の〈外〉(無意識)であるとともに、言葉たちの〈外〉であり他者たちの〈外〉でもあり、さらに流れる時間の〈外〉でもある。そしてそこに死と不在というテーマが浮上する。
「そがありけむあたりにわれきたるべし」。これがフロイトが晩年に定式化した精神分析の極北だと、新宮氏はいう。「精神分析は、何か根源的に消え去ってしまったものを、その探究の基盤に置いている。……私がそれによってさしあたって毎日を生きている基本認識である〈私は在る〉は、無意識においては〈私はかつて生きていた〉として書かれている。無意識からの話は、まるで死者からの言づてのように響く」とも。
生まれることと死ぬことのあいだで、意味に過剰にこだわりながら、そして意味から退却しながら、自分をかろうじて支えるという、あるいはついに破綻してしまうという、わたしたちの存在の《不幸》。その不幸の構造を穿つ書物が、これほど深くわたしたちを読むことの愉悦へと引きずり込んでもいいのかと、ちょっと訝しく思われるくらいに、記述の襞は厚い。それは論理的かつ詩的であり、数理的かつ音楽的である。自己言及の不完全性や無理数の論理が語りだされ、シューマン、デルボー、宮沢賢治が読む者の情動を底から巻き込むかたちで語りだされる。そして存在することそのことが夢と深く交叉し、読み進めるうちに、書き連ねられた文字じたいが死体のように見えてくる。そういえば、イ音の幻聴を論じた卓抜なシューマン論では、「音楽を作る作業は、死体の艶と粘りとを、空気の中にまき散らすことであるとさえ言える」と結論づけられる。
新宮氏の思考は、哲学と文学と音楽と科学と論理学のあいだを自在にたゆたうかたちで、ひとの在/不在が果てしなく裏がえる光景に、しかとつなぎとめられている。
鷲田 清一(大阪大学教授)評
以 上